17 王太子視点
王太子視点
「お待ちください、王太子様。念のため、我々にセシリア様を調べさせてください。王太子様や王妃様の安全のためです。専門家の調査は必要ですよ」
専門家――その言葉を出されてしまえば、医学の心得がない私や母上は、一瞬、言葉を失ってしまった。安全のためだと言われれば、なおさらだ。調査も同じ事。そう口にされてしまっては、「やめろ」とも強く言えなかった。
(……いや、身分を笠に着て、「やめろ」とは言える。王太子の権限で宮廷医長やリリアーナを罰することだってできるだろう。しかし、これをした場合、王族ならなにをしてもいいのか、という反発をよぶ。しかも相手が口にした言葉は専門家による調査だ。断罪でも尋問という言葉でもない。調査なのだ)
それから数日後、私は宮廷医長を執務室に呼びつけた。
「なぜセシリアを解放しないんだ? 調査に何日かけるつもりだ?」
冷静な声を装ったつもりだったが、苛立ちは隠しきれなかった。机の上で指先が、無意識のうちにトントンと音を立てる。
その様子を見て、宮廷医長はクスリと口元を歪めた。
「だいぶセシリア様が気になるようですね。しかし、彼女をお出しするわけにはいかないのです。魔女であるという決定的な証拠はありませんが、否定する材料も、またないのですから」
医長は言葉を切り、わざとらしくため息をついた。
「民の声は日に日に強まっています。魔女は火あぶりに、という声も出ているほどですからね。しばらくは、我々の研究棟で“かくまって”差し上げるのが、最善でしょう」
余裕たっぷりの、にやついた顔に、思わず拳を握りしめた。殴りつけてやりたい衝動が胸をかすめる。だが、それはできない。私は王太子なのだ。
「セシリアは元気なんだろうな? 彼女は私や母上の宮廷薬師だ。手荒な真似は許さない」
「もちろんですよ。研究塔ですから、貴族の令嬢が住むような豪華絢爛さはありませんが、清潔で、生活に必要なものはすべて揃えています。食事も、我々が普段口にしているものと同じですよ。特別扱いはしていませんが、不自由もさせておりません」
のらりくらりと、実にうまくかわす。セシリアをいつ解放するつもりなのか――その肝心な問いには、決して踏み込ませない。最初から、はっきり答える気がないのだ。
私の表情が険しくなるのを見て取ったのだろう。宮廷医長は、話題を変えるように、薬の包みを差し出してきた。
「こちらは、我々が処方した薬になります。セシリア様の調合を参考にしつつ、我々なりに研究を重ねた成果です。安全性も高く、効能も今までより、ぐんと良くなっております。疲れが取れ、食欲も増し、夜もぐっすり眠れる。実に素晴らしい薬ですよ」
宮廷医長は得意げだ。自分たちの成果だと、やたらに強調するところが浅ましい。
(もっともらしく言いつくろっているが、要するに、セシリアの調合を真似ただけの偽物だろう? いや、違う。“我々が研究した成果”と言い換えているのだ。つまりこいつは、セシリアの功績を、自分たちのものにしようとしている……?)
胸の奥に、嫌な予感が広がった。このまま時間が過ぎていけば、セシリアは魔女だと断じられ、名目上は“保護”という形のまま、ずっと隔離され続けるのではないか? そして、その間に彼女の調合を真似た薬だけが、宮廷医達の成果となっていく?
(あぁ、もどかしい……セシリアを守れないのなら、王太子という地位にいても、この私に何の意味がある?)
拳に力がこもった。
そんな思いを抱えたまま、翌日の私は、女性ばかりのお茶会に顔を出していた。本来なら欠席したかったが、王太子という立場上、どうしても参加を避けられない集まりだった。夜会ほど格式ばった場でないとはいえ、無視できるものでもない。周囲のおしゃべりは取りとめもなく、聞いているうちに眠気を誘うほど退屈だった。だが、その中のひとつの声に、思わず意識を引き戻された。
「お聞きになりまして? あの噂。王都中心街の高級雑貨店で、驚くほど肌がしっとりする美容液を売っているのですって。とってもお高いのですけれど、肌の透明感が違うとか……」
「えぇ、知っておりますわ。そこで私は、よく眠れるお茶も買いましたの。寝付きが悪かったのに、その晩はぐっすりでしたわ。美容に良いものがたくさん揃っていて、値段はとてもお高いですけれど……それだけの価値は、十分ありましたわ」
「まぁ、ぜひ行かなくては。そう言えば、公爵夫人の目元、若返ったように見えますわよ! 綺麗になれるなら、いくら出しても構いませんわね」
楽しげに語らう夫人たち。美しさと健康のためなら、金に糸目をつけない――そんな女性たちだ。彼女たちの情報交換は、この手のお茶会でこそ、何よりも活発になる。
(よく眠れるお茶……?)
ふと、セシリアの顔が脳裏に浮かんだ。彼女はよく薬草を煮出し、私のためにお茶を淹れてくれた。飲みやすい口当たりなのに、その日の体調に合わせて配合を変え、私の健康を支えてくれていた。手荒れに効く軟膏も、必要とあらば手早く作っていたのだ。ならば、美容液程度、彼女にとっては難しいものではない。
(なにか、おかしいぞ……セシリアは宮廷医の研究塔にいるはずなのに……彼女が作りそうなものが、なぜかこのタイミングで高額に取り引きされている?)
胸の奥に、言葉にできない違和感が残った。
「失礼、ご夫人方」
私は穏やかに声をかけた。
「それは、どこで買えるのですか? 店の場所を教えていただけませんか。美容に良いと、そこまでおっしゃるのでしたら……母上にも差し上げたいと思いまして」
にこやかに微笑むと、夫人たちは一瞬だけ驚いた表情を見せた。だが、“王妃に贈る”と聞いた途端、顔をほころばせ、競うように話し始める。
気がつけば、丁寧に描かれた地図まで手渡されていた。
「早速、今日にでも行ってみるか」
とにかく、セシリアを助け出したい。
その一心だった。




