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ストルゲー・フォレスト殺人事件  作者: 北村 清


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20/23

植物園

ある晴れた某日。


私とハウエルは植物園に来ていた。

毎日毎日、自宅アパートで会っていると、ご近所の目が気になるからだ。


しかし、失敗した。


普段ひとりで植物園に散策に来ても、さっぱり知り合いに会ったりしないのに、今日に限って大学時代の知り合いに二人も出会い、更に父の叔母の友人とエンカウントしたのだ。三度の食事より噂話の好きなご婦人だ。おそらく光の速さで父方の親戚全員にハウエルと歩いていた事が伝わるだろう。


私は忌々しい気持ちで、目の前のバラを見つめた。


「もう帰りましょう。」

「来たばかりじゃないか。そんな眉間に皺を寄せて花を眺めるものじゃないぜ。今、君の目の前にあるのは、詩聖と呼ばれる某詩人が絶賛したと言われる、新種のバラだ。この花は君と巡り会えた喜びに花開いたのさ。」

「散りかけているわよ。」

「君が帰ろうとする悲しみで散りかけているんだよ。」

「口から裂くわよ。」


私はこんな男と本当に結婚しなくてはならないのだろうかと思うと、肺中の空気をため息にして吐き出したいくらいだ。


「貴方っていつも幸せそうよね。」

「側にいてくれるのが君だと思うと、ここが地獄の三丁目だとしても僕は幸福だよ。」

「貴方ねえ!」


軽薄な発言の数々に、ついに私はブチ切れた。


「私に言ったわよねえ!君を愛するつもりはない。僕に愛される事を期待するな。って!あのセリフは何だったの⁉︎あれは幻聴だったというの?」

「幻聴だろう。」

ハウエルは堂々と言い放った。


「初夏の妖精が見せた白昼夢さ。見てごらんよエメル。このガクアジサイ、君のように美しいよ。」

「ふざけるな!知ってるわよ。アジサイの花言葉。『貴方は冷たい人』っていうんでしょ!」

「バレたか。」

と言ってハウエルはけらけらと笑い出した。


「貴方、本気で私と結婚するつもりなの?」

「本気だとも。もう君以外の相手は考えられないよ。」

「お友達の皆さんのような巨乳じゃなくても構わないわけ。」

「ノープロブレムさ。人間大事なのは、肋骨の外側じゃない。内側だ。」

「自慢できるような心臓はしていないわ。」

「またまた、ご謙遜を。櫛ですけそうなほど毛が生えているのに。」


今、目の前に巨大食虫植物があったら、迷わずこいつを蹴り落としているだろう。


「エメル。」

「愛称で呼ばないでください。エルフォード卿。」

「そんな他人行儀な呼び方をしないで、是非ハウルと呼んで欲しい。」

「エルフォード卿には結婚願望は無い、とエディスから聞いているんですけれど。」

「それは君に出会うまでの話だ。」

とハウエルは真剣な顔をして言った。


「僕が結婚をしたら、ますます兄上が家に戻って来なくなる。と思っていた。でも思ったんだ。優秀な君に手を貸してもらった方が兄上を家に呼び戻せる確率が高くなりそうだ。と。」

「エルフォード卿。どこかに先端が尖った茎はありますか?トドメさせそうな奴。」

理想は竹だ。と私は思った。


「エメル。」

「だから愛称呼びはやめてください!」

「君に結婚したいほど好きな男がいるとか、僕の事が生理的に無理というのなら、数十秒くらい考えてみる。」


数十秒かよ!と私は内心で毒づいた。


「だけど、生き埋めにされた人達への同情心が少しばかり薄くなったくらいで良心の呵責を感じている君が、今回の事件で罪の意識を感じていて結婚を拒否しているというのなら、僕は君を諦めない。」


私は息が止まりそうになった。


それは誰にも言っていない事だった。なのに、どうしてハウエルにはわかったのだろうか?


「私は恩人の家族に濡れ衣を着せたんですよ。」

風がバラ園の間を抜けて行くが、何故か香りを感じられなかった。


「デライラ夫人は確かに残酷な人でした。そんなデライラ夫人に、私は更に10代の幸薄い娘を殺そうとした、という濡れ衣を着せたんです。それをハワード家のライバルの新聞社達が一斉に報じたから、ハワード家の屋敷も新聞社もアンチが押しかけて来て大変な騒ぎなんですよ。罵声を浴びせられて、投石までされて、殺害予告の手紙まで来るから新聞社の社員は怯えているし、スーリン夫人とナサニエル君は屋敷にいる事もできず、あの森の中の別荘に引きこもっていると聞きました。そして、悪評はいつまでも消える事無くついて周ります。憎い相手ではなく、大恩ある相手に私はそんな仕打ちをしたんです。それをしたのは殺人鬼を解放する為です。何から何まで許される事ではありません。」


「だったら尚更、僕と結婚しよう。僕と君は共犯だ。君がやった事を知っていながら僕は、君を見逃したんだ。君が罪を犯したというのなら、僕も同じ罪を犯している。二人でこの罪を背負っていこう。」

「・・・・。」

「どんなに後悔したって覆水は盆に返らない。こぼした水はいつか蒸発して消えて無くなるが、君は罪を忘れられる人ではないだろう。だったら二人でいつまでも覚えていよう。そして、僕らの力をいつかハワード家の人達が必要とした時に、僕らは手を差し伸べよう。」

「エルフォード卿・・・。」

「まあ、ハワード氏は苦労しているっぽかったけど、スーリン夫人とナサニエル君は元気そうだったぜ。この前、お菓子持って訪問したんだけどさ。楽しそうに二人でボール遊びしてた。ユリの花は全部刈り取ってさ。そういえば、可愛いネコも飼っていた。今までは、大事なコレクションに爪をたてられたら許せない。と言って、デライラ夫人が飼うのを許さなかったらしいんだ。ユリの花の花粉はネコには毒だしな。でも、ようやくネコが飼えるようになった、ってスーリン夫人もナサニエル君も喜んでいた。だから、あの二人の方は大丈夫だよ。」


私が良心の呵責を感じて、ハワード家の人達に会えずにいた間アフターフォローをしてくれていたらしい。


無神経なようでいて、細やかな配慮ができる、思いやりのある人なのだ。男性には珍しいタイプなのかもしれない。


「まあ、僕と結婚したらろくでなしな親ももれなくついて来るけどね。だけど大丈夫、親父はデライラ夫人に比べたら所詮小物だし、継母は基本こっちを無視しているので害はない。デライラ夫人やミス・アンブローシアと渡り合っていた君なら問題無いさ。伯爵夫人になるのが不安というのなら、ならなくったっていい。兄上に伯爵位は押し付ける予定だし、押し付けるのに失敗したとしても、男の親族は他にもいる。僕らが無理して家を継ぐ必要はない。君は大好きな研究や勉強を続けてくれていいんだ。」


優しい事を言ってくれているような気はするが、色々ちょいちょい引っかかる。


彼は、自分の親がろくでなしである事を自覚しているようだが、親からかばってやるとか守ってやるとは一言も言っていない。


そして会話の端々に出て来る『兄』の存在。それが一番気にかかる。


この人と結婚したら、苦労するのは目に見えている。

その苦労を苦労と考えないで済むか、喜びに変えられるかが問題なのだ。愛しているなら、それができるのだろうが、今の時点で自分はこの人を愛してはいない。


でも、この人は私の罪を一緒に負ってくれると言った。そんな事を言ってくれる人は世界で唯一人この人しかいないだろう。


この人と結婚したら私は苦労するだろう。そしてこの人もまた苦労するだろう。その苦労が罪に対する贖いになる。そう信じる事ができるなら、自分は前へ進んでいける。


この人をまだ愛してはいない。だけど、この人とは生活できそうな気がした。遺跡の発掘を泊まり込みでしていると、いい人なのだけど、一緒に生活していくのが許せない人というのがいたりする。その反面、一緒にいても気にならない人もいる。

ハウエルは一緒にいても大丈夫そうな気がした。

勿論、気がするだけかもしれないが。


「私にあなたのお兄様と仲良くする事を強制しないでくれる?」

「勿論だ。そもそも兄には僕以外の人と仲良くして欲しくない。」

「・・・・。」

「あ、今少し僕との結婚に前向きになっただろう。」

「10秒前になったけど、5秒前に気持ちが萎えた。」

「あはははは。」


ハウエルは能天気に笑っている。


『挑戦と冒険』か。父の言葉が急に思い出された。



そして。それからしばらくして。サイキ・リノーファーの裁判が始まった。

次話にてついに裁判です

視点もハウエル視点になります


読んでくださるお一人お一人に心から感謝します

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