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ルシアン様はそれから仕事に復帰したけれど、味覚はずっと戻っていない。
「地獄だよ。食事の時間が苦痛なんだ。まるで砂を噛んでるみたいでね。何を食べても美味しくない」
ルシアン様は、ヴァレンティア公爵家を訪れるたびに、そう言って嘆いた。妹のリリアーナは気の毒そうな顔を作っていたけれど、「そのうち戻りますわよ」と言って、それ以上は取り合わない。自分が媚薬を入れたシャンパンのせいだと、わかっているはずなのに。
(愚かなルシアン様。あなたがどんなにリリアーナを思っていても、この子はこういう子なのよ。ルシアン様を心配したり、反省するような性格じゃないもの。自分が一番大事な子だわ)
私は心の中で、つい笑ってしまうのだった。
私の両親も、あの媚薬のせいだと分かっているはずなのに、気まずそうに目をそらすだけだった。本当に無責任な人達だと思う。けれど、媚薬を買いに行ったのはルシアン様自身なのだし、自分が飲む羽目になり味覚がなくなっても、自業自得だと思う。
だから、私は言葉では彼を慰めていたけれど、その症状を改善させる薬は作らなかった。見殺しにされた私が助けるわけがないでしょう?
◆◇
一方、王太子様の体調はすこぶる良くなり、私は毎日のように王宮に呼ばれるようになった。理由は単純で、王太子様が私特製のお茶を毎日欠かさず飲みたがったからだ。
「セシリア。本当に、あのお茶を飲むようになってから疲れが取れてね。寝付きも良くなったみたいでぐっすり眠れるし、朝はすっきり目覚められるんだよ」
「お役に立てて光栄です」
そう答えながら、私は王太子様の顔色をさりげなく観察していた。血色は良く、目の下の隈も消え、声にも張りがある。以前とは明らかに違う。
――効いている。想像以上に。
そんなわけで、私は自然と王宮に通う存在になり、王太子様もまた、何かあるたびに私を頼るようになっていった。
ある日のこと。剣の鍛錬中に、王太子様が手首を痛めた。その時も、私は薬草たちの声を聞いた。王宮の薬草園から届く囁きに従い、適した薬草を選び出す。それをすりつぶし、毎日、柔らかい布に包んで患部に当てた。特別なことはしていない。ただ、“正しいもの”を、“正しい形”で使っただけだ。
しばらくすると、痛みは目に見えて引き、動きも滑らかになっていった。その変化を目の当たりにした王太子様の視線が、以前よりもずっと重くなる。
――信頼、という名の重み。
こうして私は、王太子様にとって「なくてはならない存在」へと変わっていった。
「セシリア 専用の調号室を作ろう。薬草園も専用のものを用意するよ。何しろ君が作る薬は最高によく効くからね」
やがて、王太子様からそんなありがたいお言葉をいただき、王宮内に私の調合室が作られ、私専用の薬草園までできたのだった。
その数日後、ヴァレンティア公爵家で夜会が開かれた。ここには多くの貴族の方々がいらっしゃり、もちろん王太子様も招かれていた。
そんな場で、大きな声を張り上げたのはリリアーナだった。
「お姉様ったら、ルシアン様という立派な婚約者がいるのに、王太子様にベタベタして恥ずかしいです! 自分専用の薬草園や調合室まで作らせて……特別扱いされて得意になっているのですわ!ルシアン様に申し訳ないと思わないのですか?」




