3 ヴァレンティア公爵
ヴァレンティア公爵視点
私は貴族ではなくなった。屋敷も領地も取り上げられ、私財は全て新たに建設する孤児院のために使われた。できた孤児院の名前は「聖アーデリア孤児院」。
孤児院の裏庭。大量の薪が摘んである一角。
私に指示してきたのは、王命によって教育係になったという女だった。
「さてと、ここにある薪を全部割ってくださいね」
「は? 斧なんて、持ったことはないぞ」
「私はあなたの上司ですよ。口のきき方に気をつけなさい」
「なんだと? 無礼な奴め。私はヴァレンティア公爵だぞっ!」
「承知しております。ですが元ですよね? 今はただの平民と王様から伺っております」
「むむ……」
仕方がなく私は斧を持つ。
重い。想像より、ずっと重い。
振り下ろす。外れる。
もう一度振り下ろす。
手元が狂って、危うく自分の足に当たるところだった。
ひやりとした。
「危ない、危ない。こんなことは危なすぎる。私はペンより重いものは持ったことがないんだぞ!」
「そんなことは、私の知ったことではありません。あなたがこの仕事を拒めば、国外追放になるだけです」
薄く冷たく笑った。教育係は、メガネをかけて髪をひっつめた、恐ろしく厳格な女だった。
「くそっ……平民が威張りやがって……血筋の尊い私に向かってそのような口を聞いて、神罰が下るに違いない!」
思わず、私は毒づいた。
「あら、まぁ。……私が誰だかわからないのですか? 王様に姉が一人いたのをお忘れで? 私がその姉ですわ」
「ひっ……」
――ああ、思い出した。王様には、ただ一人の姉がいた。どこにも嫁がず、この国の福祉を一手に担ってきたアーデリア王姉様だ。私は喉を鳴らして唾を飲み込む。これからしゃべろうとしていた悪態が、音もなく引っ込んだ。
逆らえない。暴言は吐けない。
「残念なことに、不敬罪であなたの仕事が一つ増えました。それが終わったら、屋根の修繕をしてくださいね」
アーデリア王姉様が、淡々と告げた。
嘘だろう? 確か、子供の世話をして心を入れかえろ、という意味での処分だったはずだ。私は言葉を選び、慎重に口を開く。
「少しお待ちください。私がするべきことは子供の世話だと、セシリアが言ったような気がするのですが。なぜこのような力仕事や、高いところでの作業までさせられるのですか?」
「男手が足りないからに決まっているではありませんか。もちろん乳児のオムツ替えも、幼児の食事の世話も、子供たちの相手も、夫人と一緒にしていただきますよ。仕事は山ほどありますからね」
「えっ……」
仕方なく、また私は斧を握った。
振り下ろす。外れる。
もう一度。今度は薪の端をかすめただけだ。
「……おかしいな」
三度目。
刃は食い込まず、鈍い衝撃だけが掌に跳ね返った。
じん、と痺れる。
斧の柄が同じ場所を擦り続ける。
やがて親指の付け根が熱を持ち、赤く染まっていくのが分かる。
(こんな仕事は……木こりにでも、やらせればいいだろう?)
それでも止められない。
止めれば、アーデリア王姉様が何を言うか分からない。
さらに振る。
ぷくり、と掌に小さな水ぶくれができた。
握るたびにそれが擦られ、痛みが走る。
「くっ……」
歯を食いしばって振り下ろす。
パツリ。
薄く張った皮が破れた。
それでも、薪はまだ山のままだ。
(うわっ、初日からこんなにハードなのか? しかも次は屋根? 無理だろう、普通に無理だ。逃げたい!)
だが孤児院の門には、王命で派遣された騎士が立っている。
背後にはベンチに腰掛け、本を読み始めたアーデリア王姉様。
その両脇には王族を守る近衛騎士。
(逃亡は無理か……しかも、どこにも行く当てはない)
やっとの思いで最後の薪を割った瞬間。
「はい。次は屋根の修繕です!」
アーデリア王姉様の冷たい声が響いた。
休憩? そんなものは存在しないらしい。
「修繕方法は、こちらの職人が教えます」
アーデリア王姉様が、新たにやって来た男を紹介する。
日焼けした肌に、動きやすい粗布の作業着を着込み、腰には道具袋をぶら下げた、細身で無駄のない体つきの男だった。彼は、私を上から下まで無遠慮に眺めた。
「……少し太りすぎだな。高所は身軽な方がいいのに。落ちたら――まあ、運が悪かったということで」
(さらりと言うな、さらりと! しかし、終わったな……私は高い所が苦手なんだよぉ……)
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※次は公爵夫人です!




