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私たちは今、王妃様のサロンに集められていた。私と王太子様、それから王妃様はソファーに腰を下ろし、目の前のテーブルには菓子と香り高い紅茶が整然と並べられている。その一方で、リリアーナとルシアン様は、王妃様の正面に立たされていた。
その光景だけで、立場の差は一目瞭然だった。
「ルシアン! お前は王太子付きの近衛騎士でしょう? 王太子をお守りするのが務めのはずです。それを、あのような臭い匂いをまき散らして歩く危険人物を、なぜ排除しなかったのです? 執務室に入れるなどおかしいではありませんか?」
王妃様の鋭い声が、サロンに響く。
「ですが……リリアーナは婚約者の妹ですので、あまりに酷い扱いはできないと思いまして……」
歯切れの悪い言い訳に、王妃様は一瞬、目を細めた。王太子様は呆れたようにルシアン様を見つめていた。
「……つまり、お前は王太子よりもリリアーナを優先したということですね? アレクシスの安全を第一に考えるべき立場でありながら?」
その言葉が落ちた瞬間、空気が一段重くなる。
王妃様の放つ圧は凄まじく、ルシアン様は蛇に睨まれたカエルのように身を縮め、額からだらだらと冷や汗を流していた。
けれど、リリアーナは違った。
その場の空気など意にも介さず、いつもと変わらない様子で口を開く。
「私は悪くありませんわ。だって、この香水はルシアン様からいただいたものですもの。これをつけて王太子様にお会いすれば、きっと私を好きになってくださると、そう教えてくださいましたのよ。私、王太子様をお慕いしているんです。身分だって公爵令嬢ですし、王太子妃になっても、おかしくありませんよね?」
天使のような微笑みはここでは通用しない。
すぐに絶対零度の王太子様の返事が続いた。
「身分だけはな。しかし私はリリアーナを妃に迎えるつもりはないよ」
「そうね、釣り合っているのは身分だけですわね。あなたのような常識のない令嬢が、王太子妃になれるわけがないではありませんか!」
王妃様にまでそう断言され、リリアーナはさすがに言葉を失ったようだった。目にうっすらと涙を浮かべたかと思うと、謝罪の一言もないまま、くるりと背を向ける。そしてそのまま、パタパタと音を立てるような足取りで、サロンを飛び出していった。どうやら、そのまま屋敷へ帰ってしまったらしい。
(……まるで子供ね。王妃様も王太子様もいらっしゃる場で、きちんとしたご挨拶もせずに帰るなんて、普通は考えられないわ)
王妃様は眉根を寄せながら、呟いた。
「ヴァレンティア公爵家へ、正式に抗議文を送りますわ。今回の件は見過ごせません。厳しくその責任を問い、リリアーナにはしばらく謹慎させるよう言い渡しましょう」
(さすがに今回は、お父様も庇いきれないでしょうね)
結果として、その場に残されたのは、ルシアン様ただ一人だった。そして当然のように、王妃様からの集中攻撃を一身に受ける羽目になった。
(ルシアン様って、いつもこういう役回りよね。リリアーナにいいように利用されて、ひどい目に遭わされて……それでも懲りずに、また利用される。学習能力というものがないのかしら)
私がそんなことを考えていると、王妃様の鋭い声が飛んだ。
「……だいたい、ルシアンは、なぜリリアーナに香水など送ったのですか! 贈り物をする相手を間違えているでしょう? 普通なら、婚約者であるセシリアに贈るべきではありませんか?」
その言葉に、私は静かに息を吸い、はっきりと口を開いた。




