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拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~  作者: パッタリ


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6話 面倒そうな親子の演技

 「後ろからとんでもないのが来てるけど、ママ、あれに勝てる?」


 エリンジウム号のコックピットに、イリスの緊迫した、けれどどこか楽しんでいるような声が響いた。

 背後のモニターには、海賊船とは比較にならない巨体を誇る政府軍の巡洋艦が、その威圧的な影を落としている。


 「勝てるわけないでしょ! こっちは五十メートル級の小型船、向こうは数百メートル級のデカブツ。まともにやり合ったら一瞬で塵にされるっての!」


 サンドラは叫びながら、操縦桿を力一杯に引き絞った。

 巡洋艦から放たれた威嚇のビームが、船体のすぐ近くをかすめて宇宙空間を切り裂く。

 衝撃波でエリンジウム号が激しく揺れ、警告音がけたたましく鳴り響いた。


 「舌噛まないようにしなさいよ、クソガキ!」

 「もう噛みそう! あはは、すごい、星が流れていくみたい!」


 サンドラは自慢の操縦技術をフル稼働させ、小惑星や宇宙船の破片が漂うデブリ帯へと船を滑り込ませた。

 岩塊を盾にし、予測不能な軌道を描きながら、巡洋艦の照準を執拗に外し続ける。

 やがて、追跡を続けていた艦隊は海賊の適当な通報に付き合える限界を超えたのか、あるいは深追いしてデブリで損傷するのを嫌ったのか、静かに進路を変えて戻っていった。


 「……ふぅ。なんとか撒いたわね」


 レーダーから反応が消えたのを確認し、サンドラはシートに深く背を預けた。

 短い時間とはいえ、すでにかなりの距離を移動していた。


 「さすがママ! あんな大きい船も置いてけぼりにしちゃうなんて」

 「……安心するのは早いわ。今の無理な機動で、スラスターも船体も悲鳴を上げてる。そろそろ真面目に修理しないと、次に同じようなことしたら途中でバラバラになる。それに……」


 サンドラはモニターに表示された自分の船のデータを見つめ、苦々しく眉をひそめた。


 「今の逃走で、船の形状や識別信号の断片を記録されたはず。このままじゃ、どこかの検問で捕まった時に照会でもされたらまずい」

 「じゃあ、整形手術が必要だね、エリンジウム号の」

 「ええ。各部の修理と、船体の外装を変えないと。次の目的地は、無法者が集まる場所じゃなくて、公式に登録された一般コロニーに向かうわよ。その方が、正規のパーツも手に入るし、足もつきにくい」


 サンドラが星系図を呼び出し、堅実な工業用コロニーを指定しようとしたその時。

 横から覗き込んでいたイリスが、一つの座標を指差した。


 「ねえ、ここがいい! ここに行こうよ!」


 画面を軽く押すと、画面の一部が切り替わる。

 表示されるのは、巨大なドーム内に再現された自然や、星系最大級のテーマパークが立ち並ぶという宣伝が行われる、富裕層向けの旅行コロニーだった。


 「馬鹿を言わないで。あんな目立つ場所、今の私たちが行けるわけないでしょ。それに、結構距離がある」

 「でも、どんなコロニーにだって宇宙船の修理設備はあるんでしょ? 公式に登録されてるなら、あそこでもいいじゃない。……わたし、せっかく自由になれたんだもん。ああいうところ、一度でいいから見てみたいんだ」


 イリスがわざとらしく、けれど少しだけ本気を感じさせる潤んだ瞳でサンドラを見つめる。


 「……っ。それは、まあ、そうだけど……」

 「お願い、ママ! いい子にするから!」

 「……はあ、わかった。目的地変更。その代わり、ボロを出したら即座にずらかるからね」


 渋々といった様子でサンドラがコースを入力すると、イリスは「やったぁ!」と無邪気に跳ねた。


 「さて、早速ノアに作ってもらった偽造IDの出番だから、到着までの間、演技指導をしてあげる」


 サンドラは立ち上がり、居住区画の収納棚をガサゴソと漁り始めた。


 「いい? 今回の設定は、辺境の貧困層から買い取られた養女よ。あんたは教育も満足に受けてない、口の悪いクソガキになりきるの。……まあ、半分は素でいけそうだけど」

 「ひどいなぁ。わたし、本当はとってもお淑やかなのに」

 「どの口が言うのやら。ほら、まずは服を着替える。綺麗すぎて不自然だし」


 サンドラが棚の奥から引っ張り出してきたのは、くたびれた質感のボロ服だった。


 「えー、何これ。汚いよ?」

 「汚れてるように見えるだけよ。洗っても落ちない油汚れや染みがついてるけど、清潔さは保ってるやつ。場面に合わせて、綺麗な服や汚れてる服を着こなすのが、運び屋の基本なんだから」


 サンドラは自分も着古したつなぎに着替えると、イリスに合うサイズがないため、一番小さなサイズのシャツを彼女に投げ渡した。


 「ほら、それを着なさい」


 イリスがそれを身にまとうと、十代半ばの細い体にはあまりにもぶかぶかで、肩のラインがだらしなく落ちていた。

 それが逆に、保護者の管理が行き届いていないというリアリティを醸し出している。


 「……どう? ママ」


 裾を弄りながら上目遣いに尋ねるイリスに、サンドラは満足げに頷いた。


 「完璧ね。その薄汚れた格好で、思いっきり生意気な態度を取りなさい。……さあ、偽装親子の初仕事よ。しっかりやりなさい、コード家のクソガキさん」

 「はーい、ママ。……ううん、お母様♪」

 「お母様はやめろ!」


 ぶかぶかの服を揺らしながら笑う少女と、胃を痛めながら操縦桿を握る女性。

 エリンジウム号は静かに加速していく。煌びやかな光に包まれた娯楽溢れる旅行コロニーへと


 ***


 数日後、エリンジウム号をコロニーの外に増設された宇宙港へと停泊させた二人は、事実上の入国審査のための厳しい検問へと向かう。


 「っと、髪も少し崩さないと」


 サンドラは自分の髪を、手でぐしゃぐしゃにしたあと、イリスの頭に手を置いて乱暴に動かす。


 「ん……ママ、もっと」

 「なに言ってんの。やりすぎは、それはそれで逆効果」

 「……ケチ」


 星系最大級のテーマパークや豊かな自然を擁する特別なコロニーだけあって、港は大変な賑わいを見せていた。

 行き交うのは優雅な装いの富裕層ばかりではない。

 懸賞で旅行を引き当てたらしい家族連れや、会社の慰安旅行とおぼしき団体、やや裕福な学校の修学旅行生など、一般人の姿もそれなりに多い。

 だが、そんな多様な客層の中でも、油汚れの染みついたつなぎを着たサンドラと、ぶかぶかの薄汚れた服を着たイリスの二人は、控えめに言ってもかなり場違いだった。


 「少しお聞きしたいことがあるので、こちらへ来ていただけますか?」


 案の定、二人は即座に警備員に呼び止められ、人目から隔離された無機質な別室へと連行された。

 対応に現れたのは、神経質そうな審査官の男性だった。

 彼はあからさまに面倒そうな空気を漂わせているものの、表面上はそれを隠し、ノアが作成したコード家の偽造IDと端末のデータを交互に見比べていた。


 「……二十五歳の母親に、十五歳の娘、ねえ」


 どこか疑念を含んだ目でサンドラを見つめる。


 「書類上は辺境にあるコロニーの特例法が適用されているようですが、わずか十歳差の親子というのは、どうにも不審ですね。あなた、本当にこの子の保護者ですか?」


 サンドラがもっともらしい言い訳を口にしようとした、まさにその時だった。

 イリスの計算し尽くされた演技が炸裂した。


 「あーあ! ママが貧乏で小汚い格好してるから、こんな別室に連れてこられるんだよ! ほんっと、やってられないよねー!」


 イリスは用意されたパイプ椅子をわざとガタガタと鳴らしながら、だらしなく足を投げ出して喚き始めた。

 審査官が眉をひそめるのもお構いなしに、彼女の矛先は彼へと向かう。


 「ねえおじさん、頭薄いけどストレス? こき使われてるの? 政府の犬って大変だねー!」


 無邪気に、というかどことなく楽しげな声で、イリスは他人の容姿と職業を容赦なくえぐっていく。


 「なっ……君ねえ!」


 顔を真っ赤にした審査官を無視し、イリスはさらに口を尖らせてサンドラを睨みつけた。


 「あーあ、どうせ養女になるなら、もっとお金持ちな親がよかった! あんな貧乏くさい船に乗せられるくらいなら、わたしを売り飛ばそうとしてた借金取りのおっさんたちの方が、よっぽどいい暮らしさせてくれたよ!」

 「こ、このクソガキは……! 誰が面倒を見てやってると……!」


 サンドラは思わず拳を握りしめ、半分ほど本気の怒りを滲ませながらイリスを怒鳴りつけた。

 そのやり取りを見た審査官の頭の中で、一つの悲惨なストーリーが組み上がった。

 ──この女は、特例法を利用して行政からの補助金や配給目当てで身寄りのない子どもを引き取った、哀れな底辺層だ。そして引き取った子どもは、まともな教育も受けていない最悪の不良少女である、と。


 (……関わると面倒な者たちだ。下手につついて権利がどうだと騒がれてもたまらん)


 審査官は、だいぶ不快なクソガキと、イライラして爆発寸前の母親を前にして、完全にそう誤認した。


 「……ええ、もう結構です。身分証明の確認が取れました。とっとと行ってください」


 そのままどこか同情と軽蔑の入り混じった顔で、端末に通過スタンプのデータを打ち込むと、逃げるように別室から退散していった。


 ***


 「よし、なんとかなった」


 厳重な検問を抜け、内部の華やかなメインストリートへと足を踏み入れた瞬間だった。

 イリスはさっきまでしていた演技を止め、サンドラの腕にすり寄ってきた。


 「どうだった、ママ? わたし、完璧な娘だったでしょ?」


 上目遣いで尋ねてくるイリスに、サンドラはどっと押し寄せた疲労感にげっそりとした顔を見せた。


 「……半分、素にしか思えなかったけど」

 「あはっ、ひどーい」


 イリスは否定することなく、ねっとりと、ひどく甘い笑みを浮かべた。

 先ほどの審査官に向けたものとは全く違う、狂おしいほどの執着を孕んだガラス玉のような青い瞳。


 「これで、本当に、ママの娘だね」


 イリスは嬉しそうにサンドラの腰に抱きつき、その匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 偽りの戸籍、偽りの関係。

 だが、イリスにとっては、それが世界で最も価値のある自分だけの証明だった。

 煌びやかなテーマパークのネオンが輝く中、胃を痛める運び屋の母と、少し壊れてる実験体たる娘の、どこか奇妙な休暇が始まろうとしていた。

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