推理(4)
「へー。」
「どうしてですか?って聞けよ!」
「はいはい。どうしてですか?」
と私は尋ねてやった。
「犯人は、ボタンか何か、手掛かりになってしまう物を犯行の最中に現場に落としたんだ。そしてそれを被害者が手の中に握りしめたまま死んでしまった。それをそのままにしておいたら自分が犯人だという事がバレてしまう。それで、腕ごと切り落として腕を持ち去ったんだ。」
「そんな面倒な事をしなくったって、手のひらをこじ開けて取り戻せばいいじゃないですか。」
「手のひらの筋肉が硬直して取ろうとしても取れなかったんだよ。」
「人間の体は、死んですぐにそんなに硬く硬直したりしませんよ。」
「知らないのか?する事もあるんだぞ。死ぬ直前に激しい運動をしていた場合、『瞬間硬直』と言って一瞬で体が硬直する事があるんだ。戦場で大立ち回りを演じた戦士が、矢を大量に射かけられて立ってまま死んだなんてケースが外国にはあるんだぞ。」
「夕食を普通に食べただけで胸焼けするような年寄りが、夜の九時過ぎに室内でそんな激しい運動をしていたとはとても思えませんけどね。」
私がそう言うとハウエルはふてくされたような声で
「絶対してないかどうかはわからないじゃないか。」
と言った。私は大きなため息をついて答えた。
「してませんよ。デライラ夫人は運動が大嫌いな人だったんです。本人がそう言っていました。あの人この数年で10キロ以上太ったんです。それで医者にダイエットを勧められたのですが、断固として運動する事を拒んだそうです。」
私に論破されて、ハウエルはうぐぐ!と黙り込んだ。
今、私はけっこう重要な事を言ったのだけれどもスルーされてしまったようだ。
「じゃあ、君は何か思いつくっていうのか⁉︎」
「犯人は、デライラ夫人のしていた指輪を持ち去りたかったのではないかと思います。」
「指輪こそ、普通に指から抜けばいいじゃないか。」
「抜けなかったんですよ。今、言ったでしょう。デライラ夫人は、この数年で10キロ以上太ったんです。指が太くなってしまって指輪が抜けなくなっていたんですよ。」
「なら、腕じゃなくて指を切断すれば良いじゃないか?」
「指を切断したら、指輪を盗んだってすぐバレるじゃないですか。腕ごと持ち去れば、貴方みたいに何かを握りしめたのではとか、死の直前に足首とか服を掴んで離さなかったのではとか、そういう素っ頓狂な事を考えてくれる人もいるかもですからね。」
「君はちょいちょい、人をディスってくるよな。可愛くない女だな。考えてみると、君は死体を見ても悲鳴一つあげなかったし、冷静に部屋の中を見回していたし、よく考えてみたらちょっと、いやかなり怪しいぞ。そもそも、君が犯人って可能性もあるじゃないか!デライラ夫人と初対面のサイキなんかより、何度も会っている君の方が動機的には、はるかに犯人の可能性が高いぞ。」
「ほほう。じゃあ聞きますけど、食事が終わってから死体が発見されるまで、ずーっと談話室にいた私がどうやってデライラ夫人を殺したって言うんですか?」
「そ・・それは。」
「私は切断した右腕をどうやって、西館から運び出したんですか?」
「・・・。」
「私のグレーのドレスには返り血が飛んでいましたか?」
「・・・。」
「教えてくださいよ。」
「それは・・その。」
「私は確かに死体を見慣れています。父と私が遺跡を掘っている国はこの国とは比べ物にならないほど治安が悪くて、強盗殺人とか誘拐殺人とかが日常的に起こるんです。昨日まで一緒に遺跡を掘っていた仲間が殺されて棺桶に入っていて、次の日には土をかけられるなんて事ザラにありました。それにそもそも、遺跡の発掘というのは半分は墓荒らしです。白骨とかミイラとか、数えきれないくらい私は見て来ました。今更、親しくもない人の死体を見て『キャー』とかありません。私は貴族のマナーとか男性を喜ばす会話術とかはさっぱりわからない女ですが、人間の恐ろしさというものはよく知っていますよ。」
「・・悪かった。」
とハウエルは素直に謝った。
「失言だった。犯人呼ばわりしてすまなかった。」
意外に素直な人だな。
と私は思った。
この世の中、絶対に謝らない。という人は意外に多い。
だけど、この人は、年下の女の子に謝れる人なんだ。と思うと、少し、ほんの少しだけ感動した。
ハウエルは私の目をじっと見つめて来た。
「今までで一番・・・。」
「何ですか?」
「今までで一番、人間を恐ろしいって思ったのは、どんな時なんだ。」
「・・・。」
「・・・。」
「父と一緒に遺跡の発掘をしていて、とある王様の墓を発見した時、王様は金や銀や螺鈿で飾られた棺に入り、瑠璃と翡翠が象嵌された黄金の仮面を被っていました。その墓の下にはとても広い空間があって、そこには美しい彫刻の施された大きな箱が無数にありました。その箱の中には絹服を着た死体が、たくさんの硬貨や日用品や花などと一緒にどの箱にも入っていました。その国では新しい王様が即位すると正妃の外戚が、寵愛をかさにきて権力を振るう事がないよう、新しい王様の正妃の七親等内親族を全員先王の墓の下に生き埋めにして殺すという風習があったそうです。箱の中には幼児の死体もありました。人間は残酷な生き物だと思いましたよ。」
「・・・。」
「罪の無い人がむごい方法で殺される。これを超える悲劇は存在しないと私は思っています。」
「そうだな。」
とハウエルが言ったので私は更に続けた。
「初めて、その光景を見た時私は泣いたんです。泣いて泣いて。夕食が喉を通りませんでした。でも、王様の墓を一つ、また一つ、また一つと発見するたび、私は『またか』と思うようになってしまったんです。そして、また一つ王様の墓を発見した時私は『可哀想に』と思うのと同時に、『昨日買ったベーコン今日中に調理して食べてしまわなきゃ傷むな』と考えていました。そしてそんな自分に愕然としました。私はいつの間にか残酷さに慣れ、同情し悼む事を忘れていたんです。人はどんな事にもこんなにも簡単に慣れてしまう。それを何よりも恐ろしい事だと思いました。」
「・・・・。」
「そう思っていたはずなのに私はまた同じ過ちを犯していました。ナサニエル君が鞭で打たれていると聞いて『またか』と思ってしまったんです。最初はあんなにも、デライラ夫人の理不尽な暴力を憎み、スーリン夫人やナサニエル君への不公正を怒っていたはずなのに。だからこそ、私はスーリン夫人を救いたいんです。あの人はとても優しい人です。そして、恐ろしい姑と母親に頭の上がらない夫のせいで本当に苦労していたんです。そんな人を無実の罪で処刑台送りになんか私はしたくありません。」
「そうだな。確かにその通りだ。」
とハウエルは言った。
「ところで、デライラ夫人って、右手にどんな指輪をしていたっけ?」
とハウエルが話を戻して来た。
「人差し指にイエローダイヤの指輪、中指にピジョンブラッドのルビーの指輪、薬指にバイカラーのトルマリンの指輪をしていましたね。」
「よく覚えていたな。」
「あの手で殴られたら大惨事だと警戒していましたので。」
「犯人は強盗?まさか指輪が欲しくて夫人を殺したのか?ダイヤにルビーなら、売れば高そうだもんな。」
「夫人は、エメラルドのイヤリングや色とりどりのサファイアが飾られた純金製のバングルを左手につけていました。強盗なら、そちらも持って逃げるでしょう。」
「それもそうだな。なら、どうして?」
「ダドリー・ゲイルという男を知っていますか?」
私は話題を変えた。
読んでくださる皆様、お一人お一人に心から感謝します
少しずつですが増えていくpvに背中を押してもらっています