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(この人……何がそんなに嬉しいのかしら? 婚約者である私が、こうして閉じ込められているというのに……。私の身を案じる様子など欠片もなく、当然のようにリリアーナを褒めている。本当に、最低の人だわ)
「あぁ、そうなの。それは大変だったわね。……ありがとう」
差し出された籠の中を覗くと、大粒で真っ赤に熟れた苺が顔を見せている。
確かに、それは私の好物だった。
私は二人の前で、籠の一番上にあった苺をひとつ摘まんだ。
「んー……甘くて美味しい! ……あっ、あら? 下の苺が……」
上の大きな苺の下から現れたのは、やけに小ぶりな苺ばかりだった。
中には、まだ赤く色づいていないものまで混じっている。
試しにひとつ口に運んだ瞬間、あまりの酸っぱさに思わず唇がすぼむ。
(きゃっ……すっぱ。これは、ジャム用の苺ね。生でそのまま食べるのは、さすがに無理だわ)
籠の中を改めて見ると、食べ頃の大きな苺は、上に置かれていた数粒だけだった。
リリアーナの嫌がらせ? 本当に子供っぽいことをするのね。
私は顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「本当に、リリアーナの摘んでくれた苺は甘いわ。特に、この小さな苺が」
「えっ……いえ、それは……」
「ほら。リリアーナも食べてみて。せっかくですもの」
「いらないわ! それはお姉様のために摘んだものですから」
「とっても美味しい苺だから、独り占めなんかできないわ。ほら、ルシアン様も召し上がれ。だって、可愛いリリアーナが摘んだ苺ですよ?」
ルシアン様の味覚は、あれ以来ずっと戻っていない。だから、リリアーナが摘んだというだけで、疑いもせず美味しそうに食べた。
「うん、すっごく美味しいよ。さすがは、リリアーナが自ら摘んだ苺だ」
「でしょう? リリアーナは苺摘みがとても上手だわ。さぁ、召し上がれ」
リリアーナは渋々、私が差し出したすっぱい苺を口に入れた。
途端に、きゅっとすぼむ口元。
それでも、「すっぱい」とは言えない。
「お、美味しいですわ……とても、甘いです」
すっかり涙目になっている。
ルシアン様が、何度も勧めたからだ。
(……彼も、たまには良いことをするのね)
「こんなに美味しい苺ですもの。私は少しだけでいいわ。上の大きな苺だけいただくわ。小さな苺はリリアーナにあげるわね。だって、小粒のほうが量もあって、甘いでしょう?」
私はにっこり笑って、ジャム用苺が入った籠を、リリアーナに手渡した。
「あぁ、それは良い考えだね。リリアーナ、良かったね」
ルシアン様は上機嫌で、リリアーナは、不満げな顔を隠しきれないまま帰っていった。
あの、すっぱい苺の籠を抱えて……。
◆◇◆
一部始終を見ていた薬達が声をあげた。
「雪鈴さまぁー。大丈夫? 本当に、あの子って意地悪ねぇー。でも、すっぱい苺を食べさせたのは、スカッとしたわぁー。いつも、嫌がらせが成功すると思ったら大間違いよー」
「手の込んだことをしやがる。それに、あの男。いけすかないったらありゃしねぇ。リリアーナのこと、褒めてたね……きもっ!」
「ルシアン様はね。あれが通常運転なのよ。いつだって、リリアーナの味方なの」
「僕、むかつくー! 見る目がなさすぎるよ。凜とした美しさがある雪鈴さまの良さがわからないなんて、目が見えてないんだね」
お世辞でも嬉しい。薬たちは私を和ませたり、励ましてくれる。
それからしばらくして、王太子様付きの侍女が訪れた。
「王太子様はセシリア様を、いつも気にかけておりますよ。こちらは王太子様からです」
侍女はオレンジが入った籠を差し出した。
「まあ、嬉しいわ。オレンジは大好きなフルーツですわ」
私は丁寧にお礼を言うと「また、参りますね」と言いながら彼女は去っていった。
部屋にいい香りが満ちて、心がゆっくりとほどけていく。籠の底には小さな紙が。そこには『絶対に助けるよ』と書かれていた。思わず頬が緩み、心がぽかぽかと暖かくなる。
「王太子さま、優しいわねー。私、王太子さま、好きだなぁー」
「うん、僕も好き。雪鈴さまを大事にしてくれるからね」
「俺も好きだぞ! 早く助けに来いよー」
ベッドに入っても、しばらく楽しい薬たちのおしゃべりを聞いていた。




