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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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 なんだか気が滅入ってきたので、少し話題を変える事にする。


「し、しかしお前、そんな口約束だけでよく今迄喋るのを我慢してたな」


 俺が親父からコイツを渡されたのが四年前。

 その四年間、コイツはずっと喋らすに黙っていた事になる。とてつもない忍耐だ。

 俺だったら一日……いや、半日もてば良い方だ。


『なに。我にとっては別段我慢と呼べるモノでもない。なにせお主の父親と出会う前まで千年単位で誰とも話しておらんかったからな。たかが四年なんぞ瞬く間よ』


 どうやら、初めから“忍耐”なんて代物ではなかった模様。

 そうか、コイツそんなに長い間喋る相手が居なかったのか。それはまた随分と淋しい時期を過ごして……って、ちょっと待て!?


(千年単位って! コイツどんだけ年寄りなんだよ!?)


 い、いやいやそうじゃない、肝心なのはソコじゃない。


 今の人類がこんな物作れるとは到底思えないが、もし今コイツの言った事が本当なら、コイツの正体は正真証明の“発掘品”。

 しかも、最上級クラスの“古代遺物アーティファクト”だ。


 ここまで来ると、事はもう金銭云々なんて次元の話じゃなくなってくる。


(コレ、どー考えてもヤバイだろ)


 ただ話をしているだけなのだが、俺の中でコイツに対する“希少価値”が物凄い勢いで上昇して行く。

 こんなもん既に“感動”や“恐怖”すっ飛ばして、“絶望”を覚えるレベルだぞ。


(あ、あンのクソ親父ぃ~~!! 本当になんつーモン残していきやがったんだッ!!)


 これじゃあ厄介事を押し付けられたのとそう変わりない。

 もしこの先あの親父と再会する様な事が在ったら、何も言わずに先ずはあの横っ面に一発お見舞いしてやろうと、拳と共に硬く心に誓うのだった。


「あの野郎、今度あったら――」

『何やら憤っておるところ悪いが、実はもう一つ、お主の父親に頼まれておる事が在ってな』

「ぜってぇ一発――え?」


(頼まれごと……?)


『まぁ我としてはコッチが本題なんじゃがの、お主宛に伝言を頼まれておるんじゃよ』

「伝言……?」


 正直、これ以上の厄介事は勘弁して貰いたいのだが、取り合えず聞くだけ聞かねば話が進まない。


「で、親父の奴は何て言ってたんだ?」

『……知りたいか?』

「ああ」

『……本当に知りたいのか?』

「お、おう」


(何だ……?)


『ホントのホントォ~~に……知りたいんじゃな?』

「何なんだよ? この後に及んでもったいぶるなよ」


 あの親父からの伝言だ、どうせ厄介事の類だろう。


 厄介事なんて無いに越した事はない。なので進んで聞きたいとは思わないが、俺の“厄介度指数”は現時点で既に限界ギリギリだ。

 今更一つや二つ増えた処でそう変わらないし、ここまで来たら逆に知っておかないと落ち着かない。

 まぁ知った処で落ち着けるとも限らないのだが、精神的にはそっちの方が大分マシだ。


『そうか、そこまで言うのなら教えて――』


(やれやれ、今度は一体どんな無茶話を――)


『や・ら・ん』

「って、ゥオイッ!?」


 壮絶な肩透かしを喰らう。


「ここまで引っ張っといてソレかよ! 何でだよッ!?」

『やかましいわッ! だいたいお主、我に対しての謝罪がまだ済んでおらんじゃろうが!』

「はぁ!? 謝ったろ! 土下座までして今此処で!」

『ソレはお主の父親の発言に対してのモノじゃろうが! 我が言っておるのはお主の部屋から我を放り投げた件についてじゃ!』

「ソレも謝っただろうが!!」

『あんな軽い発言で許す訳なかろうが! 誠意を込めんか誠意を!』


(コ、コイツ! 本当に面倒くさい奴だな!!)


「お前なぁ……分かったよ。それで、また土下座でもすればいいのか?」


 色々と納得行かない部分は在るが、ここで意地を張っても大した見返りなど無いだろう。

 この手の輩はまともに相手をせず、適当なタイミングを見計らってコッチが妥協してやればいい。人間相手の交渉と大して変わらない。簡単な心象操作と言うヤツだ。


 幸いな事に、俺にはそこらの役人や貴族様みたいなお高いプライドの持ち合わせはない。土下座の一つや二つ安いモノだ。

 それにコイツの言う通り、確かに俺にも少なからずの非は在るだろう。なのでここは俺が大人に成って、一歩引いてやる事にする。


 もっとも、相手の方は俺なんかより“数千歳”は年上の筈なのだが……。


『そうじゃのう……先ずは土下座、その状態のまま倒立へ移行、ヘッドスピン百回転を決めた後、頭頂部に綺麗な円形脱毛が出来ていたら許してやろう』

「ンなこと出来るかあああ!! つーかお前、教える気ねぇだろ!!」

『ふん。なんじゃい、何もせんウチから諦めおって。お主には根性ってモンがないのか!?』

「何事にも限度があるわ! 仮に出来たとしても禿になんぞ成りたくねぇ!!」

『じゃったらこれ以上我が言う事はないのぅ。これから先の毎日をせいぜい悶々と過ごすがよいわ!』

「俺の親父に頼まれたんだろうが! 素直に言えよ!!」

『所詮はただの口約束じゃしー、必ず守らんとイカン義理もないしのー』

「て、てんめぇ、そのただの口約束で四年間も沈黙貫いた奴がよくもヌケヌケと……」

『知らんなー。何じゃったら後百年は黙っていようかのー』


(だ、駄目だコイツ、マジで性質が悪ぃ!)


 “話が出来る”って事で勘違いしていたが、そもそも人間相手の交渉と同じだと思った俺がバカだった。色々な感覚が人間なんかより遥かにぶっ飛んでいる。こうなると、流石の俺でもまともな交渉なんて出来っこない。

 だが、ここでみすみす引き下がったりすれば、後々のコイツとの関係に大きな禍根を残す事になる。イニシヤチブは此方が確保しなければ成らない。


(しかし、どうしたものか……)


 話し合いという“穏便”な手段が閉ざされた以上、後は多少なりとも“強引”な手段に頼らざるを得なくなった。

 とは言へ相手は無機物だ。今迄の様に人間相手と同じ要領で話を進めれば、同じ哲を踏むのは目に見えてる。


(つってもなぁー、短剣相手に効果的な“手段”って何だよ……?)


『ホレホレどうしたんじゃ? イキナリ黙りおって。怒ったか? ん? 怒ったのか? なんじゃったら煮るなり焼くなり好きにしてもよいぞ、我は寛大じゃから特別に許可してやろう』

「くッ……!」

『――もっとも、見ての通り我は“剣”じゃからのう。お主等人間とは違い、そんな事をされた処で痛くも痒くもないがのぅ。カーッカッカァ!』


(コーイーツーはーー!!)


 ま、待て、落ち着け。ここは一旦落ち着くんだ。

 先ずはユックリと深呼吸して、さっきからギリギリと煩いこの歯軋りを止めよう。先ずはソレからだ、歯にも顎にも宜しくない。


「スゥー……、ハァー……」


 流れ込む空気を意識しながら三度、ユックリ大きく深呼吸を繰り返す。


「スゥー、ハァー、スゥーーー……ッハアアァーー……」


 一度目で歯軋りを止め、二度目で持ち上がった両肩を下ろし、三度目で寄った眉間を揉み解す……よし、落ち着いた。


『なんじゃい、本当に静かじゃのぅ。さては何処かに口でも落としたか? ま、無礼な事しか言わんお主の口など、失くして正解と言うモノじゃ。良かったのぅ』

「~ッッ!!!」


(コイツ! さっきから無駄に煽りやがって!!)


 せっかく解した表情筋が再び引き攣るのが分かる。


 親父に頼まれて黙っていたこの四年間。まるで其れまでの憂さを晴らすかの様に、俺に対しての嫌味を効かせた台詞が次から次へと湧き出てくる。

 しかも流石は人外。脳内に響く声には息継ぎがなく、その継ぎ目のない連続トークは此方に落ち着く隙を与えない。

 一時はどうにか冷静に成れても、また直ぐに眉間に皺が寄る事に成る。


『だいたいにして我を鞘から引き抜くまで四年も掛かるとは注意力が散漫しておる証拠じゃこんな調子で遺跡発掘なんぞしておったらお主間違いなく足元をすくわれるぞ大した実力なんぞないんじゃから身の丈に合ってせせこましく生きて行けばよいそもそもお主に期待する者なんぞ皆無なんじゃいやむしろ周りで見ている者達の方が気を揉んどるじゃろうなお主の様な三流発掘者が何時他の者の足を引っ張るかと気がきで――』


(イ、イラつくッ! どうにかしてコイツを黙らせねぇと)


 だが、頭の中に響く声が相手では、耳を塞いだ処で大した効果はない。

 同様に、発声器官を持たないコイツの言葉を物理的に遮る事も難しい……あれ、これ詰んでないか?


(おいおいマジか!? じゃあ何か? コイツが喋るのに飽きるまでこの状態が続くってのか!?)


「冗談じゃねぇ! 何か方法は――」


 どうにかしてコイツを黙らせられないモノかと考えていると――


「…………あ」


 ふと、その元凶である短剣が、未だ自分の右手に“握られたまま”の状態である事に気が付いた。


「……」


 握っていた短剣を岩の上に置き、柄からソッと手を放す。すると、今迄頭の中に響いていた喧しい嫌味の洪水が、一瞬でピタリと収まった。

 耳に入って来るのは、最初から周囲で鳴っていた枝葉の擦れる音や、鳥や虫の小さな鳴き声だけになる。


(…………まぁ、何だな。人間、常に心に余裕を持ちたいモンだ)


 ――さて、気を取り直し、これから先の事を考えるとしよう。


(問題は、どうやってコイツから伝言を聞き出すかだな)


 “穏便”な手段が使えなくなった以上、“強引”な手段に訴える以外ない。

 だが、相手は無機物の“短剣”だ。人間相手と同じやり方をしても、まず大した効果は得られないだろう。

 そこで、どうやってコイツの口を割らせるかだが、そう難しい話ではない。何時ものように、相手の“裏”を読めば良いのだ。

 コレばかりは相手が人間だろうが動物だろうが、そして“短剣”だろうが関係ない。


 そもそも、コイツ相手にこれ以上の交渉を続ける心算はない。

 俺としては多少強引ではあっても、コイツから親父の伝言を聞き出せればそれで良い。


(物理的な手段ってのは却下だな)


 コイツの言った通り、煮たり焼いたり叩いたりと言った手段は、余り意味はないだろう。

 試してみる価値はあるかもしれないが、そもそもコイツに人間と同じ感覚があるのかどうかすら怪しい。

 それに、もしそれを実践してコイツが折れたりしようものなら、親父の伝言が永久に聞き出せなく成るかもしれない。ソレは避けたい。


(それに、コイツには色々な意味で計り知れない“価値”が在るからな)


 いち発掘者としても俺個人としても、その価値をみすみす貶めるってのは正直気が引ける。


 さて、“物理的”な手段が通用しない以上、他に取れる手段としては“精神的”なモノに限られる。

 ある意味、物理的な手段以上にキツイものに成るかもしれないが、まぁそれはコイツの自業自得と言うモノだ。恨むなら自分を恨むが良い。


(よし。いっちょきつ目のヤツをお見舞いしてやろう)


 方針は決まった。なので、具体的にどんな手段を講じるかを考える。


「う~~ん……」


 今迄のやり取りで、コイツはプライドとか自尊心とか、そういったモノが強い性格タイプだと言う事が分かる。

 なので、それを踏まえた上で色々と考えてみると、早速頭の中に一つの妙案が浮かんできた。


(うし。“この手”で行くか。じゃあ早速フールの所に――)


「……いや、待てよ」


 俺は思い付いた方法をさっそく試してみようと思ったのだが、それだと少々インパクトに欠けるかもしれない。

 それに何度も言う様に、コイツには人間相手と同じ感覚は通用しない。下手に舐めて掛かろうモノなら、今以上に増長して俺の手には負えなく可能性がある。

 なので、俺は思い付いた方法のハードルをもう少し上げる事にした。


「よし、“アソコ”に持って行くか」


 “アソコ”ならフールに協力してもらうより効果的だろう。

 それに、頼りになる“協力者”もいる。詳しい事情を説明しなくても、きっと快く引き受けてくれるはずだ。


「そうと決まれば……」


 意を決し、横に置いた短剣を手に取る。


『――そうやって生きているくらいなら部屋に閉じこもって痴呆症の老人の如く一日中ボーっとしておればええんじゃそうすれば日頃の行いでのお主の悪行もなくなってこの町いや世界が多少は平和になるじゃろうおお良かったのうお主のような奴でも世界平和に貢献できたぞまあ像の前の蟻んこ以下の貢献かもしれんがないよりはマシ――(ネチネチネチ)』


(コイツ! まだ言ってやがるのか!)


 途端、脳内に流れ込んでくる粘性の高い嫌味の濁流。いがらっぽくて仕方がない。


「……おい」

『まったく――(ネチネチネチ)』

「……こら」

『どうせ――(ネチネチネチ)』

「聞け!」

『そんなんじゃから――(ネチネチネチ)』

「いい加減にしろッ! 聞けっつーとろーがッ!!」

『結局は――ム? なんじゃい、漸く落とした口でも見つけたのか?』


 うん、無視。


「安っぽい台詞で悪いが、今から俺が言うのは“最後通告”だ」

『……ホゥ』

「素直に親父の伝言とやらを吐け、でないと“酷い目”に合う事に成るぞ」

『なんじゃい、本当にやっすい台詞じゃのう』

「うっせ。で? 教えるのか? 教えないのか?」

『我も言った筈じゃぞ。土下座をした後逆立ちして、人間ドリルとなってつる禿に成るまで地面を掘ったら教えてやる、とな』

「さっきと大幅に条件が変わってるじゃねぇか!!」

『お主がさっさとやらんから利息がついたんじゃ。ほれほれ、早くせんと雪ダルマ式に上乗せされるぞ』

「なんだその暴利!? テメェ一体どんな悪徳金貸しだ!?」


 イ、イカン。どうしてもコイツのペースに巻き込まれてしまう。


(お、落ち着け、先ずは深呼吸だ。昇った血を下げろ、血を)


「スゥー、ハァー、スゥー、ハァー……それはつまり、“教えない”って事で良いんだな?」

『ま、そうとも言うかのぅ』

「…………ホゥ、ソウカソウカ」


 これにて交渉は完全に決裂した。

 なので後は、ただ粛々と坦々と、さっき考えた方法を実行に移す事にする。

 俺はいつも持ち歩いている腰のバックの中から、包帯用に使っている巻き布を取り出す。


『ん、何じゃ?』

「ホゥ、ソウカソウカ」


 次にその巻き布を、短剣の柄に巻き付けて行く。


『待てお主、一体何をする気じゃ?』

「ホゥ、ソウカソウカ」


 隙間なんかが出来ないよう、布が半分程重なる様にしっかりと巻き付けて行く。


『コラ! 同じ事ばかり言っておらんで答えんか!』

「ホゥ、ソウカソウカ」


 クルクル、クルクルと、しつこい位に巻き付けて行く。


『ふん! お主が何をしようと無駄じゃからな!』

「ホゥ、ソウカソウカ」

『我は絶対に口を割ったりなん――』

「ホゥ、ソウカソウカ」


 布を巻き付けている途中で声が止んだ。

 最後に布の端をギュッと結びつけて完了。試しに布の巻かれた柄を握り、その場で左右にブンブンと振ってみる。


「ふむ……」


 ――何も聞こえない。


 刃の部分を持ってみても、矢張り頭の中に声は響いてはこなかった。

 思った通り、“布越し”ではなく“直接”柄に触れていないと、コイツの声は聞こえては来ないらしい。

 これなら“あの人”に余計な説明をしなくて済む。


「うし。じゃあ行くか」


 俺はそのまま短剣を後腰の鞘に収めると、尻に付いた埃を払い落とし、目的の場所へと向かった。


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