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見殺しにされた私が助けるわけがないでしょう?  作者: 青空一夏


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8/10

8

 ある日の午後の昼下がり。私は薬草を天日干しするため、外でひとり作業をしていた。


 ハックション! ブアックション! クシュン!


 薬草園にまで届く、やけに派手なくしゃみが連続して響く。その直後、聞き慣れた王太子様の声が続いた。どうやら執務室の方角かららしい。窓が全開なのだろう。会話の内容まで、驚くほどはっきり聞こえてきた。


「リリアーナ! 私は忙しいんだ。いい加減、帰ってくれないか?」

「だって、お姉様が全然ヴァレンティア公爵家に帰ってこないのですもの。だから私、王太子様に意見をしに来ましたの。私の大事なお姉様に、あまりお仕事をさせないでください」

 

 その声を耳にした瞬間、思わず手が止まった。

(……今、なんて言った? へぇー、“大事なお姉様”? そんな言葉、初めて聞いたわよ)


 私は薬草籠を置き、声のする方へと足を向けた。執務室にたどり着くと、そのドアも窓も開け放たれており、王太子様は明らかに迷惑そうな顔でリリアーナを見下ろしていた。そのすぐそばにはルシアン様が立っている。けれど、どう見ても、近衛騎士としての仕事をしているようには見えなかった。本来なら、こういう人物を執務室に入れないのが役目でしょうに。


「リリアーナ! 私は王太子様に無理やり仕事をさせられているわけではないのよ。ヴァレンティア公爵家に帰らないのは、ここでのお仕事が楽しいからよ。私を本当に大事に思うのなら、放っておいてちょうだい」


 そう言い切った、その直後だった。

 私は反射的に鼻をつまんだ。


(……何? この強烈な匂い……リリアーナから、ものすごくプンプンするんだけど)


 空気が一瞬で変わる。その隙を縫うように、やけに浮ついた声が割り込んできた。


「はぁーい! あたし、東洋の国から来た媚香でぇす。うっふーん。私は白檀とジャコウ草からできているわよ」


(……ああ、なるほど。リリアーナがつけている香水ね。王太子様のくしゃみが止まらないはずだわ。これは完全に、匂いすぎなのよ)


「あぁー、それはねぇ。このリリアーナって子のおつむが弱いからよぉー。だって、一滴で効くのに、その何倍もふりかけるんだもの。原因は、どう見てもジャコウ草ねぇ」


(やっぱり……。王太子様のくしゃみは、ジャコウ草が原因なのね。止める方法、何かあったかしら)


 そう考えた、そのときだった。

 調合室の方から、聞き慣れた、いつもの声が飛んでくる。


「雪鈴さまぁー。私よ、私。ジャコウ草のくしゃみ攻撃から守るわよー」

「僕もですっ! 鼻むずから解放されますよ。使ってみて!」


 私は迷わず調合室へ駆け込み、声のする瓶を開けた。薬草の粉末を手早く調合し、そのまま王太子様の執務室へと戻る。そして、出来上がったものをその場で飲んでいただいた。


「はぁー……助かったよ。ありがとう、セシリア。リリアーナが来てから、くしゃみが止まらなくてね。本当に、すごく辛かった」


「リリアーナがふりかけている香水のせいですわ。ご覧のとおり、このひどい匂いですもの。私の妹が……誠に申し訳ございません」


 すると廊下の奥から、優雅でゆったりとした足音が響いてきた。その音を聞いた瞬間、誰もが察した。王妃様だ。

 姿を現した王妃様は、開口一番、鼻をつまみながらリリアーナをきっと睨み付けた。


「リリアーナ。あなた、すごく臭いわよ! ここをどこだと思っているの? 夜会でもないのに、昼間から怪しげな匂いをプンプンさせて。鼻水は止まらないし、頭まで痛くなってきたじゃない。どう考えても、この匂いのせいでしょう」


 その場の空気が、一気に冷えた。

 私は慌てて王妃様のそばへ歩み寄る。


「王妃様、大丈夫ですか? あら……目も真っ赤ですわね。おそらく、リリアーナがつけている香水が体質に合わなかったのだと思います。白檀とジャコウ草を合わせた香りかと……」


 その言葉に、王妃様の眉がぴくりと動いた。


「ジャコウ草ですって? 色香を煽る薬草でしょう。それを王宮につけてくるなんて、どういうつもりですか!」


 怒気をはらんだ声が、執務室に響き渡る。

 王妃様は完全にお怒りで、リリアーナは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。


 私はそれ以上場を荒立てぬよう、王妃様の症状を和らげるために急いで調合室へ向かう。薬草たちの声に耳を澄ませながら、今の状態に最も合う配合を選び、手早く調合を済ませた。


 戻ってすぐに王妃様に飲んでいただくと、ほどなくして涙と鼻水はすっと引いていった。王妃様は私に感謝の言葉をおっしゃったが、その視線はすでにリリアーナとルシアンの両方に向けられていた。


 この場にいる誰もが理解した。今日の出来事は、二人とも無事では済まない、と。





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