欲望のままに
暇だから、第三王子にもう一つダメージを与えておこうかな。
「国王陛下はあんたたち親子を切り捨てて、穀倉地帯のご令嬢の方を大事にすることにしたんだよ」
「あんな、地味な女……」
「世の中には、清楚な美しさってものがあるんだけどな。
第二王子殿下の今の婚約者は、あんたの母方の従姉妹だろ。
きちんと婚約を白紙にしてから、あんたの元婚約者は第二王子と結婚する予定です。
世の中、うまくできていますねぇ」
「そんな、従姉妹に何の非が……あの年で婚約破棄されたら、嫁ぎ先など」
え、気になるのそっち? 親族に対する情はあるのか。
「あんただって、同じことを元婚約者にしようとしただろうが。
身内にやられて初めて、どういうことか理解できたのかよ?
真性のクズだな」
すげぇ。自分たちは特別だとでも思ってたのかな。
ただの人間だ。
やったことは、やり返される可能性がある「普通の人間」だろうが。
「まるで、初めから『そうあるべき』だったかのようだな。王妃とあんたが作った歪みが、どんどん正されていくよ」
第一王子は十代半ばまで、王太子になるべく教育を受けていた。
立太子の前に前王妃が亡くなり、今の王妃が輿入れして凍結されてしまったんだ。
そのあとも王子として国政に関わってきたから、二十代後半の頼りがいのある男の立太子は歓迎された。
第三王子が座っているベッドを、足の裏でガツンと蹴ってやった。
俺は母が亡くなるまで市井で暮らしていたので、本当はお上品な人間じゃないんだ。
「俺も十歳まで平民として育ったんだ。あんたの浮気相手が、『平民』を振りかざすのを見て、腹が立ってた。あんなアバズレを、平民の代表とか思われても困るんだよな。
胸を強調して、腕に押しつけるとか、娼婦かよって」
およ、ショック受けてる。あの女の言うことを真に受けてたのか。世間知らずだなぁ。
ヒュパッと音を立てて、俺の手からナイフが飛ぶ。
お、いいとこに当たった。
入口に使用人のふりをした、こいつの母方の侯爵家からのお客さんだ。よくぞここまで辿り着いた。なかなかの手練れなんじゃねぇかな。
こいつが王太子に指名されると踏んで、式の準備をしていたんだから、そりゃ悔しいよな。直前で資質なしと判断されたから、そのまま第一王子用に流用されてやんの。ははは、ざまぁ。
「よかったな。あんたの祖父さんたち、諦めてねぇってよ。
けど、度が過ぎたらあんたを殺すしかないんだよなぁ。そこのとこ、理解して欲しいんだけど」
倒れたお客さんからナイフを回収した。
血がついた刃物をちらつかせて、第三王子にはビビってもらう。
まあ、冗談じゃなくて本気だけど。
俺が劣勢になってコイツを奪われるくらいなら、殺せって言われてる。
襲撃者は見せしめにしばらく放置しとけと指示されているから、放っておくけど、気分悪いよなぁ。死の気配には、本能に根付いた恐怖をかき立てられる。
現場によっては、お片付け係がささっと連れて行ってくれるんだけど。
まだ、ちょっと動いてるし、血なまぐさい。
仮にも俺、王子だからさ。
殺したら、犯人はただの殺人罪じゃなくて、反逆罪なんだよね。
だから、あいつらは俺を殺さず、あんたを救出しなきゃいけないわけ。
俺がいるだけで、難易度が爆上がり。
微かにラッパの音が聞こえた。王太子に臣下が忠誠を誓うところか。
そろそろ、第三王子に今後の予定をお伝えしようかね。
「明日から、来賓たちが帰国し始める。
あんたは、その際に、手土産としてお持ち帰りされます」
「ど、どこに?」
「海の向こうの帝国。アバズレと二人セットで引き取るってさ。代わりに、関税を安くしてもらえるので、頑張ってね。
もしかしたら、宰相の長男と騎士団長の息子が同行するかもしれない。俺は詳しいことは聞いてないけど」
特に、騎士団長の息子は同行させて欲しいね。
お嬢様の婚約者だったくせに、無視したり、お茶会をすっぽかしたり、ドレスにケチつけたり許せん。
「あんたたちは帝国の後宮に入れられる。男も女も入り乱れる世界だそうだ」
他国からの人質や見目麗しい奴隷の中で、抜きん出ないといけないらしい。
そんな中では、王子なんて身分は役に立たないだろうな。
だけど、今までも王妃の籠の中で、言われたとおりの生活しか許されていなかったから、案外大丈夫かもしれない。――皮肉だな。
その分、学園ではじけちゃったのか。
「その前に、王家の種を撒かれると困るので、取ります。
外見的にもわかるように、中身を抜く。医者がやりたくないというので、獣医が来ます。
『ぺそっとなります』と言ってましたよ」
なんか、自然と敬語になった。しゃべりながらヒュっと身がすくむ。
「あんた、宮廷医師長の子どもを学園で虐めてただろう。
え、誰だか分からない? お前はそうでも、あっちは一生忘れないだろうね。
だから、その親もお前に慈悲をかけないってさ」
目の前で死にかけているのを放置するわけじゃないし、「そこをなんとか」なんて医師を説得する人もいなかった。
医師長は「自分は執刀しないが、やりたいなら止めない」と言ったけど、立候補する医師はいなかったそうだ。
王妃や第三王子の周辺で怪我をした人たちの手当をしていて、思うところがあったんだろうよ。
「あちらの国では、しっかりとお役目を果たしてくださいね。
自殺とかしたら、あんたの母親も『後追い』させられますから。そこのところ肝に銘じておいてください」
「は、母上に手を出すつもりか」
おお、勇気を出して、怒るような顔つきになったぞ。いいね。
「だって、立太子した兄上には、奥さんも子どももいるんだもん。
王太子妃が王妃の代行をできるなら、怠け者で威張るばかりのババアなんかいなくたって支障ないだろ。
あんたの母親の命は風前の灯火」
真っ青になって、少しは反省したかな?
そうそう、良い子でいなきゃ。今まで、我が儘に振る舞いすぎたよな。
ひゅん、と矢の音がして、窓際に置いておいた反射の魔道具が作動した。
矢が回転して、射手の元に飛んでいく。
「歯が立たないから作戦変更」って考えられる指揮官がいないんだな。
討ち取った指揮官の代わりを務められる人がいなかったのか。
事前に「全滅してでも王子を救出せよ」とか言われて、それに従うしかない感じ?
王都にいる敵の戦力が八割削減できたら、次の段階に進んじゃうんだけど。
「王妃の実家にこの死体の山を送りつけて、挙兵させる計画がある。
街道沿いの貴族に討ち取るよう指示するから、王都まで辿り着けるかなぁ?
平民に討ち取ったら鎧兜や剣を持っていっていいってお触れを出したら、ヤバいぞ。平民も逞しいからな」
もちろん、挑発に乗らずに挙兵しなければ、こちらからはこれ以上手を出せない。――しばらくはね。
もしくは人望があって、こちらより王妃の実家につく貴族が多ければ……この状況で、第一王子と宰相に逆らう貴族はいないよな。
「あんたの浮気相手、『元平民』を看板にしているくせに、平民に横暴な振る舞いをしてたじゃん。
最初は恋愛小説みたいって言っていた連中にも、『あのドレス税金だぜ』って噂にしたから。デートで街の人が冷たい視線に変わっていくの、感じなかった?」
「……」
感じてはいたのかな。でも、理由には思い至らなかった、と。
やっぱ、王太子ひいては国王になったら駄目なタイプだ。
「あんたが主張したかった、『平民の味方』っていう幻想は確立できてないぞ。
貴族社会では、第二王子殿下と俺が『第三王子は王太子に向いていない』という雰囲気を作ってきた。
あんたたちが元婚約者を馬鹿にしたあと、学園では俺が『愚兄が申し訳ない』ってその場で頭を下げておいた。
社交界では、第二王子殿下が『馬鹿な弟ですまん』と言って、悪いのは元婚約者じゃなくお前たちの方だってことになってるから」
愕然とした顔……仕掛けたら、作戦が成功したか失敗か、ちゃんと観測しておかないと駄目だろ。
それを利用して、こっち側は好感度を稼げたぜ。
それに、ブレーンが宰相の長男だと? 俺のお嬢様と比べたら、理想主義の間抜けなお坊ちゃま。
宰相から同じように教育を受けたはずなんだけど、頭でっかちになっちゃたよな。こっちにしてみたら、排除するのが簡単で良かったけど。
宰相は息子のことをどう思ってたんだろう。義理の息子になれたら、訊いてみようかな……なんちゃって。
俺、今、幸せにリーチかけた感じで、浮かれてる。頭の中に花が咲いてる。こういうの、お花畑って言うんだっけ?
日が傾いてきた。少し風も冷たくなっている。
「夕方の祝砲が鳴ったら、獣医が来ますよ」
俺の突然の発言に、第三王子はきょとんとした面を晒した。
「で、全身麻酔をして手術をしますよね。
しばらくは体が自由に動かせないと思うので、そのまま異国に旅立ってください。
いいスプリングの荷馬車を用意したらしいです。愛ですね。
港から船に乗る頃には、麻酔が抜けるかもしれませんが……動けるのかな? その辺は、よく分かりませんけど。」
別に、今言わなくてもいいんだけど、暇だから言っちゃった。
「お前……私たちが邪魔だからって、それは、あまりにも公私混同だろう」
震える声で、睨んできた。
「公私混同? 何が?」
言われた言葉が、一瞬、理解できなかった。
「あ、メイドから聞いたのか。そう、俺、宰相の娘さん狙い。
騎士団長の息子が馬鹿で良かった。さすが、あんたのお友達。
だいたい俺、あんたが王太子に相応しくないっていう評判を立てるために王家に入ったんだもん。
あんたより遥かにいい成績を取って、品行方正に、王族らしく振る舞う。
――それが俺のお仕事。
みんな、一歳年下の俺と、去年のあんたを比べてたよ」
くだらない仕事だ。だけど、王族の血が入っていないと、できない仕事。そのためだけに、宰相の家を出て王宮で暮らさないといけなくなった。
「父上も、私とお前を比べていらっしゃったんだろうか」
ぽつりと寂しそうにうつむいた。
「国王? あんたの親らしいポンコツ親父な」
「なんだと? 不敬だぞ」
あれ、こいつ国王のこと慕ってるのか。
「学生時代にあんたの母親にふらついて、婚約者だった前王妃殿下を傷つけた阿呆じゃん。
それでも結婚してくれた前王妃殿下。その価値にあとから気付いたけど、もう前王妃殿下は心を閉ざしていた。
自分の真心が通じないとか、寝言をほざいてたらしいぜ。
前王妃殿下が亡くなってから、あんたの母親を娶ってみたけど、『若い時は見る目がなかった』とか一人で悲劇に浸ってる。自業自得だっつの」
ショック受けてるなー。母親から「真実の愛が実った」とか聞いてたのかな?
悲劇なのは国王や王妃じゃなく、前王妃と俺の母親だと思う。
「前王妃殿下に似てるとか言って、俺の母ちゃんに手ぇ出しやがって。
母ちゃんの命が危なくなったから、宰相閣下が下町の生活を整えて、王宮から逃がしてくれたんだ」
そう、俺は産まれる前から宰相閣下にお世話になってる。
「第一王子殿下に王位を譲って、さっさと引退した方がいいよな。ポンコツは。
隠居した後、宰相閣下を頼って来ないよう、俺が見張っておかなくちゃ。来たら、蹴り飛ばして、追い出す。
後先考えない、ジメジメ後悔するだけのジジイとか、一緒に暮らしたくねぇ」
これ、俺が宰相家に婿入りできたらの話ね。妄想じゃなく、絶対に実現させる。
「ああ、あんたの浮気相手が、どのタイミングで拉致されるかは知らないなぁ。
これからかもしれないし、捕獲済みかもしれないし。
まあ、興味ないんで。
よかったですね。『運命の乙女』でしたっけ? あははは。もう乙女じゃないじゃんって笑いを堪えるの、大変でした」
おっと、その顔は知らなかったのかな。
帝国に着いてから、存分に喧嘩してくれ。時間はたっぷりあるだろうからさ。
「でも、俺とお嬢さんは『運命』かも。
そのままだったらご令嬢と領地の執事で、輿入れについていけないから縁が切れるところだった。
俺が王宮に住むことになって、離れたから一旦関係がリセットされた。
宰相の嫡男があんたと馬鹿をやって廃嫡。お嬢さんが跡取りになっただろ。
そこに、俺が婿入りしたら、伯爵から侯爵に上がるんだ。宰相閣下に陞爵という手土産を持っていくことができる。
お異母兄さま、ありがとな」
ああ、祝砲だ。昼間よりも数が少ないんだよな。
外国使節団との条約や同盟の再確認が終わったってことだ。
無事に、内外に王太子であると示すことができた。
よかった、よかった。
あ、メイドに案内されて、動物のお医者さんが階段を昇ってくる足音が聞こえる。
「どこかで聞いたことがあるような?」と思われそうな台詞を入れています。
年末のお遊びですので、お許しください。楽しんでいただけたら幸いです。




