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08|途切れる意識

 生き残った人たちは、まるで糸が切れたみたいに、その場へ膝から崩れ落ちていった。


 僕も同じだった。

 立っていたつもりなのに、気づけば足に力が入らない。祈りの間を満たしていた黒い霧は消えたはずなのに、胸の奥にはまだ恐怖が残っていて、うまく息が吸えなかった。


 広間のあちこちで、誰かが泣いていた。

 声を上げて泣く人もいれば、喉の奥で押し殺すように震える人もいる。呆然と立ち尽くしたまま、ようやくその場へ座り込む人もいた。


 ひとつ、ふたつと呼吸を整える時間があってから、隣にいた若い女性が、ふらつきながら僕のもとへ駆け寄ってきた。

 まだ顔色は悪い。恐怖が完全に抜けたわけではないのだろう。それでも、その人は僕の前まで来ると、震える手を胸の前で重ねた。


「あなたが……助けてくれたんですね……」


 声も震えていた。

 けれど、その震えの奥には、たしかに生き残った人間の熱があった。


「ありがとうございました……本当に……」


 女性が深く頭を下げるとその言葉へ重なるように、周囲でもいくつもの声が上がった。


「助かった……」

「召喚獣さまのご加護よ……感謝します」

「生きてる……俺、生きてる……」


 ある者は泣き、ある者は笑い、ある者はその場へ手をついて言葉にならない息を漏らしていた。

 その一方で、動かなくなった人へ寄り添う者たちもいた。祭壇の間に散った亡骸のそばで、名を呼び続ける声がある。肩を抱き起こそうとして、ようやく返事がないことを受け入れたみたいに泣き崩れる人もいる。


 助かった人と、助からなかった人。

 光の粒がきらきらと漂うその中で、その境界だけがやけに残酷にはっきりしていた。


「……フィオル」


 少し遅れて、ユースルフィアが僕の肩を支えた。

 その手の温度で、ようやく自分が自分としてここにいるのだとわかる。


「フィオル……ありがとう。君がいなければ、僕は……」


 そこで一度、言葉が途切れた。息を詰めたみたいに目を伏せて、それから、静かに続ける。


「……本当に、ありがとう」


 その声は、泣きそうなくらい柔らかかった。

 けれど次の瞬間には、いつものユースルフィアらしい心配の色が戻ってくる。


「それより、身体はなんともない? 大丈夫? あんな強力な魔力で魔法を乱発して……」


「……え」


 自分の喉から出た声がひどく頼りなく聞こえた。


 不思議と、身体はなんともなかった。少なくとも、その瞬間までは、痛みも、息苦しさも、目立った異常もなかった。


 けれど、ユースルフィアの言葉が頭の中で止まる。


 強力な魔力? 魔法?

 僕が、魔法を放った?


 その事実が、心の中で何度も往復する。


 僕が――

 魔法を――

 放った――


 夢みたいな出来事だった。

 でも違う。夢じゃない。僕は確かに見た。僕たちを包み込んだ光の結界も、僕の両手に現れた蒼い弓も、そこから放たれた矢も、亀裂を呑み込んで消していった光も。


 けれど、それを理解しようとすればするほど、頭の中が空白になっていく。


 きっかけは、胸騒ぎだった。


 最初は、ほんの小さな違和感だった。それが何かの接近する気配に変わって、胸の奥で鼓動が早くなっていった。最後に大きな心音が鳴った瞬間、祭壇の上の空間が引き裂かれた。


 黒い霧が現れた。

 人が倒れた。

 人が死んだ。

 死んだ人が、死を越えて立ち上がり、生きる人を襲った。


 信じられないことが、あまりに続きすぎていた。


 頭が、もう何も追いついていなかった。恐怖も、安堵も、驚きも、全部が一度に押し寄せてきて、うまく整理できないまま胸の内側をかき回していく。


 視界が揺れた。


「……フィオル?」


 ユースルフィアの声が、少し遠くなる。


 返事をしようとしたけれど、唇がうまく動かなかった。

 祈りの間に漂う蒼い残滓が、やけにまぶしく見える。光の粒が揺れるたび、視界の輪郭まで薄くほどけていくみたいだった。


「フィオル!? しっかりして!」


 肩を支える手に、少しだけ力が込められる。

 その温度だけは、まだちゃんとわかった。


 けれど、そこまでだった。


 身体の芯から、すっと力が抜けていく。

 膝が崩れる。


 倒れる寸前、ユースルフィアが僕の身体を受け止めてくれたのだけはわかった。名前を呼ぶ声も、肩へ回された腕の感触も、たしかにそこにあった。


 祭壇の間の光が、遠ざかる。水の音も、泣き声も、祈りの残響も、全部がゆっくり沈んでいく。


 僕はそのまま、意識を手放した。

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