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久方ぶりの更新でございます。
◇◇◇
「クッ、アァァ~……ねみ……」
朝っぱらから聞こえてくる鳥の囀りがやかましい。
カーテン越しに入ってくる眩しい朝日を顔に受けていると、底の方から自分の意識が徐々に昇ってくるのが分かる。
寝起きの良い奴は目覚めて直ぐに活動できるらしいが、俺には無理だ。緊急の際には無理矢理にでも意識を覚醒させるが、自分の家で位こうしてボーっとしていたって良いだろう。
むしろ、このボーっとした瞬間を味わえない方が、人生損をしているんじゃないか……とすら思える。
「くぅ~~……」
「……」
取り合えず、俺は意識がハッキリするのを待ってから――
「すぴ~~……」
「……てい」
ゲシ、ドテッ
「うぎゅん」
人様の寝床のスペースを我がもの顔で占領するちっこい邪魔者を、ベットの下へと蹴り落としてやった。
「あうう……いたい~……」
「起きたか?」
「……うい……おはよう、ございまふ……」
まぁ、いつも通りの平和な朝だ。
◇
「はいコレ」
「おう」
フールから塩漬けにされた肉のブロックを受け取る。
「えっとぉ、次はね~」
朝食を食べ終えた俺達はココ、朝市にやってきていた。もちろん、食費節約の為だ。
朝の早い時間帯。町の大通りに所狭しと並ぶ露店の格安商品を求め、町中の住民がそこかしこで盛況に動き回っている。
ここ最近のインフレで物価が高騰している為、以前より随分と人の数が増えた。単純にこの町自体の人口が増えたせいもあるんだろうが、おかげで昔のようにノンビリとした買い物は出来なくなってしまった。
(ったく、朝っぱらから忙しねぇ……)
しかし、この町に住んでいる俺が言うのもなんだが、この町の住人は一体いつ休んでいるのだろうか。
早朝にも関わらずこうして活気が溢れていると思えば、昼には昼の活気が、夜には夜の活気があるのがこの町〈メルトス〉だ。
朝、昼、晩と騒がしく、静かに成る事なんて滅多にない。昔はもっとノンビリとした町だったのだが……。
この“朝市”は昔から、それこそ遺跡発掘が盛んに成る以前から、この町で頻繁に行なわれている。
今は遺跡発掘のお陰でこんなにも栄えているが、この町は元は只の農村だ。ここから国中に多くの食料を出荷し、出荷できない質の悪い商品を捨ててしまうのは勿体無いからと、こうして朝市が開かれる様になった訳だ。
あくまでも勿体無いからと言う理由で始まったこの朝市では、単純に品物を安く売るだけじゃなく、時には無料で品物が貰えたりもする。
(まぁ半分はジジババ達の道楽で始まった処もあるからな、そういう事もある)
「コレくださいな~」
「はいはい、いつもアリガトね~」
「う~い」
「あ、そうだ。ほらフールちゃん、コレもあげるから、お家で食べな」
「わ~い、ありがと~」
因みに、その恩恵をもっとも受けているのが、恐らくウチのフールだろう。食費の節約をする上でこれほど頼もしい奴もそうはいない。
「はいレイド、コレも~」
「おう」
虫に食われてボロボロになった葉野菜の束を受け取る。見た目は悪いが、茎や根元の部分はまだ十分食べられる。在り難く頂いておこう。
「よっと」
「重い? ゲンカイ?」
「いんや、まだいける」
「ういうい、じゃ~次はね~」
両腕の荷物を抱え直し、人混みの中を二人で進む。
既に結構な量の食材を買ったり貰ったりしているのだが、ウチの働きアリ君はまだ満足してないご様子。
荷物持ちをかって出た時点でこうなる事は目に見えていたので、荷物の量が増える事は問題はないんだが、それに比例して財布の中身が減っていくのは矢張りどうにも頂けない。
ま、当初の予想よりずっと節約できてるんで、買い物担当のフールを責める気なんてさらさら無い。
寧ろ労ってやりたい位なのだが、残念ながら今は先立つ物が無い。なので、きっといつかその内に、美味いモノでも奢ってやろう……きっといつか。
「……ん?」
(アレは……)
フールと二人で大通りを進んでいると、俺達とは通りを挟んだ反対側に、まるで小山の様に積み上げられた食材の塊りが、俺達とは反対方向へと進んで行くのが見えた。
台車にでも積んで運んでいるのかと思いきや、この時間帯の大通りは朝市の買い物客でかなり賑わっているので、自走輪や馬車の類はまともに通りを進む事は出来ない。
では、一体どうやって運んでいるのかと言うと……背負っているのだ。それもたった一人の人物が。
あれだけの大荷物をたった一人で運ぶ奴なんて、俺の知り合いには――つか、この町に一人しか存在しない。
朝日に輝くハゲ頭。背中に小さな羽根を生やした、ムキムキマッチョのオネェ系……マスターである。
「よ、マスター。今日も店に行くからよ」
「あら、アリガト。お待ちしてるわ~ん」
「ねぇマスター、良いモノ見付かった?」
「ええ。今日のおススメは期待してて~」
なんて、通りかかる知り合いに次々と声を掛けられつつ、暑苦しい笑顔を振りまきながらノッシノッシと人混みの中を進んで行くマスター。
どうやら俺達には気が付いていない様子だが、まぁ大変そうだし距離も離れてるので、声を掛けずにそのまま見送る事にしよう。
(しっかし、あの人こそ一体いつ休んでんだか)
いつも夕方の少し前から〈黒羽〉を開店する為の準備と仕込みを始め、夕暮れに開店。深夜まで店を営業した後、店内の片付けと掃除をし、そして早朝にはこうして朝市に買出しに来る。
休む時間なんて、これから店に帰って昼までくらいの間しか無いと思うんだが、最近は三日に一度は昼にも店を開けたりしているのだ。
ハードなんてモノではない。あの人、そのうちぶっ倒れるんじゃないだろうか……。
(なんて、俺も他人の心配してられないんだよなぁ)
「ハァー……」
「どしたのイセア~?」
「ん、いや、なんでもない。……もういいのか?」
「うい、お買い物オシマイ。はいコレ~」
「ん」
買い物の終わったフールから財布を受け取る。
持った瞬間に判ったが、試しに耳元で振ってみても何の音もしない。
広げて中を覗いても、裏返して内側を確認しても、出てくるのは何時何処から紛れ込んだのかも分からない砂や埃ばかりで、最早一枚のコインも残ってはいない……どうやら見事に使い切ったらしい。
マスターの体調も心配だが、こっちの懐具合も深刻なのだ。
「はぁ、これでホントに文無しだな」
「スッカラカ~ン♪」
「だからなんだってお前はそう、お気楽というかマイペースというか……」
(コイツは、現状の深刻さと言うものを本当に理解しているのだろうか?)
流石にそこまで能天気じゃないとは思うが、時としてコイツのノンビリとした性格は、同居人である俺にとって不安でしかたがない。もう少し、危機感というモノを持ってはくれまいか。
(ま、初めからマスターに頼る前提で、何とかなるなんて甘いコトを考えていた俺も、同じ穴の狢なんだが……)
その結果が、こうしてモノの見事に空になった財布である。
前回の遺跡発掘から、俺は結局次の発掘作業を取り止め、手持ちの金がなく成るまでの間、少し長めの休暇を取る事にしていた。
そしてこの時点で、金が尽きた後に訪れるであろうマスターの店――〈黒の羽〉での強烈苛烈な強制労働が待ち受けている事が確定した。
正直余り世話には成りたくないのだが、前回の発掘の一件でしばらく遺跡に潜りたくないという想いの方が、俺の中では勝っていたのだ。
当初は五日も保てば御の字だろうと思っていたのだが、我が家の“働きアリ”こと“ジジババのアイドル”フール君の活躍により、なんとソレを越え七日を迎えた今日に至って尚、水と塩だけの生活を回避する事が出来ていた。
だが、そんなフールの善戦を持ってしても、ついに今日この日この時、我が家の金銭は底を突いてしまった訳だ。
今さっき買ったばかりの食材の量を鑑みるに、あと二日は食うに困る事はなさそうだが……。
(しっかし、まさか予定の倍近くも保つとは思わなかったな)
嬉しい誤算。だがしかし、そんな財政難どころかついに財政破綻にまで陥ってしまった俺の頭を最も悩ませているのは……言わずもがな、あの“短剣”の件である。
あの日マスターに短剣を預けてから、すでに一週間の時間が経過している。なのに、短剣はまだ俺の手元に戻ってきてはいない。
何故まだ俺の手元に戻っていないのかと言うと、別に俺が忙しくて〈黒羽〉に行く暇がなかったからとか、マスターが短剣を返すのを渋っているからとか、そう言う理由じゃない。
実際、預けてから五日が経過した時点で、短剣を受け取りに行こうと思えば行く事は出来た。
そもそも、もうその時点で発掘作業は諦めている。この町での俺の主な稼ぎが遺跡での“発掘”と〈黒羽〉での“バイト”の二択しかない以上、他には特にやる事などない。
なので、この休み中はただ家でゴロゴロしていたり、適当な雑用をチマチマこなしたりと……要は、暇だったのだ。
なら何故、俺が未だマスターの所へ行かず、短剣を返してもらっていないかと言うと――
(どぉ考えても“厄介事”の類としか思えねぇんだよなぁ……)
今から一週間前、あの面倒臭い短剣から“親父からの伝言”とやらを聞き出そうとしたのだが、アイツ、見た目は真っ直ぐな割りにその性格はとてつもなく歪んだ奴だった。
(ったく、素直に話せば良いモノを、詰まんねぇ意地張りやがって)
そのお陰で、少々強引な手段を取る羽目に成った。
しかし、ただでさえ存在自体が厄介な短剣が受けた、更に厄介な親父からの伝言である。そんな伝言が“厄介事”の類でない筈がない。
いっそこのまま忘れ去って、全部なかった事にはならないだろうか。
(ならねぇよなぁ……)
「ハァー……ん?」
「ムムゥ~」
重くなった頭を俯かせ、今日何度目かの溜め息を吐くと、下の方から伸びてきた手がピトリと俺の額に当てられた。
細く小さく、水仕事などで少し荒れてはいるものの、それでも自分のモノとは違う少し高めの体温が伝わってくる。
「どした?」
「こっちのセリフだよ~。イセア、最近元気ないね~」
「いや、別に体調が悪いとかじゃねぇから」
「そうなの~?」
「おう、飯も食ってるし、熱だってないだろ?」
「たしかに良く食べてるし、熱もない~」
「だろ。ホレ、早く帰るぞ」
「……うい~」
フールは何処か納得いかないという様子で俺の額から手を離すと、俺達は再び我が家へと向けて歩き出した。
コイツは遺跡内で怪物に追い駆けられたり、家の資金が底を着いてしまっても大して顔色を変えないくせに、何故か俺の事になると妙に鋭く察して、心配そうに眉の両端を下げたりする。どうやら、要らない心配を掛けてしまったらしい。
遺跡発掘なんて危険な仕事を一緒にする以上、相方の体調を気に掛けるのは当然と言えば当然なのだが……それなら、今の“一文無し”という状況にも、もう少し危機感を持ってはくれまいか。
(ま、いつまでも迷っててもしかたねぇし、後で行ってくるかぁ)
短剣をマスターに預けた際、期間は五日“くらい”と明言はしていないので、前後二~三日は誤差の範疇だろう。
本当ならこのまま一生預かっていて貰いたい処だが、それだとマスターがあの短剣の正体に気付いたその後が怖い。
マスターと俺の親父は昔、一緒に成って遺跡を盗掘――もとい、発掘をしていた仲なので、アレの正体がどういう物なのかは直ぐに察しが付くだろう。
だが、今回の件は俺もある意味巻き込まれた側だ。もし文句が有ると言うのなら、ソレは親父の奴に言って頂きたい。
(ま、そのマスターを巻き込んだのは、間違いなくこの俺なんだけどな……)
◇
「ついた~」
色々と考えつつ歩いていたら、いつの間にか家に到着していた。
取り合えず〈黒羽〉に行くのは後にして、先ずは買ってきた荷物を置いてしまおう。
「よっ、と」
家の中に入り、両腕に抱えた荷物をテーブルの上に乗せる。
すると――
「ふぅ……」
「イセア、これ~」
「あん?」
凝った肩首を解していると、フールの奴が何やら筒の様な物を差し出してきた。多分書簡だろう、玄関横の手紙受けに入っていたらしい。
受け取って確かめると、その丸められた書簡には封の為の蝋印がされている。しかも、紙の質も大分良い。
ウチ宛の手紙自体珍しいのに、随分と羽振りの良い奴からの書簡だ――なんて思ったが、蝋印の紋を見て納得した。
高く掲げられた左手に握られる獣の瞳――〈黄金の瞳〉の紋章だ。
「“金目”から? 何だ一体」
「ジョメイツウチ~?」
「イキナリとんでもねぇ事言うんじゃねぇよ!! ビックリするわ!!」
止めて頂きたい。心臓に悪いから。ドキッとするから! 本当に止めて頂きたい!!
「ちがう~?」
「違うッ!……たぶん。つか、お前“除名”の意味わかってるのか?」
つか、何でイキナリそんな単語が出てきたのか。
「ん~、前にシュルちゃんが~、『メンドウな決まりごとからカイホウされて、自由になることだニャ』って言ってた~」
「発言も言った本人も無責任すぎる!!」
「ちがうの~?」
「あ、いや……間違っちゃいないんだが」
そう、間違ってはいない。だが一概に正しいとも言えないので、正面から否定するのも難しい……あンのバカ猫めぇ。
「兎に角、もし今度シュルシャから何か教わっても、直ぐ鵜呑みになんかすんなよ。変だと思ったら俺に聞け」
「うい、分かった~」
「宜しい」
「えへへ~」
フールからの返事を聞き、ポンポンと軽く頭に手を乗せてやる。
我が家の働きアリ君は素直で大変宜しい……ま、その素直さが招いた結果なのだが。
「ふむ」
改めて書簡を見てみる。まさかとは思うが、本当に“除名通知”とかじゃないだろうな。
遺跡発掘作業において、長期間何の成果も上げなかったり、発掘作業そのモノをしていなかったり、〈黄金の瞳〉の規則に大きく違反したり、入会中に何らかの犯罪行為に手を染めたりすると、〈黄金の瞳〉から除名を知らせる書簡――“除名通知”が届く事がある。
俺の場合、発掘作業は定期的に行なっているし、自慢じゃないが其れ成りの成果も上げてる。規則違反や犯罪行為も、大っぴらにばれるような真似はしていないので問題はない……筈だ。
(まさか“アレ”か? いや、それは無いな。だとしたら寧ろ“アレ”の方が……いやいや、“アレ”はちゃんと手を打ったし)
普段は除名の心配なんぞ全くしないんだが、言われると妙に意識してしまう。しかも心当たりが全く無いって訳じゃないので、中を見てみる決心が中々つかない。
かと言って、外側から眺めていた処で内容が分かる筈もなく、〈黄金の瞳〉からの正式な書簡である以上、会員である俺がソレを無視する事も出来ない……ここは覚悟を決めるべきか。
(本当に除名通知だったら一生恨むからなエロ爺ィ)
その時は、あの爺の素行の悪さを町中にふれまわってやる。幸いネタには事欠かないので、町中の女全員から総スカンされる孤独死か、恨まれた挙句の刺殺か、どちらか好きな方を選ばせてやろう。
そう意を決した俺は、恐る恐る書簡の封を解く。丸められた紙を広げ、中の文章に目を通すと――俺は自分の眉間が徐々に寄って行くのが分かった。
「何て書いてあるの~?」
「ああ、除名通知じゃなかったな……」
「でも~、悪いお知らせ?」
「いや、そう言う訳でもない。こりゃ金目からの呼び出しだ。“召喚状”ってやつだな」
「ショーカンジョー?」
「要は受付に顔出せってコトだ」
「レイド、何か悪いコトしたの?」
「……いや」
強いて言えば、この前あそこの代表者をゴミ捨て場に放置してきたが、そんなのはいつもの事だし、アレは爺さんによる第二第三の被害者を出さない為の処置だ。その件でどうこうされるとは思えない。
でも、だったら何故呼び出しなどを受けるのか――
(除名通知じゃない以上、“アレ”がばれたって訳じゃ無さそうだし……)
「今から行くの?」
「いや、昼飯食ってからにする」
「ういうい。じゃあ荷物片付けて~、お昼ご飯の準備するね~」
「ああ」
そう言って、フールは買ってきた食材を手際よく食料棚へと並べていく。
どうやらマスターの所に行く前に、〈黄金の瞳〉に寄らなきゃいけなく成ったらしい。用件次第だが、もしかしたら今日中には〈黒羽〉に行けないかもしれない。
目の前でチョロチョロと動き回るフールを尻目に、俺はもう一度書簡の中身に目を通す。
――《コレを読んだら黄金の瞳にまで来るニャ》
そんな一文と、下の方には〈黄金の瞳〉の印と代表者のサインが描かれている。
間違いなく〈黄金の瞳〉の正規書類なんだが、果してこんな内容で本当に良いのかと思わずにはいられない。
呼び出しの理由については皆無の癖に、これを書いた奴が誰かは一目瞭然ときている……普通は逆じゃないのか。
(つかあのバカ猫、文章にまで要らん語尾つけおってからに)
そんなモノ良いから要件を書け。これじゃあ直接〈黄金の瞳〉に出向くまで不安が拭い切れない。お陰で、不安の種がまた一つ増えてしまったではないか。
「ハアァーーー……」




