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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
16/75

15

 ◆◆◆


 世界各地で行なわれている“遺跡発掘”。


 ソレにより人類にもたらされた恩恵は、地域経済の発展のみならず、人々の技術や生活水準の向上にも役立っている。

 “失われた技術”を流用し開発された、火を使う事なく周囲を照らし出す“否火灯ひかとう”や、牽獣を使役せずに台車を動かす“自走輪じそうりん”の二つは、その最たる物と言える。


 大きさや重量は従来の松明やランプとそう違いがないにも関わらず、“否火灯”の輝きはそれよりも遥かに明るく、また燃費も圧倒的に優れている。

 暗所での活動や夜間の作業効率は飛躍的に向上し、その簡易な構造も相まって、“否火灯”は開発当初より発掘者や貴族などに留まらず、一般市民をも含む広範囲に迅速かつ大量に普及した。


 〈メルトス〉等の遺跡発掘が盛んな町では、今や夜闇を照らす光の七割近くが旧世代の火の明かりから新世代の輝きに置き換わり、公共の施設に使用されている照明に至っては、そのほぼ全てに“否火灯”が利用されている。


 また、これまでの一般的な輸送手段であった馬車や牛車の変わりに開発された“自走輪”も、開発当初より多くの人々の支持を集めた。

 生きた家畜である牽獣は、その維持管理に否が応にもコストが掛かる。エサ代は無論、牽獣を飼う舎場の確保。自身で面倒が見れないのであれば、常に面倒を見れる人物の雇用も考えなければならない。

 そして相手が生き物である以上、常に怪我や病、老いや生死のリスクも付き纏う。


 またコスト以外でも、牽引具の装着や台車との連結に時間が掛かる為、有事の際には急遽の出発すらまま成らない。

 だが“自走輪”ならば、そもそも牽獣を使役する必要が無いため、それら大半の問題が解消される。

 エサ代も掛からなければ病や怪我、生死の心配をする必要もない。火急の際には、従来の半分以下の時間で出発する事が可能である。


 無論、“自走輪”にも問題が無い訳では無い。

 だが、車体の整備環境と動力源の確保さえ確立しまえば、これまでの馬車や牛車等より、その手間が大幅に省かれ削減される。

 全体的なコストパフォーマンス考えれば、いずれ“否火灯”と同じくこの“自走輪”こそが、従来の馬車や牛車に取って代わる新時代の輸送手段と成る事は、誰の目からも明らかであった。


 しかし現在、多くの人々の支持を集めているにも関わらず、“自走輪”の普及率は“否火灯”の普及率に比べ、ソレを大きく下回っている。

 遺跡発掘で多くの利益を得ている〈メルトス〉の町ですら、その使用台数は未だ五十台にも届いていない。


 普及の進まない要因として上げられるのが、単純に購入価格が高額である事。“否火灯”に比べ構造が複雑であり、一台当たりの製造に時間が掛かる事。操縦技術の習得者が未だ多くはない事など、様々な理由が挙げられる。


 だが、“自走輪”の普及率が伸び悩んでいる最大の要因は、“自走輪”が走行する事の出来る“場”――即ち“道”の整備の遅れこそが、最大の要因で在ると言えるだろう。


 “否火灯”に照らすべき“闇”が必要である様に、“自走輪”には走る為の“道”が必要なのだ。


 しかし、実は遺跡発掘が盛んな〈メルトス〉の町と、この国〈レムンレクマ〉王国の首都である王都〈ファルーゼン〉とを結ぶ街道の整備には、“自走輪”が開発され実用化に至る以前より、その必要性が特に強く唱えられてきた。


 その為、早期より街道の整備に着手してはいたのだが、なにぶんこの国は街道の本格的な整備など、川や谷を渡るための橋を架ける程度しか行なった経験がない。

 ただ人や馬車が通るわだちのままにしてきた道全てを整備すると成ると、事は〈レムンレクマ〉王国始まって以来の一大事業となる。

 積み重ねてきたノウハウ等なく、それ故に時間も資金も人手も掛かる。だがそれでもこの国は、この街道整備が必要だと判断したのだ。


 そうして、王都〈ファルーゼン〉と発掘都市〈メルトス〉を繋ぐ街道の整備事業が始まって早五年――その進捗状況は、未だ三割にも達してはいない。




 ◆


 互いに身を寄せ合うよう、夜空に輝く双子月。


 雲の少ない夜の空は、天より降り注ぐ月光を余す事なく地上へ届けるも、月の背後で瞬く小さな星々の瞬きは、その多くが月の光に飲み込まれ地上に届く事はない。

 しかし、そうして他の星々の瞬きを押し退け、夜空で己が威光を見せ付ける双子月なれど、矢張り人の創り出す光には適わぬのか、地上で燃え盛る焚き火の光だけは、その輝きでもってしても覆い隠す事は出来なかった。


 そんな、何の変哲もないオレンジ色の焚き火の前に、軽装の鎧一式を着込んだ二人の男が座っている。


「クッ、アァァ~……眠みぃ」


 出てくる欠伸を噛み潰し、一方の男は今にも閉じてしまいそうな瞼を擦る。


「しっかりしろよ、まだ交代したばっかだろうが」

「交代したばっかだから眠いんじゃねーか、せっかく夢の中で上手い飯に在りつけてたってのに……」

「そいつは残念だったな。ほれ飲めよ、夢の飯よりは美味くないと思うけどな」

「おう」


 そう言って隣に座るもう一人の男が、湯気の昇るコップを差し出す。


「アチチッ!」

「気を付けろよ」


 ズズ~……


「フゥ……苦ぇ」

「眠気は覚めるだろ、もう一杯いるか?」

「ああ」


 そうして暫くの間、二人は無言で手に持ったコップの中身を啜り続ける。


 ズズズ~……


 彼等は今、〈メルトス〉の町と首都〈ファルーゼン〉の凡そ中間、其処より多少西にずれた平原の只中に居た。


 目の前で燃え盛る焚き火を挟んだ彼等の前方。其処には膝下ほどまで掘り返された地面と、そこに均一に敷かれている砂利地の光景が広がっている。

 そして背後には、十数人は収容できるであろう大きさのテントが幾つも張られており、その間には等間隔に篝火が焚かれていた。


 光源の確保なら否火灯のみで事足りるが、遮る物の一切無い平原での夜風は、時期的に未だ冷たさを多分に含んでいる。

 否火灯の光は熱を発する事がない為、広範囲に暖を取るのならば、矢張り篝火の方が効率が良い。


 現在この場所は、〈メルトス〉と〈ファルーゼン〉とを繋ぐ街道の整備が行なわれている一大工事の最前線であり、街道整備に従事する人々の仮拠点と成っている。


 人は基本的に、昼に働き夜に休む生き物である。

 幾ら否火灯により十分な光源が確保できる様に成ったからと言って、今時分の夜間に現場で働いている人々の姿は無い。

 現在は各自割り当てられたテントの中で、明日の為の英気を養っている最中である。


 故に周囲には時折吹く風の音と、たまに歩哨が巡回する足音、そして焚き火の弾ける音のみが響いていた。


 一概に“街道整備”とは言へ、その距離は長大である。

 ただでさえ〈レムンレクマ〉王国は大陸で最も広い領土を抱えている上、その中心部に位置する首都〈ファルーゼン〉と、辺境とも言われた国の西方に位置する〈メルトス〉の町を繋ぐ街道の整備が、一年や二年程度の期間で完了する筈もない。

 当然計画は長期的なモノと成り、工事に従事する人々の拠点設営は必須事項の一つと言える。


 この場に居る二人の男は、そんな拠点警護の為に派遣された、〈レムンレクマ〉王国の正規兵であった。


「しかしまぁ、中々壮観だねー」


 兵士の一人が焚き火から視線を左に移すと、其処から先は砂利が途切れ、変わりに石畳の敷かれた広く真新しい道が延々東へと続いている。

 未だ全体としては三割足らずの長さしか完成していないのだが、それでも兵士から見る限りでは、その先の終点を伺う事の出来ない長さが在る。


「大分“さま”には成ってきたよな」

「ああ、だけど――」


 そしてもう一人の兵士が、今度はその反対側へと視線を移す。

 砂利が途切れた先には細い二本のわだちが続き、その先に在る筈の町の明りは、依然兵士の目に届く事は無い。


「先はまだまだ長そうだ……」

「なに、最大の難関は乗り越えたんだ。実質もう折り返し地点は越えただろ」

「ま、それもそうか」

「もしかすると今年の冬先には、このクソ長い工事も終わっちまうんじゃないのか?」

「いや、流石にソレは無い……ン?」


 すると、兵士の一人が不意にその場から立ち上がり、遥か東方――整備された街道の先へと視線を投げる。


「どうした?」

「……誰か来るな」

「あン、こんな夜更けにか?」

「見てみろ」


 もう一人の兵士も立ち上がり、同じ様に視線を東方へと向ける。

 すると、其処には確かに街道の上を此方に向けて駆けて来る、幾つかの影を確認する事が出来た。


「馬だな。三……いや、四か」


 日はとうの昔に地平に落ち、未だ距離は離れているものの、空から降り注ぐ双子月の明りは、夜闇に慣れた彼等の眼にその者達の姿を如実に映し出している。


「夜盗か?」

「バカ言え、夜盗が街道通って堂々と、しかもあんな少人数で来るもんかよ」

「陽動……囮の可能性は?」

「む、そうだな。確認しよう」


 そう言うと、兵士の一人は焚き火の中から一本の薪を引き抜くと、火の点たソレを大きく左右に数度振るう。

 すると、彼等の居る位置より少し離れた丘の上から、同じように振られる松明の明りが返ってきた。


「……どうやら、周囲に異常は無いみたいだな」

「となると、早駆か何かか?」

「分からん……が、時間が時間だ。一度止めて話を聞こう」

「どうする、他の連中も起こすか?」

「いや、それ程の事じゃ無いだろう、俺達だけで十分だ」


 二人の兵士は置いてあった自身の槍をそれぞれ手に取ると、此方に近付いてくるその者達の行く手を塞ぐよう、二人並んで街道の上へ立った。

 馬の蹄鉄と石畳とが当たる独特の音が、みるみる彼等へと近付いてくる。


「速いな」

「ああ」


 彼等が街道に立ってそう間を置かず、夜闇を駆けるその集団は二人の目前へと辿り着いた。


「止まれーーいッ!」


 彼等のその言葉に従ったからか、或いは最初から止まる算段だったのか、四頭の馬は甲高い嘶きを響かせると、兵士二人の前でその足を止めた。

 四頭の馬に四人の騎手。その内の先頭を走っていた人物に、兵士の一人が声を掛ける。


「こんな夜更けに随分と急いでいるようだな。何か在ったのか?」

「火急の用である。通せ」

「ああん……?」


 その馬上より発される高圧的な態度に、兵士の表情が若干曇った。


 四人の騎手は全員が体を覆うマントを羽織り、内三人はフードを目深に被っている。更に一番後方の人物に関しては、なんと全身フルプレートの鎧を着込んでいる上に、夜間に関わらずフェイスガード付きのメイルまで被っている。

 お陰で兵士達には、四人の内の誰一人としてその表情を窺い知る事が出来ず、その者達の性別の判別すらまま成らなかった。


 唯一分かった事と言えば、今しがた話した人物の声が若い女のモノである――と言う程度の物でしかない。


「急ぎの用なのは解ってるんだよ。でなきゃ夜中にそんな速度で馬を走らせたりしないだろうからな」

「解っているのなら其処を退け」

「あのなぁ、アンタ等が急いでいるのは解るが、コッチが知りたいのはその“理由”なんだよ」

「話す必要は無い」

「だったらコッチもアンタ等を素直に通す訳にはいかねぇな。悪いがコッチも仕事なんでね、給料分働かないとクビに成っちまうんだよ」


 そう兵士の男と騎手の女が問答をしている間、もう一人の兵士はその後ろに控えている残りの馬と騎手を見て回る。


 マントのせいでハッキリとは解らないが、一応の武装はしているらしい。だが、一番後方にいる鎧の人物以外は皆軽装であり、見ため的には特に妖しい処は見受けられない。

 初めはその風貌から傭兵の類かとも考えたが、馬と騎手の一人ひとりを眺めている内に、彼はある奇妙な点に気が付いた。


「……へぇ」


 彼等の身に着けている装備は一般的な代物なのだが、そのどれもが妙に“真新しい”。

 纏っているマントは元より、履いている靴やズボンにも目立った汚れは無く、馬の鞍に使用されている皮や金具にはキズ一つ無い。鎧姿の人物に至っては、その胸の鋼板すら輝いているのが見える。

 よく見ると、それぞれが乗っている馬の毛並みは艶やかで、筋肉の付き方も中々どうして立派なモノであった。


「良い馬じゃないか」

「……」


 兵士のその言葉に、後方に居る騎手三人は誰一人として返事を返さない。


 装備が如何に一般的だとは言へ、ソレを一式全て揃えるとなると、決して安くはない費用が掛かる。更にソレを一度に四組ともなれば、尚の事多くの資金が必要と成る。

 そして彼等の立っているこの場所は、近年一攫千金を夢見る多くの人々が、希望を胸に頻繁に往来する様に成った道である。

 初めから元手など無く、着の身着のままで進んで行った者達が大金を抱えて戻る事も在れば、結局何も得られずに失意のまま戻る者も居た。

 其の為、この者達の様に潤沢な資金を持った者がこの道を通る事も、あながち在り得ない事では無い――だが、その順序が“逆”となると話が変わる。


 多くの資金を持つ者がこの街道を“戻る”事は在っても、多くの資金を持つ者がこの街道を“行く”事は極端に少ないのだ。


 如何にこの先に在る町が、現在この国の経済発展の要と成っていようとも、その主な経済効果は常に危険の伴う“遺跡発掘”により齎されている。

 貧困に喘ぐ者が藁にも縋る想いでやって来る事はあっても、元より生活に余裕の在る者ならば、わざわざ自身の命を危険に晒してまで、こんな辺境くんだりにまでやって来る理由がないのだ。


 ――不意に、周囲の空間が暗く成る。


 冷たい夜風が何処からともなく雲を運び、それが双子月の光を遮ったのだ。今迄晴れていた上空からの光は途絶へ、地面で輝く篝火の光だけが周囲に満ちて行く。


「……え?」


 その時、兵士には見えた――先頭の馬の後方、二列目の騎手が被るフードの内側が……。

 空からの光が遮られ、その顔を隠すようフードの内に篭っていた暗闇が、下方から発される焚き火の明りによって掃われ、その内側を露にした。


「な……なぁッ!?」


 兵士は自身が目撃したモノに驚愕し、衝撃に目を剥いたまま一歩二歩と後ずさる。

 後ろへと下がる足の向きを無理矢理変えると、身に着けている甲冑をガシャガシャと騒がしく鳴らし、慌てた様子で先頭の兵士の下へと駆け戻った。


「まぁ良い。とにかく馬から降りろ。それで何か身の証を立てられる物を――」

「おいッ!!」

「ん、どうした? そんなに慌てて」

「す、直ぐに通せ!」

「はあ? 何言ってんだお前、こんな怪しい奴等――」

「良いから! ちょっとコッチ来いって!」

「な、何だよ!?」


 相方に腕を引かれ、兵士二人はそのまま道の端にまで移動すると、騎手達には聞こえない様、何やら声を潜めた話し合いを始める。

 女の騎手との問答を続けていた兵士が、肩越しにチラチラと後方を気にしつつ、もう一人の兵士から話を聞いていると――


「――なッ!! ほ、本当か!? 見間違いじゃあ……」

「バカ! 遠目だが、入隊してからほぼ毎日拝んでた顔だぞ、見間違える筈ねぇだろが!」

「そ、そう言えばお前、昔から目だけは良かったな……じゃあ、本当に?」


 二人揃って、まるで鏡合わせの様にユックリと後ろを振り返る二人の兵士。その視線の先には、例の先頭から二列目の馬に跨る騎手の姿が……。

 双子月の光を遮っていた雲は既に通り過ぎ、その中には焚き火の明りでは払いきれない濃い影が再び満ちているが、二人はその暗闇の奥に、自分達の良く知る鋭い眼光を見た気がした。


「「ッし、失礼しましたー!!!」」


 慌てて道の端により、並んで敬礼を取る兵士。


「ど、どうぞ! お通り下さい!」


 前方の障害が無くなった事を確認し、四人の騎手達は一斉に握った手綱を振るった。


「ィヤッ!」


 兵士の目前を、四人の騎手達はこの場に来たとき同様、四頭の蹄の音を轟かせ高速で駆け抜けて行く。

 未だ整備や舗装の及んでいない、土がむき出しに成っているわだちの街道を、双子月の明りを頼りに真っ直ぐ“西”へ――〈メルトス〉の町へと向けて疾走する。


 そうして、去って行く騎手達の背中を、二人の兵士は未だ呆然とした表情のまま見送っていた……。


「………俺達、クビになんか、成らねぇよな……?」

「……たぶん、な……」

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