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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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10

 ◇


 ガサガサ――


「えーっと……」


(確かコッチの方に)


 昼食を済ませた後、俺は放り投げたあの短剣を探しに、家の裏にある林の中へとやって来た。

 ちなみに一人だ。フールの奴は家に置いてきた。


 ガサガサ――


「アー! 歩きづれぇ!」


 袖に引っ掛かる小枝を払いながら、胸まである茂みを掻き分け林の奥へと突き進む。

 道なんて物は存在せず、地面から突き出た岩や木の根が俺の進行の邪魔をする。

 しかも茂みのお陰で足下が見え辛く、注意していないと足を取られて地面と激突しかねない。


 この〈メルトス〉の町中には、この場所のように整備されず放置されたままの場所が幾つか存在する。


 この辺りの土地は元々が広い平地で水捌けも良く、土地も肥沃で作物の実りも良い。更には傍に大きな川も流れており安定した気象にも恵まれ、人が地面を耕して生きていく上では打って付けの場所だった。

 お陰で昔ここに住み着いた連中は、大した苦労もなく広い畑や牧場を整備し、多くの実りを得る事が出来た……と、町のジジババ連中が話していた。


 なので今俺の居る場所――地面から多くの岩が顔を出し、その上多くの木の根が覆い被さっている様な“整地が必要”な土地は、その殆どがこの町が出来た当初から放置されたままになっている。

 苦労して木を切ったり岩を退かしたりするよりも、別の平地に畑や家を作ってしまった方が効率が良いからだ。


 ガサガサ――


「……お」


(有ったな)


 たぶん木にでも突き刺さっているだろう――という俺の予想が的中した。


 短剣が飛んで行った方角に進みながら途中に生えている木を順に調べていると、とある一本の木の幹から他のモノとは明らかに違う、黒くて短い枝が生えているのが見えた。

 近付いて確かめてみると、それは先程俺がブン投げたあの黒い短剣の柄だった。


 地面に落ちていなくて助かった。もし木の幹に突き刺さっていなければ、見通しの悪いここでの探索は極めて困難だっただろう。


「うわ、すげぇな……」


 木の幹に突き刺さった短剣は、刃の部分が完全に幹の中に埋ってしまっていた。木の幹から、柄の部分だけが生えているような状態だ。

 幾ら全力で投げたとは言へ、普通の短剣やナイフではこうは成らない。


(おいおい、本当にどんな切れ味だよコレ)


 俺は早速短剣を引き抜こうと、幹から生えている柄へと手を伸ばす。しかしその柄に触れようとする直前に、伸ばした指先の動きがピタリと止まる。


(……コイツ、また喋り出したりしないだろうな?)


 そもそもこの短剣、さっきは本当に喋ったのだろうか? 俺の聞き間違いじゃなかったのだろうか?


 あの後、短剣を放り投げてからは例の声は聞こえなくなった。そもそも、あの声を聞いたのも僅か数分の間だけだ。

 なので俺には、今一つアレが現実だったという実感が持てていない。


 ここ最近忙しかったり死にそうに成ったりと、色々ドタバタが続いていた。疲れが溜まっていたのは事実だ。

 一晩寝て、メシを食って、短剣を引き抜く事に成功して、そこで緊張の糸がプッツリと切れてしまったのかもしれない。


 そのせいで、あんな幻聴が聞こえたのではないか?


 落ち着いて考えてみたが、どう考えてもソレが一番自然な結論だろう……つか、そもそも短剣が喋る訳がない。


「あー、聞こえますかー?」


 それでも一応声を掛けてみたが、幹に刺さった短剣からはウンともスンとも返事はない。


(ま、そりゃそうか)


 それが当たり前であり、それが当然の結論である筈なのだが――


(もしかして、手に持ってないと声が聞こえない……とか?)


 例の声を聞いた時、頭の中に直接響くような感覚がした。

 人間の様な発声器官があるとも思えないので、何か不思議な力で触れた人間の頭に直接声を伝えていたのでは……。


(って、そっちの方が怖ぇよ!! うわぁ、触りたくねぇ~……)


 しかし、何時までもこのままにはしておけない。


 前にも言ったように、こんな短剣でも我が家の立派な財産である。

 こんな林の奥にまでやって来る奴などまず居ないだろうが、このまま此処にコレを放置して、偶然やって来た誰かに拾われてしまう……などという事態は避けなければならない。


「ふぅ……」


 軽く息を吐き、意を決して短剣の柄を掴む。


(何も、聞こえない……よな?)


 柄を掴んだまま暫く耳を澄ますが、例の声が聞こえてくる様子はない。

 聞こえてくるのは風に揺られた枝葉の音や、小さな鳥のさえずりや羽音位なものだ。


(ヤッパリ幻聴だったのか……?)


 ひとまず幹から短剣を引き抜こうとするのだが、短剣の刀身は木の幹に深々と突き刺さっており、そう簡単には抜けそうにない。


「……よし」


 俺は短剣の柄を両手でシッカリ掴むと、全身を使うようにして思い切り短剣を引き抜いた。


「フンッどオォォーーー!?」


 だが俺の予想に反して、短剣は驚くほどスムーズに引き抜けてしまった。


 ズガーンッ


 お陰で盛大にバランスを崩した俺は、短剣を引き抜いた勢いのまま後方へと倒れ、背後に生えていた木に後頭部を叩き付けるという、何とも悲惨な結果を招いてしまった。


「――ッ! ――~~ッッ!!」


 視界一杯に火花が散り、猛烈な激痛に声に成らない悲鳴を上げ、地面の上で死に掛けの蜥蜴の如くのたうつ俺。

 一番痛いのはぶつけた後頭部なのだが、ぶつけた拍子に首が変な方向に……。


(まさか、一日に二度も同じ箇所をぶつける事に成ろうとは!)


 ベットの底板にぶつけた時といい、このままでは後頭部が凹んでしまう……。


 すると――


『フン、我を粗末に扱った罰じゃな。シッカリと報いを受けるが良いわ』


 そんな声が、俺の頭に響いて来た。


(うわぁコイツ、やっぱ本当に喋っていやがる……)


 後頭部といいその事実といい、二重の意味で衝撃だった……。




 ◇


「あいたた。コブが……」


 頭の上と顎の下に両手を添え、強引に傾いた視界と首の角度を元に戻す。


「フンッ!」


 ゴキンッ


 一瞬嫌な音が聞こえたが、コキコキと首の関節や肩周りの筋肉を回してやると、違和感は直ぐに無くなった。


「ふぅ……んで、だ――」


 林の中、大きめの岩に腰掛けた俺の直ぐ隣に、例の短剣が置かれている。


 未だ鞘には収まっておらず、相変わらずゾクリとする光沢を放つその短剣を手に取ると、少し躊躇してから俺は“ソイツ”に向けて話し掛けた。


「なぁ、結局お前いったい何なの? 何で短剣が喋ってんの?」


 因みに、矢張りちゃんと短剣の柄に触れていないと、コイツの声は聞こえてはこないらしい……良かった、周りに誰も居なくて。


(短剣に話し掛けてる現場なんて目撃されたら、気の変な奴だと思われるからな)


『……お主、質問の前に先ずは我に言う事が在るのではないか?』


(“言う事”……?)


 唐突にそんな事を言われても、此方にはまるで心当たりが無い。

 そもそも、俺がコイツに会ったのはついさっき――いや、“出会い”自体は四年も前だが、言葉を交わしたのは俺が部屋で短剣を引き抜いた後の数分だけだ。


(その程度の付き合いしかない俺が、果してコイツに何を言えと?)


「……え~と、本日はお日柄も良く~」

『誰が天気の話なんぞしろと言ったんじゃ?』


(違うのか……まぁそりゃそうか)


「えーワタクシ、このメルトスに在る〈黄金の瞳〉で発掘者をやらせて頂いております、レイド・ソナーズと言う者です。以後、お見知りおきを」

『おお、これはこれはご丁寧に。我はもう彼是数千年、見ての通りこうして短剣をしておる……って何でじゃ!?』

「いや、天気の話題がダメなら自己紹介でもと思ったんだが……」

『そういう事を言っておるのではない!』


 ノッてからのツッコミとか、コイツさては相当面倒くさい奴だな。


『そうではなく! 謝罪じゃ謝罪! 我は謝罪の話しをしておるんじゃ!』


(“シャザイ”……? 謝るってコトか?)


「……あ~うん、まぁ誰にでも失敗ってモンは在るからな、そう気にすんなよ」

『そ、そうか? お主にそう言って貰えると我も助かる……ってぇ! どぉして我の方が謝る感じに成るんじゃあ!?』

「違うのか?」

『違うわッ!!』


 何か謝りたい事でも在るのかと思い適当に話しを合わせてみたのが、どうやらコレも違ったらしい。

 とすると、謝るのは“コイツ”ではなく“俺”の方か……え? 何について?


『何じゃその、“まるで心当たりがない”――という感じの顔付きは』

「いや、感じも何もその通りなんだが……つか、お前どこに目ぇついてんだ?」


 発声器官どころか知覚器官すら在る様には見えないのだが……。


『やかましいわッ! 今はそのような話はしておらん!! まったく、ようやっとまともに話が出来るように成ったかと思えば、よもや今回の使い手がこんな無礼者だとは……あの男の息子と聞いて多少は期待しておったのだがのぅ』


(“あの男の息子”か……)


 そう言えばコイツ、俺の部屋でも同じ様な事を言っていたな。


「なぁ、その――」

『我が言っておるのは、さっきお主が我を放り投げた件に対しての謝罪じゃ。此方が話掛けた途端、何の躊躇もなく人を窓の外に放り投げおって……流石に無礼ではないか?』

「あ……? あ、あーあー! その事かっ!」


(言われてみれば確かに……)


 幾ら不意打ち気味だったとは言へ、声を掛けた相手にイキナリ投げ飛ばされると言うのは、余り気分の良いモノではないだろう。


「いや~悪かった悪かった、もうしねぇから」

『軽ッ!? 当たり前じゃ!』

「いや、でもありゃ仕方ねぇだろ。まさか短剣が喋り出すなんて夢にも思わねぇし」

『だからと言って、イキナリ窓の外へ放り投げる奴が居るか! しかも我に対しての第一印象が“気持ち悪い”じゃと!? 我はいたく傷付いたわ!』


 どうやら随分とご立腹の様子。


「いや、だから悪かったって」

『そもそも、我はお前等人間の伝説や逸話などに語られる“意思在る道具インテリジェンスアーツ”じゃぞ! 嫌悪の感情を抱くより、もっと他に想う処があるじゃろう!?』

「“想う処”って……例えばどんな?」

『ム……そうじゃのぅ。例えば“格好良い”とか、“神々しい”とか、“しもべに成りたい”とかかのぅ?』

「想わねぇよ!」


 特に後半。


『何じゃと!? 人の言を一瞬で否定しおって、本当に無礼な奴じゃなのぅ!』

「そりゃ否定もするわ!」


 コイツの言う通り、確かに俺達の伝説や逸話の中には、コイツみたいな言葉を話す武器や道具なんて物が存在する。

 そんな話を聞いた子供達の中には、そういう“伝説の道具”に憧れを持つ者も居るだろう。


 かく言う俺も、その手の話は親父の奴から色々と聞かされてきた……だが――


「御伽噺に憧れるガキならいざ知らず、大のオトナが唐突に喋る短剣なんぞに遭遇して、諸手挙げて「カッコイイ! 僕に成りたい!」――なんて言う訳ねぇだろうが!」


 しかも、コイツの声は“間接”的にではなく頭の中に“直接”響いて来る。


 突然そんな訳の分からない声を聞かされたら、普通の人間なら“カッコイイ”とか“神々しい”とか思う以前に、先ずは自分の頭の中身を心配するのが正常な判断というモノだろう。


『ホォ……では聞くが、もしもその様な輩が実在した場合。お主、我にどの様にして詫びる積りじゃ?』

「あン? そうだなぁ……もしそんな奴が居たら、直ぐにその場で土下座して地面に額を擦り着けてやるよ。こう、グリグリっと」

『……その言、違えるでないぞ』

「おおよ」


(まぁ居るとは思えんが……つかコイツ、一体どうやってソレを証明する気だ?)


 道行く人に自分を握らせて、その状態で一人ひとりに話しかけて反応を見るのか?

 だが、それだと仮に証明できた処で、後々厄介な事に成る気がするのだが……。


『“お主の父親”じゃよ』

「正直スマンかったーーー!!」


 即座にその場に土下座し、地面に額を押し当てて抉り込む様に擦り付ける。


(そうだった! あの親父なら多分――いや、絶対に言う!)


 わざわざ証明するまでも無く、たった一言で片が付いてしまった。


 コイツの言う通り、もし親父がこんな奇妙な物を発見したら、アイツの性格上まっ先に飛び付いて大はしゃぎする事だろう。

 ひょっとしたら“カッコイイ”とか“神々しい”とか、本当に“しもべにしてくれ”なんて事まで言ったかもしれない……。


(いや、流石にソレはないか。もし言ってたら、今度こそ本気で親子の縁を切ってやる……)


『何じゃ、やけにアッサリ認めおったのぅ』

「まぁな」


 顔を上げる。


「あんなのでも“一応”俺の親父だからな。不本意だが、アイツとお前とが会った時の情景がアリアリと想像できちまう……」

『そ、そうか』


 良い歳したオッサンが子供みたいに目ン玉輝かせて、短剣片手に奇声を発しながらそこらじゅうを駆け回る光景が目に浮かぶ……オイ、誰か奴を捕まえろ!


「ハァァ~~……。つか、アイツに会ってお前の方が逆に驚いたんじゃねぇのか?」

『まぁ、の……。自分で言っておいてなんじゃが、我が言葉を喋ると判明した瞬間、まさかあそこまで歓喜されるとは思わんかった……いや、“狂喜”か? 流石の我も少し引いたからのぅ』

「あ~……そりゃ悪かったな」

『なに、余り長い付き合いとは言えんかったが、ソレを除けばなかなか楽しめたぞ。ただの人間にしておくには惜しい奴じゃった』

「そ、そうか」


(こんな人外に人外認定されるとは、いい加減ウチの親父も大概だな……)


「つかお前、ヤッパリ俺の親父の事知ってたのか」

『知っておるも何も、我をお主に授けたのはあの男ではないか』

「それはそうなんだが――って、あれ? その事も知ってたのか?」

『ああ、知っておるとも。“妙な被せ物”をされとったが、外の様子は伺い知れとったからのぅ』


 “妙な被せ物”と言うのは、多分あの“偽の鞘”の事だろう。


『我を父親から譲り受けた当時、自身の体に不釣合いな我の扱いに四苦八苦しておったお主の姿も、ちゃんと見ておったぞ』

「何だよ、じゃあ最初からずっと見てやがったのか。何で一言も声掛けなかったんだ?」

『お主の父親との約束での、お主が我を鞘から引き抜くまでは、我がこうして喋れる事を伏せておくよう頼まれておったんじゃよ』

「何でまた?」

『さぁの、そこまでは聞いておらん。別に興味も無かったしのう』

「ああ、そう」


(まぁ、ソレについては色々と憶測は立つけどな……)


 此処までの一連のやり取りで、コイツに付いて色々と解った事が在る。


 先ずはこの短剣の“価値”に付いてなのだが、ぶっちゃけ当初の俺の予想を遥かに上回るモノに成っている。

 “言葉を話す短剣”――見た目の装飾や材質云々より、それだけで俺が予想していた数百倍から数千倍……いや、規模の大きなオークションにでも出品しようものなら、その価値は数万倍から数十万倍にまで跳ね上がるかもしれない。


 ……ゴクリ


 口内に湧いた唾を飲み込むと、喉からいつもより一際大きな音が響いた。


 当時まだ未熟だった俺がこの事実を知っていたら、果してどう成っていたことか。

 もし何かしらの“ヘマ”をやらかして、この情報が外部に漏れ出そうモノなら……。


(か、考えたくもねぇ……。親父の野郎、こんなモン当時十二のガキに持たせるんじゃねぇよ!)


 しかし、だからこそ親父の奴も、俺にコイツの事を詳しく説明はしなかったのだろう。


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