表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

三つのグループ

私達は談話室で会話も無く座り込んでいた。執事がブランデー入りの紅茶を皆に配ってくれたが、私は飲む気になれなかった。柱時計の秒針音がやけに大きく響く。

しばらくしてスーリン・ハワード夫人が

「申し訳ございません。息子の様子を見に行きたいので、席を外してよろしいでしょうか?」

と言った。


息子のナサニエル君は、まだ五歳だ。しかも熱を出して寝込んでいるという。「駄目だ」という人非人はいなかった。


「妹も体調が悪いの。私達も部屋に戻っていい?」

とエディスが聞いた。


「私も気分が悪いから、部屋に戻りたい。」

とサイキも言う。


「私だって、気分が悪いわ!部屋に帰らせてもらうから。」

とマデリーンが言った。


君達ね。御遺族がいるんだから「気分が悪い」とか言うなよ!失礼な連中だな。


「エディス、キャロル。部屋まで送るよ。」

とアーチーボルトが言った。


「サイキ。部屋まで送らせて。」

とジェラルドも言った。

だがサイキは

「一人で大丈夫。」

と言った。ジェラルドはついて行くと無理強いはしなかった。その代わり

「部屋にはしっかりカギをかけるんだよ。できたら、ドアの前に椅子とかを置いてね。」

と言った。残ったマデリーンは、牛のように豊満な胸をハウエルに押し付けながら


「ハウル。私怖いの。部屋まで送って。それで、警察が来るまで一緒に部屋にいてえ。」

と言った。


だがハウエルは

「ジェラルドに頼んでくれ。」

と言って、マデリーンから距離をとった。ちょっとびっくりした。あーゆー態度をとられたら男は皆喜ぶものと思っていた。しかし、言われたジェラルドも顔を引きつらせている。


「ミス・ハーグリーヴス。もし部屋に戻るなら送るが?」

「・・・。ん?私に言ってる?何で?」

私は発言者のハウエルを凝視した。


「何で、って。僕らは婚約者だろう!」

「戻らないわよ。もしかしたら侵入して来た強盗が、まだ屋敷内のどっかにいるかもしれないし、みんなと一緒にここにいる方が安心じゃない。」

「あ。それもそうか。」

とハウエルは言った。


まあ、侵入して来た強盗が犯人なんて可能性はほぼゼロだと思うけど。


若者達が部屋に戻って行ったのに対し、年長者達は皆談話室に残った。だけど、皆会話は無い。談話室は水を打ったように静まり返っていた。


私はこの屋敷の中にいる人達の事を考えた。


その人達の事を三つのグループに分けていく


《最初から談話室にいなかった人》

・バーナード氏(法医学者)

・ナサニエル君(ハワード氏の息子)

・料理人


《談話室を途中で出入りした人》

・エディス・オーウェル(ハウエルの友人)

・キャロル・オーウェル(ハウエルの友人)

・マデリーン・ドノバン(ハウエルの友人)

・サイキ・リノーファー(ハウエルの友人)

・アーチーボルト・クレイン(ハウエルの友人)

・ミス・トーラー(新聞社社員)

・ミス・アンブローシア(ハワード氏の従姉)

・執事

・メイド二人

・スーリン・ハワード夫人(館の女主人)


《談話室にずっといた人》

・ガイ・ハワード氏(館の主人)

・ミス・ロビン(オペラ歌手)

・ハウエル・エルフォード

・ジェラルド・フォーセット(ハウエルの友人)

・お父様

・私


犯人は最初の二つのグループの中の人だ。三つ目の《談話室にずっといた人》のグループの六人の中には犯人はいない。


ちっ!と舌打ちしそうになった。

もしもこの事件が迷宮入りして、犯人がわからなかったら「もしかしたら、ハウエル様が犯人かもしれない。殺人犯かもしれない人と結婚なんかできないわ!」と言って婚約をお断りできたかもしれないのに。


犯行予想時間は、九時から九時十分の間くらいだとバーナード氏が言っていた。バーナード氏はプロの法医学者なので、この数字は信頼できるだろう。ただし、バーナード氏が犯人でなかったならだ。検死をした医者が犯人というミステリー小説は、世の中意外に多い。


正直、誰が何時に出て行ったか正確な記憶が私にはない。


だが、九時の段階で、私とミス・ロビン(オペラ歌手)以外の全女性とアーチーボルト(ハウエルの友人)がいなくなっていたはずだ。その後、マデリーン(ハウエルの友人)が戻って来たが、その時の時刻は九時二十分だった。柱時計を見たから間違いない。


つまり第二グループの人間達《談話室を途中で出入りした人》達全員が容疑者だ。

そして勿論、第一グループの《最初から談話室にいなかった人》達も容疑者である。


しかし、さすがに五歳のナサニエル君に犯行は不可能だろう、と思う。銃を扱うのはともかくとして、右手の切断ができたはずがない。


何故、殺したのか?という動機は考えるだけ無意味だろう。と思っている。

信じられないような理由で人が人を殺す。それが、人間というものなのだ。


私が子供の頃、お父様の友達だった骨董コレクターのおじさんが殺されるという事件があった。犯人はすぐに捕まった。犯人も骨董コレクターだった。お父様の友達が持っていた陶器の小皿が欲しくて欲しくて、売ってくれと何度も頼んだのに売ってくれなかったので、殺して奪ったのだそうだ。

事件が解決した後、その事件の原因になった小皿を見せてもらい私は驚いた。


猫の餌用にする事さえためらうほどの、古くて汚い皿だったのだ!

私だったらタダでもいらない皿だった。

オークションに出せば数千ポンドの値がつくと聞かされて、開いた口がふさがらなかったものである。


更に数年前に、こんな事もあった。

同じ大学に通っていた二人の男子が決闘をして二人共死んだのだ。


決闘の理由は、一人の女性を争ったとの事だった。

その争った女性というのは見るからに頭が悪そうな、いつもアヒル口をした軽薄な女だった。

別に美人でもなかったし、身分も無かった。

男のいるところといないところで態度も口調も変えるので、女達からは蛇蝎のように嫌われていた。

そんなアホな女の為に、優秀な学生が二人若い命を散らしたのである。


男二人が死んだ一週間後には

「悪いのは男達の方だ。彼女は純粋で可哀想な女の子なんだよ。」

と、真顔で言う貴族のボンボンとその女は恋人同士になっていた。


男達は何の為に殺し合ったのか、と脱力したものである。


こと、殺人という行為に於いて、人の心の闇は海よりも深く、その底をうかがい知る事は他人にはできない。とつくづく思ったものだ。


だから殺害の動機なんかどうでもいい。


どうせ、聞いたところで、人を殺す奴の心理なんか理解できない。


むしろ不思議なのは『何故右手が切断され、持ち去られていたか?』だ。


そこに謎を解く鍵があるだろう。



しばらくして、お父様が警察の捜査官達を連れて戻って来た。


私達は一人一人別室に呼ばれ、話を聞かれた。


当然、私も捜査官から話を聞かれた。と言っても、そう長い時間は聞かれなかった。

九時から九時十分の間、談話室にいた私は容疑者ではないからだと思う。お父様は、ハワード家の裏事情とか、人間関係の諸々とかいろいろ聞かれたようだが、さすがに十八歳の私には聞いて来なかった。


それでも、時間や手間はそれなりにかかるもので、割り当てられた寝室に戻り、ベッドの中にもぐりこめたのは深夜十二時過ぎだった。

忙しい一日だった。しかし、こんな形で一日を終える事になるとは夢にも思わなかった。


ベッドの中で目を閉じると、真っ赤に血で染まった不気味な部屋が思い出された。

疲れているのに眠れそうにない。


と思っていたのに、不思議なもので三分後には眠りに落ちていた。いやはや、実に不思議だ。


そして、次の日の朝。


スーリン夫人が、姑であるデライラ夫人を殺害した犯人として逮捕された。

ある資料によると、19世紀末頃の英国の中流階級の年収は100ポンドから300ポンドくらいだったそうです

なので数千ポンドというのは現在の日本円で数千万円になります

大金ですね〜(^◇^;)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ