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靴下

作者: 土田かこつ



「今晩は枕元に靴下でもつるしときなさい」


 夕ごはんの後、とつぜん母ちゃんがこんなことを言った。 


「くつした?」


 なんでいきなり靴下なのか。洗濯物ならちゃんと出したはず。今日は、うん。


「明日はクリスマスだろう」


「……あ。」


 なんかマヌケな声が出た。

 母ちゃんは呆れたように笑う。


「なんだねこの子は。忘れてたのかい」


 忘れたわけじゃないやい、とくちびるを突き出す。

 

 でも、ほんとは忘れようとしてた。

 ほんとは忘れたことにして、クリスマスなんかなかったことにしたかった。

 だってどうせ今年はプレゼントなんかもらえないんだろうなって思ってたから。

 だって、うちは今、すごくビンボウなんだ。


 別に生まれたときからこんなんだったわけじゃない。

 去年のおわりに母ちゃんと父ちゃんがリコンしてからだ。

 新しく引っこした先の家は、前よりずっとせまくてごはんを食べる部屋と寝る部屋しかない。

 おこづかいは半分になったし、でかけても外でごはんを食べることはなくなったし、ゲームもマンガもおかしでさえもほとんど買ってくれなくなってしまった。


 いちおう、母ちゃんが、朝早くから働いてるのはわかってる。

 だから、かんべんしてくれよ、とか思ったりするけど口に出して言ったりはしない。いちおうね。

 ……とまあ、そんなわけで今年はプレゼントなんてもらえないんじゃないかと思ってたんだ。

 でも。


『靴下でもつるしときなさい』


 って、つまりはそういうことだよね?

 

 もしかして母ちゃん、クリスマスプレゼントはサンタが持ってくるってことになってるから用意しなきゃまずいって思ったんだったりして。

 オレもうサンタなんて信じてないんだよ、とかちょっと思ったけど、それを言ったらプレゼントがなしになってしまうような気がしたから言わないでおいた。


 つま先に穴が空きかけてるよなやつしかなかったけど、まあいっか。

 まくらの横のタンスの取っ手にハンガーと洗たくバサミでくつしたを引っかける。


 もしほんとに欲しいものをくれるなら、3DSの本体がいいなあ。

 母ちゃんには誕生日にねだってみたんだけど、しぶい顔でダメだってつっぱねられたんだ。

 けど母ちゃんとしてじゃなくてサンタとしてだったら、もしかしてもしかしないかな。どうかな。

 ボロっちい靴下に手を合わせてから布団に入った。



 次の朝、クリスマス当日。

 オレはおそるおそるつるしたくつしたの方を振り向いて、オレは目を丸くした。

 ……何もない。

 昨日あんなにおがんだくつしたはぺちゃんこのままぶら下がってたし、その下にも枕もとにも、布団を引っぺがしてもそれらしいものが何もない。

 どうして?

 だって、あんなふうに言ったってことはあるんでしょう? 

 もしかして母ちゃんも眠りこけて用意するの忘れたの?


 となりの部屋とのふすまをあけて思わずさけんだ。


「母ちゃん! プレゼントがない!」


 台所にいた母ちゃんが驚いた顔で出てきた。


「なに、ないの?」


 母ちゃんの言葉にこっちはますます混乱してくる。

 ないのってなんで?

 母ちゃんがおき忘れたんじゃないの?

 それともどっかにかくしてるの?


 オレは母ちゃんの手を引っぱって布団部屋に行った。

 ほら、ないでしょう、と母ちゃんを横目でにらんだ。

 母ちゃんといえば昨日つるしたくつしたのところまでいってそいつをまじまじを確認している。

 そんなところにあるわけないじゃんか。

 いいかげんイライラしてきたころ、母ちゃんが言った。


「あら、あんたダメじゃないの。こんな穴あき靴下なんかじゃ」


 え、と顔をあげたオレの前にくつしたをはずして持ってきた。

 よく見ると、昨日まであきかけだったつま先の穴が、内側からこじあけられたように大きくあいていた。


「ほら、穴が広がってる。きっとサンタのプレゼントもすりぬけてっちゃったんだよ」

 

 ……は?

 なんだよそれ。どんな理由だよ。

 っていうかすりぬけたプレゼントはどこにいったんだよ!

 だってプレゼントってサンタじゃなくて母ちゃんが用意して……

 そこまで考えて、思いついた答えにオレはがく然とした。

 きっと、用意なんかしてなかったんだ。


 これが母ちゃんの策略か。

 こうやっていちゃもんこじつけて、プレゼントがなかったことの言い訳を用意して。

 ……ひでぇや。

 それなら、買えないなら買えないってはじめっから言ってくれたほうがよかった。だって母ちゃんが昨日あんなことを言わなければ最初っからちゃんとあきらめてたのに。なんだってあんなこと言ったんだよ。

 くつしたまでつるして、おがんだりしてバカみたいだ。あんなに、あんなに、あんなに、

 

 楽しみに、してたのに。


 ちくしょう。最悪だ。クリスマスなんて最悪だ。

 むしょうに悔しくなって涙がでてきた。


「こらこら、泣くんじゃないよ。サンタの代わりに母ちゃんがプレゼントをあげるから」


 なだめるように笑って母ちゃんが言った。

 ため息まじりの言葉に、オレは目を丸くする。

 いま、なんて?

 プレゼント、ないんじゃなかったの?


 はいよ、呆れ半分に母ちゃんからプレゼントを渡された。

 なんだかよくわからないまま包み紙をやぶくと、そこにはオレが二番目に欲しいと思っていたミニ四駆が入っていた。



 その夜、寝る前に母ちゃんが言った。


「来年は、ちゃんと穴のあいてない靴下にしようね」

「……うん」


 オレはちょっとだけ考えてからうなずいた。

 でもたぶん、来年も穴のあいたくつしたをつるすんだろうなって思った。

 そんでやっぱりサンタのプレゼントはなくて、また母ちゃんから二番目のプレゼントをもらうことになるんだろう。


 そんなことを考えながら布団にもぐりこんだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 子どもの目線で書かれた、素直な文章がとてもよかったです。アイデアもおもしろいですね! [一言] 今日の文学フリマで、お隣になりました「栞」の熊谷佳子ともうします。今日はお疲れ様でした。いた…
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