18 王太子視点
王太子視点
ここは王都中心街。
店が終わる間際に着くよう時間を計り、私は噂の高級雑貨店へと向かった。今の服装は、羽振りのいい商人そのものだ。仕立ての良い外套には銀のボタン。どこから見ても金払いの良さそうな客に見えるはずだ。
店内に足を踏み入れる。すぐに愛想のいい青年が寄ってきた。いかにも貴族のご夫人方が好みそうな、爽やかな美男子。柔らかな物腰に、隙のない完璧な笑顔。このような店に立つのに慣れているのだろう、接客に一切の無駄がない。
「本日は、どのようなものをお求めにいらっしゃったのでしょうか? 私がご案内いたしますので、どうぞお気軽にお申し付けください」
話し方は丁寧で、そつがない。
「ある公爵夫人から噂を聞いてね。美容液を購入したいと思っている。ずいぶんと評判がいいそうじゃないか?」
「かしこまりました」
柔らかに微笑み、店員は奥へと引っ込んだ。ほどなくして、洒落た瓶を手に戻ってくると、慣れた口調で効能を説明し始める。
肌が潤うだとか、透明感がどうだとか――いかにも貴族のご夫人方が好みそうな文句が、淀みなく出てきた。
私は頃合いを見て、その言葉を遮った。
「それで、その美容液はいくらなんだい?」
先ほどから、彼が私の服装をちらり、ちらりと窺っているのに気づいていた。外套から覗くドレスシャツは、動くたびにわずかに光を放つ高級生地だ。靴も同様で、王都一と名高い職人の手によるもの。私が裕福だということは、すでに感じ取っているだろう。
そこで、店員はおもむろに値段を口にした。一瞬だけ、こちらの装いを確かめるような視線が走る。――なるほど。客の格好を見て、値を変えているのかもしれない。
提示された額は、思わず眉が動くほどだった。この手の化粧品としては、明らかに桁がひとつ違う。それでも、この店が成り立っているのは、裕福な夫人たちが躊躇なく金を払っているからだろう。そして、その理由はひとつしかない。
効能が、本物なのだ。
だとすれば――こんな美容液を作れる者は、そう多くないはずだ。
(いったい、作っているのは誰なんだ?)
ふと、ひとつの考えが浮かんだ。
(客じゃない。取引に来たと思わせよう)
「私の祖国は、ここから少し遠い国でね。実は、そこで手広く商売をしている。このような化粧品も扱っているんだ。そこでだ、これを私の店でも販売したい。まずは手始めに、百個ほど欲しいのだが、どうかな?」
「……百個、ですか?」
店員は一瞬、言葉に詰まった。
「申し訳ございません。在庫はそこまでご用意がなく……それに、私一人の判断ではできかねます。あくまで雇われの立場ですので……三日後にでも、改めてお越しいただけますでしょうか。責任者に確認いたします」
困ったように微笑む。その反応は、想定の範囲内だった。
だが、こちらの狙いは三日後ではない。今、この場で話を動かす必要がある。
「三日後か。それは困るな。明日の昼にはここを発たねばならない。来れるとしたら、明日の朝だけだ。……金なら、いくらでも出せるのに」
残念そうに、ため息をついてみせた。
店員は一度だけ迷うように視線を伏せ、それから頷いた。
「……少々、お待ちください。決定権のある者に、至急、話を伝えてまいります。ですから、明日の朝にお越しいただけますか? その際に、お返事を差し上げられるかと……」
(そう、それでいい。――うまく、誘導できた)
私はにっこりと微笑み、その場を後にした。
人目につかぬ場所で待機していた、私服姿の近衛兵の一人に、
「店の様子を見ておけ」とだけ命じ、近くのカフェに入った。
やがて、近衛騎士の一人が戻ってきた。
「店を閉めました。そろそろ動くはずです」
「よし、わかった。私も向かおう」
店員の後をつける。いわゆる貴族街とは違い派手さはないが、造りの確かな屋敷が並んでいる区画に入って行った。立ち止まったのは……宮廷医長の屋敷だ。周囲の建物より一回り大きく、最近作ったと思われる新しい門が、やけに立派だった。
そして見張っていること数刻。
屋敷に動きはなく、出入りする者もない。
(ずいぶん長いな……まだ話し合っているのか?)
そう思った矢先だった。
教会の紋章を刻んだ馬車が、屋敷の前で停まる。出てきたのは司祭長――王都の民に直接影響を及ぼせる、教会の現場トップだ。
(なるほど、聖職者に協力者がいたわけか。……道理で強気だったわけだ)




