10
「王妃様。確かに私はルシアン様の婚約者ですが、実のところ、一度も贈り物をいただいたことはありませんわ。いつもこの方は……リリアーナにだけ、いろいろなものを買い与えていらっしゃいますの」
「は? ルシアン、お前最低だな」
王太子様は、感情を抑えた冷たい声でそう言い放った。その一言だけで、場の空気は完全に凍りつく。
「本当に、アレクシスの言うとおりだわ。最低ですし、気持ち悪いですよ。とにかく、ルシアンは何もかもがなっていません。近衛騎士としての自覚も足りない。このまま王太子付きにしておくわけにはいきません。近衛騎士団長に鍛え直してもらう必要がありますわ」
王妃様の言葉は淡々としていて、それがかえって逃げ場のなさを感じさせた。
「ひっ……だ、団長に言うんですか? そ、それだけは……どうか、お許しください。あの団長のしごきについていける者はいません……あの人の普通は、誰が見たって異常なんです」
ルシアン様は必死に助けを求めるように視線をさまよわせ、やがて私に縋りつくような目を向けてきた。
「セシリア、お願いだよ。君からも口添えしてくれ。婚約者じゃないか。王妃様と王太子様のお気に入りなんだから、セシリアが言ってくれれば、きっと助かるはずだろう?」
その必死さを見ないふりをして、私は静かに首を振った。
「ですが、王妃様のおっしゃることは、もっともだと思います。私はルシアン様の婚約者である前に、王家に仕える貴族です。ですから、やはり王妃様と王太子様のご判断を、尊重すべきだと思いますわ」
「そんな……酷い。今のセシリアなら、私を助けられるじゃないか……」
(見殺しにされた私が、助けるわけがないでしょう? 自分でそんな怪しげな香水をリリアーナ に贈ったのだから自業自得というものよ。それでも毒を飲まされた私に比べれば、近衛騎士団長のしごきのほうが、よほど楽だと思うわよ……)
私はその言葉を口に出すことなく、そっと心の中で呟いたのだった。
◆◇◆
その数日後、天気は快晴だった。
私はまた、薬草たちを天日干しするため、外で作業をしていた。
ふと視線を上げると、王宮の外周を走らされている人物が目に入る。
ルシアン様だ。全身汗だくで、すでに何周目なのかもわからないほど走らされているのが一目でわかった。その隣には、一回り、いや二回りは大きな体躯の男性が並走している。
――あれが、近衛騎士団長ね。
「遅い! 心の弛みは、そのまま足腰の弱さにつながる! もっと早く走れ! まだ十五周残っているんだからな! 終わったら剣の素振り五百回だ!」
容赦のない怒鳴り声が、青空の下に響き渡る。
私は思わず、くすりと笑ってしまった。
その瞬間、干していた薬草たちが一斉に声をあげる。
「雪鈴さまぁー! 筋肉痛には、私が効きますよー」
「僕もです! 疲れた身体をほぐす効能があります!」
私は首を横に振った。
「ううん、今回は必要ないわ。だって、私、ルシアン様を助けるつもりはないのですもの」
小さくそう呟くと、薬草たちはぴたりと静まり返った。
せっかく教えてくれたのに、少しだけ気が引ける。
「でも、教えてくれてありがとうね」
ぽつりと付け足した、その時だった。
薬草たちが、まるで待っていましたと言わんばかりに、声を張り上げた。
「わぁー! 嬉しい! お礼を言われちゃったぁー。雪鈴さま、大好きー!」
「ひゃっほー! 雪鈴さま、愛してるぜ!」
「僕たち、これからもいろいろ教えますよ! 雪鈴さまのお役に立ちたいんです!」
(ふふっ……まるで家族みたい。薬草たちが家族、というのも悪くないわね)




