21 王太子視点
王太子視点
高級雑貨店に行った翌朝のことだった。
「うわっ! ……だ、誰かと思いました。本当に……王太子様、なのですか?」
近衛騎士が部屋に入ってきた途端、思わず足を止め、目を丸くした。
「あぁ、私だ。どうだ? 宮廷医長の目も誤魔化せそうか? あいつが来そうな予感がしてな。念のため、変装してみたんだが……」
そう言って肩をすくめると、近衛騎士はまじまじと私の顔を見つめ、すぐに大きく頷いた。
「大丈夫です! 髭がお似合いですよ。眼鏡も……ええ、目の印象がだいぶ変わっています。少なくとも、昨日とはまるで別人です。その髪は……染めたのですか? 金髪じゃないだけで、印象が違いますね」
「洗えばすぐ落ちる染料だ。間に合わせだが、十分だろう。黒髪も、悪くないものだな」
鏡の前に立ち、あらゆる角度から自分の姿を確認する。
(眼鏡、口元を覆う髭、黒く落ち着いた髪色。少なくとも、王太子には見えまい)
◆◇
店に着くと、昨日対応した店員が、こちらの姿を認めるなり足早に寄ってきた。
「いらっしゃいませ。なにをお探しでしょうか? 私がお手伝いさせていただきます」
(先日来た客とは気づかないようだ。変装は成功だな)
「美容液の取引で来た。先日、君と話した男は私の弟だ。大口の契約だからな。最終確認のため、兄である私が来ることにした。さて……返事はどうなったのかな?」
落ち着いた声でそう告げると、店員はすぐに納得したように頷いた。
「なるほど。そうでしたか……言われてみれば、少し雰囲気が似ていらっしゃいますね。では、奥の応接室へご案内いたします」
店員に導かれて移動する。室内に足を踏み入れた瞬間、予想通りの人物が視界に入った。
宮廷医長だ。
(やはり、本人が来たか……。だが、さすがに司祭長の姿まではないな)
私は表情を崩さず、商人としての顔を作った。
「あなたが責任者ですか? 私は海を渡って、遠い異国から来た商人です。偶然、ある公爵夫人から美容液の噂を耳にしましてね。まずは百個ほど仕入れたいと考えています。うまくいけば、継続的な取引を希望しますが……」
探るような視線を私に向けながら、宮廷医長が首を傾げた。
「継続的な取引、ですか? しかし、この美容液はかなり高価ですよ。そんなに売れるあてが、本当にあるのですか?」
「はい。私は各国を渡り歩いて商いをしています。売る国は祖国だけではありませんし、販路も一つではない。何より、私には人脈と資金がある。この手の取引は、これまでにも何度となく経験してきましたから」
そう言いながら、懐から契約書を取り出し、続けて革袋の口を解く。中には金貨がぎっしりと詰まっていた。実際に渡すつもりはない。ただの見せ金だ。
それを見た瞬間だった。宮廷医長の視線が、露骨に金貨へと吸い寄せられる。先ほどまでの警戒は消え、口元がニタリと歪んだ。
「ほぉ……これはまた、ずいぶんと儲かっていらっしゃるようですね。そのような大商人の方と取引できるとは、光栄なことです」
声色が、露骨なほどに変わった。媚びるような口調だ。
「では、サインと、親指を朱肉につけて契約書に押してください。どんな取引でも、書面に残すのが一番ですからね。まして今回は、かなりの金が動く話です。百個すべてが揃い次第、代金は一括でお支払いします」
宮廷医長は、契約書と朱肉を見比べ、眉根に皺を寄せた。しばらく無言のまま考え込んだ後、探るような視線を向けて口を開く。
「……なぜ、これが必要なのですか?」
「私の国では、ごく普通のことですよ。印鑑の代わりに、指を使うのです。印鑑は作るのに手間がかかります。買えばそれなりの値もします。その点、指なら手軽です。まぁ、昔からの慣習というやつです」
肩をすくめるようにして答える。どこか暢気な調子でそう言って、軽く笑ってみせた。
宮廷医長は、もう一度朱肉に目を落とし、小さく息を吐いた。
「……なるほど」
(指印はこの国では珍しい。やはり、警戒するか。だが、これが一番の証拠になる。もう少しだけ、餌をぶら下げるとしよう……)
「どうします? お嫌でしたら、こちらから無理にお願いするつもりはありません。しかし、私にはこの美容液を大量にさばける自信があります。倍の値段で売ることもできるでしょう。その利益を山分けしても構いませんよ」
私は口元に薄く笑みを浮かべ、その提案を付け加えたのだった。
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次話 リリアーナのプチざまぁです! を挟みました。
リリアーナが、あのすっぱい苺を食べてどうなったのか?
少し彼女にとっては残念な結果になったようです。




