雪に映える紅
ずっとずっと、大嫌いだった。こんな気味が悪い――。
* * *
ちらちら舞う雪を見上げて、私は今日もまた溜息をひとつ。
(早く、止まないかな)
私は、冬が大嫌いだ。正確に言えば、雪が。
寒いのは、苦手ではない。本当は、冬だって雪だって好きになりたい。
けれど――。
「寒いから、早くお入り」
背後から、声がした。おばあちゃんだ。わざわざ家を離れて、迎えに来てくれたんだ。
私は、少しうれしくなって元気よく振り返った。
びくりっ
そのとき私の目に映ったもの。おばあちゃんが、一瞬痙攣を起こしたように震えた姿。
ほんの一時だけれど、確かに宿った恐怖。
(あぁ、やっぱり、だめなんだ。私は人に見えない……)
私の肌は、ぬけるように白かった。
私の髪は、瞳は、鮮やかな血の色のように赤かった。
『雪女』――誰かがそう言った。
体温がなく寒さもなく人の心すらなく、生き血を浴びる化け物だと。
それは皮肉にも私にぴったりの表現であった。
それからずっと、冬の間は特に、私は恐れられて来た。
一番親しいはずの、家族にすらも。
私の肌は、ぬけるように白かった。
私の髪は、瞳は、鮮やかな血の色のように赤かった。
『雪女』――誰かがそう言った。
体温がなく寒さもなく人の心すらなく、生き血を浴びる化け物だと。
それは皮肉にも私にぴったりの表現であった。
それからずっと、冬の間は特に、私は恐れられて来た。
一番親しいはずの、家族にすらも。
(雪は赤を目立たせるから……大っ嫌い)
それがどんなに無意味だとしても。私は、少しでも普通になりたいという願いを捨てられなかった。
でも、臆病な私は。
怖がられるのを、嫌われるのを恐れて、いつしか一人でいるようになった。
本当はみっともないくらい、誰かを求めていたのに。
* * *
ある冬の日の夕暮れ、小雪がちらつく中で、私は彼と出会った。
「へぇ……君がお嬢さんか」
「どなたですか?」
「君の父上を尋ねて来た者だけれど」
「父さんなら、ここにはいません。母屋の入口は反対よ、こちらは山だけ」
「そうか、ありがとう。……君はどうしてここに一人で?」
考えなくとも、当然の質問だろう。
冬の夕暮れ、若い女の子が一人で山の辺りにいるのだから。
……それが普通の少女ならば。
(だけど、私の姿は普通じゃないのに)
思ったそのとき、私は逆に尋ね返していた。
「あなた……私の姿を見て、何とも思わないの?」
すると、男はきょとんとした。
「?何か変なのか?」
「だって、私の肌は白過ぎるし、髪も瞳も赤いのよ!?」
「それが?」
「何で?あなたは化け物だって、思わないの!?みんな言ってるのにっ……」
私が必死に言うと、なんと男は、くすくす笑い出した。
「何で笑って……
「きれいじゃないか」
呆然とする私に、男はにこりと微笑んだ。
「肌の白と雪の白に、その紅が映えてきれいじゃないか」
そう言われたとき、私の止まっていた心が震えた気がした。
ぽた……。
今まで凍り付いていたものがとけたように、目から滴があふれて頬を濡らした。
「な、何で泣くんだ?」
「わ、私にもわかんな……」
「泣くなよ、まいったな……。
……ああっ、もう!こんなときどうしろっていうんだ!」
馬鹿みたいにおろおろしだした男がおかしくて、私は吹き出した。
男は、そんな私にびっくりした顔を見せた後、照れくさそうに笑った。
今まで出会った中で、一番優しい表情だった。
それが、すべての始まり。
* * *
何の因果かつながりかわからないけれど、私はその後、男と旅に出た。
故郷に、懐かしの友人のもとに帰るのだという旅に。
それが視野の狭い世界にいた私を、変えてくれるのだと信じて。
「雪!」
彼が私の名を呼ぶ。
新しい、私が私自身で決めた名を。
「なに?」
私は、あのとき彼がくれた笑顔を思い返してやさしく微笑む。
きっと、もう忘れたりしないだろう。
たとえ何があったとしても、私が私らしくいることを。
白く舞う雪も、それに映える紅も、美しいと思うならばただただ美しいということを――。