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今回は短め・・・
◇
「――んで、用件は何だ」
「ニャ?」
昼飯を食い終わった後、俺は一人で〈黄金の瞳〉の受け付けへとやって来ていた。
俺の真向かい。鉄格子の向こう側にいるシュルシャが、きょとんとした顔で俺に金色の瞳を向けている。
「いや、お前が“ナニが?”みたいな顔するんじゃねぇよ」
「“ナニが?”もナニも、用件なんて一つに決まってるニャ」
「あン?」
――なんて、さも当たり前の如く言われると、逆にコッチが困惑する。
(え? アレ? 俺、何か忘れてる?)
「……あの、シュルシャさん。一体何のコトでしょうか?」
「何って、本当に判らないのかニャ?」
「判らんのかって、お前手紙にただ此処に来いとしか書かなかっただろうが」
「そうニャけど、話事体はもう一週間くらい前にしたニャよ。レイドが此処に来た時に」
「は?」
一週間くらい前に来た時と言えば、確か俺達が遺跡からこの町に返ってきた当日だが……呼び出しを受ける様な話などした覚えがない。
「ホントに覚えてないのかニャ?」
「……悪いがねぇな」
「まったく。レイドはしょうがないニャー。特別にお姉さんが教えてア・ゲ・ル・ニャン♪」
「うん、今日一番イラッとしたわ」
「レイド、この前の遺跡発掘で遺跡の壁に穴開けたのは覚えているかニャ?」
此方の発言をサラッと流し、シュルシャは気にせず話を続ける。
「勿論そりゃ覚えてる。つか、寧ろアレは忘れられねぇよ」
何と言っても、あの時あの壁を崩さなかったら、間違いなく俺とフールは二人揃ってあの蟹どもの腹の中だった。
あれから一週間――正確にはまだ八日間しか経ってはいない。この短期間の内にアレだけの出来事を忘れるのは、流石に無理が在るだろう。
「ンで、ソレがどうしたんだ?」
「あの後“ウチ”の調査隊がちゃんと現場に行って、様子を確認してきたニャ」
「ああ、そういえば言ってたなそんなコト。だけどそんなモン、お前等にとっちゃ日常茶飯事……ああ、そういう事か」
そこで俺は、自分が此処に呼び出された理由に漸く合点が行った。
〈遺跡発掘世界機構〉の下部組織である〈黄金の瞳〉では、遺跡からの発掘品の鑑定や売買の他にも、遺跡そのモノの維持と管理、調査や監視等もその活動内容に含まれる。
つまりは遺跡内部の測量による内部構造の把握――“見取図”の作製も、コイツ等の仕事の一環になる訳だ。
だが一概に遺跡の測量と言っても、遺跡の中には内部が広大で複雑なモノも数多く存在する。
そこに“隠し部屋”や“隠し通路”、他にも多種多様の“罠”や“仕掛け”当の存在まで考慮するとなれば、当然測量による見取図の作成には莫大な時間と費用が掛かってしまう。
なので〈黄金の瞳〉は、しょっちゅう遺跡内部に潜り、そういった発見の難しい代物を意図的、または偶発的に見付け出す機会の多い俺達、“発掘者”からの情報を常に募っている。
そして、その報告を受けた〈黄金の瞳〉は実際に現地に調査隊を派遣し、その内容が本当か嘘かの確認をするって訳だ。
つまり、今回俺が呼び出された理由は、その調査結果を当事者である俺に直接伝える為――って処だろう。
「それならそう手紙に書いておけよ。紛らわしい」
「紛らわしいって、何がニャ?」
「お前、まぁたフールに妙なこと吹き込んだろ」
「妙?」
「ああ」
「……?」
シュルシャの奴は片側の猫耳をプルッと揺らすと、眉間にシワを寄せたまま首を横にコテンと傾けた。
「まさか、お前こそ覚えてないとか言わんだろうな」
「……ごめんニャ~」
すると今度は顔を伏せ、妙なしおらしさで謝罪の言葉を口にした。
肩は落ち、頭の上の両耳は力なくうな垂れ、いつもの明るい雰囲気は成りを潜めている。
自分の犯した罪の大きさに気が付いたのか、珍しく本気で反省し落ち込んでいるらしい。
――なんて事が、この猫娘に限って在る筈も無く。
「いったい“どの”妙なコトなのか、ちょっと見当が付かないニャ~」
「どーせンな事だろうと思ったよ!!」
このバカ猫はいつも悪い意味で予想を裏切らない。
「お前、俺の相方にいったい何吹き込んだ!?」
「ニャッ!? そ、そりは~その~……」
一瞬たじろぐ様子を見せたシュルシャは、今度は顔を赤らめてモジモジと体を揺すり始める……嫌な予感が。
「……漏らすなよ」
「別に催した訳じゃないニャ!」
「じゃあ何なんだよ?」
「いやぁ……オスであるレイドに、メスであるシュルシャの口からはチョーット言えない内容かニャ~、なんて」
「オマエエエ!! 本当にアイツに何吹き込みやがったーーー!?」
(つか、男である俺に言えない話を何故フールの奴にする!?)
「今日こそは勘弁ならん! コッチこい! その三角耳、三倍の長さに成るまで引き伸ばしてやる!!」
「ニャハハハ! それじゃあシュルシャは猫じゃなくてウサギさんに成っちゃうニャ。ピョンピョン♪」
「やっかましいわッ!!」
くそう。毎度毎度、コッチの腕が届くか届かないかの微妙な位置取りをしおってからに。
(せめてこの鉄格子の間隔がもう少し広ければ!)
「クッ! このヤロッ!」
「ニャハハハ、そんなに必死に成っても無駄ニャ~……ハッ!?」
――と、そこでシュルシャは急に神妙な面持ちに成ると、ピタリとその場で動きを止めた。勿論、俺の手の届かないギリギリの位置でだ。
「そんなに必死に成るなんて、まさか……レイドは“ネコ耳派”じゃなく“ウサ耳派”だったのかニャ!?」
「俺を勝手に変な派閥に入れるんじゃねぇ!?」
「酷いニャ! あんまりだニャ! シュルシャの事はただの遊びだったんだニャ!?」
「寧ろ弄ばれているのは俺の方だと思うんだが!?」
「ま、恒例の漫才はこの位にして、この書類にサインするニャ」
「ウガーーー!! キサマーーーーーー!!!」
◇
「あ゛~~……つかぁ……」
最早「疲れた」とすらも言えずに、グッタリと受付の机にうつ伏せに成る俺。頬に伝わる木のヒンヤリ感が心地良く、中々上体を起こす気に成れない。
(……おかしい)
今朝の朝市ではフールの買い出しに付き合い、重い荷物を持ってアッチへコッチへと一時間以上は歩き回った。
だと言うのに、ココに来てまだ一時間足らず。重い荷物を持つ処か特に体を動かしていないにも関わらず、朝市の時より疲労困憊しているのはどう言う事なのか……まぁ、考えるまでもないのだが。
(ったくアイツは、なんだって毎度毎度……コレからマスターの所にも行かにゃならんというのに)
「……ふぅ」
自分の体温で温くなった机の表面を避け、少しズレて今度は逆の頬を下にする。
現在、鉄格子の向こう側にシュルシャの奴は居ない。今さっき俺がサインをした書類を持って、奥の方へ引っ込んでしまった。
此処からでは見えないが、多分奥に在るデカい金庫から今回の“報酬”でも持ってくるのだろう。
〈黄金の瞳〉が発掘者から買い取るの物は、何も“お宝”や“遺跡怪物”の様な発掘品ばかりとは限らない。“情報”も又、立派な商売の対象と成る。
さっき言った“隠し部屋”や“隠し通路”、“罠”や“仕掛け”、他にも遺跡怪物の“種類”や“生息場所”などの情報を〈黄金の瞳〉に報告すれば、調査隊によってソレが事実だと判明した後、一番初めにソレを報告した発掘者へ、別途報酬が支払われる――と言う仕組みに成っている。
文字通り文無し状態に陥っている俺からすれば、くれると言うのであれば在り難く頂戴しておくのだが、正直その“額”には余り期待が持てそうにない。
(ま、夕飯一食分あれば良い方だろ)
遺跡から発掘されるお宝の中には、たった一つで土地や家を丸ごと一つ買えるだけの物も在れば、この前俺達が見つけてきた“コイン”の様に有るか無しかの値しか付かない物も存在する。
そして“情報”に対しての報酬も、その額には必ず良し悪しが発生する。
例えば、遺跡内で今迄誰も入った事のない階層へと続く“隠し階段”等を発見した場合、発見者へはより多くの報酬金が支払われる。
だが逆に、中に何もなく、只の袋小路でしかない“隠し部屋”等を発見した場合には、少ない報酬金しか支払われない。
今回の俺の場合は、恐らく後者だろう。
なんたって、壁を崩したその先は断崖絶壁。下に川が流れていたから良かったものの、下手すりゃ確実にあの世行きだ。
アレはもうアレ自体が罠の様な物だ。いっそ只の行き止まりの方が何倍も安全だったろう。
(まぁそのお陰で、剪定蟹の集団から逃げ果せる事が出来た訳だが……)
だがもし〈黄金の瞳〉が、あの穴を危険と判断して封鎖してしまう様な事に成れば、当然報酬も多くは支払われない。
なので、やっぱり金額には余り期待はしない方が良いだろう。ぬか喜びはしたくはないからな。
(それにしても――)
「……遅ぇな」
シュルシャが奥に引っ込んでから結構時間が経過したのだが、何故か未だに戻って来ない。
いつもならもうとっくに報酬を持ってきて、配分の説明と金額の確認も終わっている頃合なのだが……アイツ、何やってるんだ?
(まぁた下らねぇコト企んでるんじゃねぇだろーな)
あの猫娘の場合、そんな事が実際に在り得るから困りモノだ。
しかし“遅い”と言えば、今回の調査隊の“遺跡調査”もいつもより随分と時間が掛かった。
いつもなら〈黄金の瞳〉に情報を報告すれば、早くて三日、遅くても五日後には調査が終了して報酬を貰う事が出来る。だが、今回は何故か報告から八日後の今日になって、漸く俺の家に書簡が届いた。
明らかにいつもより時間が掛かっている――とは言へ、〈黄金の瞳〉の調査隊も、ここ最近の俺と同じで常に暇と言う訳ではない。俺からの報告一つにばかりかまけている訳にもいかないのだろう。
仮に俺と同じ様な報告が他からも寄せられた場合、そっちの調査も同時に行なわなければ成らない。
そうすれば当然、調査量も増えるし時間も余計に掛かる。そのせいでいつもより報告が遅くなった可能性も有るのだが……。
(滅多にないんだよな、そんな事)
近年の発掘者の増加に伴い、遺跡内の探索や測量もまた順調に行なわれ、より詳しく正確な見取図が製作される様になった。
その結果、最近では“隠し通路”や“隠し部屋”等、その手の報告はめっきりと減ってしまった。有ったとしても、数ヶ月に一つが良い処だろう。
それなのに、今回に限ってそんな“報告”が、同時に幾つも重なったりするだろうか?
「――まぁ、いっか」
なんだか考えるのが面倒に成ってきた。
幾らココで色々と考えていた処で、貰える金額はたかが知れているのだ。
なので問題は寧ろこの後――〈黒羽〉に行ってマスターからあの短剣を返して貰った後の事を考えた方が、俺にとっては有意義だろう……あと“バイト”の件も。
(それはそれで気が滅入る。もう今日は行くの止めるかなぁ……)
「うーむ」
「ハイハイ、お待たせしたニャー」
「お」
(やーっと戻って来たか)
そこで漸くシュルシャの奴が奥の方から姿を現した。
声を聞き、再び温く成ってきた机から顔を引き剥がす。
「随分と遅かったな。いったい何して――」
「ホイ」
ドシャッ
「………………へェ?」
唐突に目の前に置かれた“ソレ”を見て、俺は言葉を失った。
(何、コレ?)




