4 ヴァレンティア公爵夫人
ヴァレンティア公爵夫人視点
(嘘でしょ! なんでこんなに泣き止まないの!)
生まれて間もなく捨てられた赤ちゃん。その世話をさせられているのは私だ。イライラが募り、つい赤ちゃんに手をあげそうになる。
だって意味もなく泣きすぎる。……いや、待って。意味はあるのかもしれないけれど、赤ちゃんの言葉なんてわからないわよ!
「ちょっと、おばさん!今、何しようとしたんですか!」
くるりと振り返ると、三つ編みの赤毛にそばかすだらけの少女が立っていた。
「まさか、叩こうとしたんじゃないですよね?」
「そ、そんなことするわけないじゃないの! こう見えて、私は子供が大好きなんですのよ!」
思わず、心にもないことを口にしてしまう。
「あぁ、そうなんですね。愛らしい赤ちゃんを叩こうなんて、鬼しか思いませんよね」
少女はにこりと笑った。
彼女は赤ちゃんを抱きかかえ、体を優しくゆすった。とても手慣れている。それから私に手渡し、真似をするよう促した。ゆらゆら揺らしていると、途端にじわりと温かい感触が広がる。
「あらら、おむつがちゃんとできていなかったようですね。替えてください」
「無理よ。私、したことないのよ」
「これから学べばいいんですよ。さあ、私の言った通りにしてください」
少女はテキパキと指図する。彼女の言う通りにしてみるが、私にはなかなかうまくできない。
「無理だわ。あなたが上手にできるなら、できる人がやればいいのよ。だいたい私を誰だと思っているのよ!」
「元ヴァレンティア公爵夫人だと聞いています。でも今は爵位もなくなって、ただの平民ですよね。ちゃんと教育するようにと、アーデリア王姉様から言われました。私の名前はマリカです」
「アーデリア王姉様?」
「はい。この孤児院の責任者です。今は元ヴァレンティア公爵の教育係をされています。そして私は、あなたの教育係を任されました」
「まだ子供じゃないの!」
「子供っぽく見られますけれど、一応これでも成人していますよ。アーデリア王姉様が以前管理していた孤児院で育ちました。私も捨て子だったんです。だから恩返しのために、こうして孤児院で働きたくて……とても素晴らしい仕事でしょう?」
きらきらとしたまなざしで、私をまっすぐ見つめる。その瞳には一片の迷いもない。だから余計に、マリカの指導は容赦がなかった。
「ちゃんとお世話をすれば、子供から愛が何倍にも返ってくるんですよ。だから一生懸命やりましょう」
それが、マリカのモットーだった。
赤ちゃんは一人だけではない。何人もいて、そのおしめを替える。もう少し大きな子供の中には、おもらしする子もいる。下着を履き替えさせ、オムツと一緒に洗う。
「ね、洗濯物をするって気持ちがいいでしょう? 汚れたものが綺麗になるって、素敵なことだと思うんです。心までスッキリしますよね?」
(冗談じゃないわよ! くさいオムツなんか洗って、心がスッキリするわけないじゃない!)
幼い子に食事をさせるのも一苦労だった。スプーンを投げる子、なかなか口を開けない子。ジュースをこぼし、突然泣き出し、かと思えば騒ぎ出す。
(あー、もう本当に……子供って、大嫌いだわっ!)
私は綺麗なものに囲まれていたい。可愛いものだけ見ていたい。汚いものなんて見たくない。うるさいのは苦手だし、頭痛までしてくる。なのに子供には、その全部が揃っている。私の嫌いなものが、全部よ。
うんざりしているところに、マリカが思い出したように呟いた。
「そういえば……王姉様が、『あの者たち――元ヴァレンティア公爵夫妻が誠実に務めを果たすようなら、王様や王太子妃様にお取りなしすることも考えましょう』とおっしゃっていましたよ」
(あぁ、それだわ。それよ!今だけ頑張るのよ。そうすれば、きっと解放される!)
私はがむしゃらに働いた。山のように積み上げられたおむつを猛烈な勢いで洗い、ぐずる幼児も生意気な子供の世話も……テキパキとこなしていく。
とにかく、ここを抜け出すのよっ!
ところが、頑張れば頑張るほど、好かれたくない子供に好かれ、まとわりつかれることが増えていった。特に寝付きの悪い子や、皮膚を掻きむしって泣き続ける子――いわゆる扱いにくい子ばかりが、なぜか私の後をついて回るようになった。
やめてよ。あんたたちなんて、苦手なのよ!
「おばちゃん、怖い顔してるけど、本当は優しいんだよね。いつもちゃんと世話してくれるもん」
違うわよ!
私は早く解放されたいから、必死で頑張っているだけなのよ。
本当は子供なんか、大嫌いなんだから!
それなのに、王姉様は満面の笑みで私を褒め称えた。
「なんと……到底、改心するとは思わなかった夫人が、誰よりも早く改心するとは。しかも子供を好きになったのだな。素晴らしい変わりようだ」
「ちがっ……あの、私、そろそろこの仕事を……」
言いかけたところで、王姉様に遮られる。
「あなたを乳幼児専門の主任に任命しよう。生涯、この道に捧げるがよい。本望であろう?」
「へっ? そうじゃなくて……」
私の不満の声は、子供たちの歓声にかき消された。
(違う、違うのよ。私はここから出たいのに。なぜ出世しちゃうの? しかも生涯? 一生ここにいるの? 冗談じゃないわよぉおーー!)
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以上で番外編も完結となります。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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