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メッセージ

2年ほど前のメモが間違っていなければ、これはノンフィクションです。


戦争のドキュメンタリー番組を見て書いたので、知っている方もいると思います。


 彼は、60年以上も思い苦しんでいた。


 彼が17の頃。日本は第二次世界大戦中。

 彼は兵士だった。


「若い兵士を必要とする兵器がある」


 上司に言われ、国のためにと志願した彼とその仲間たちは、何も知らされずにある場所へ赴いた。


 そこで上司から言われたのは、人間魚雷『回天』に乗ること。


 長さ15メートルの魚雷の中に、人が1人入れるくらいの小さな穴を作り、その中に募った若い兵士を入れ、敵軍へ送る。


 それはつまり、死ねということ。


 彼らは特攻隊になった。



 当時、その話を聞いて皆、唇を青くしたと彼は語った。

 今では「冗談だろ?」と一笑に付して終わらせてしまえそうな話だ。

 だが、その時は戦争の真っ只中。

 カメラの前で、当時を語る彼は言った。


「皆、魚雷に入る覚悟だけはできていた」



 毎日が計算の日々だった。どの角度から魚雷を命中させれば、作戦はうまくいくのか。相手の息の根を完全に止め、そして、自分自身も――。

 その時はそれが正しくて正義だったから、毎日が邁進の日々だった。


 彼は頭が良かった。だから、すぐに上から命令が下ると思っていた。


 しかし、その特攻隊としての命令が下ったのは、いつも周りにいる仲間たちだった。


 少人数で共に日々を過ごしていたから、兄弟よりも仲が良かった。

 その仲間たちが、次々に国のために逝った。

 彼1人を除いて。



 彼は、戦争が終わり、生き残り復員した自分自身がとても嫌だったのだそうだ。

 だからこそ、それからの何十年間もその重い十字架を背負っていたのだろう。

 彼は誰にも当時のことは語らずに生きて、しかし亡くなる1年前にやっとその重い口を開いた。

 何か思うことがあったのだろう。


 私は、当時を知らない平和の寵児に戦争を語るのは、その当時を生きた者の使命なのではないかと勝手に思っている。


 カメラの前で語る彼の表情は、80歳とは思えぬ生き生きとした顔だった。優しい眼差し。その瞳が微かに潤んで見えたのは気のせいではないだろう。


 亡くなる前、彼は家族に言ったのだそうだ。


「遺骨を海にまいてくれ――」


 骨壺を持った彼の長男は言った。

 きっと皆の元に戻りたかったのでしょう、と。


「戦時中に亡くなった大先輩のことを、彼らのことを忘れないでくれ」


 それが、彼が残した私たちへのメッセージだった。



戦争のドキュメンタリー番組を見ると、いつも驚かされます。

ああ、これは現実なんだと。

その過去は、生々しくずっと現代に在り続けていくんだと。

悲しみも、憎しみも、その重い十字架も、後世に伝えたいと思う願いも。


忘れてはならないこと。

風化させてはいけないこと。


1人でも多くの方に、メッセージが届きますように。

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