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ストルゲー・フォレスト殺人事件  作者: 北村 清


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弁護士との面会(2)

検死審問は形式的なものだった。


既に犯人が捕まっているうえ、殺し方も凶器もはっきりしていたからだ。


検死審問が終わってしばらく僕は自宅内の自室に閉じ込められた。事件を知って怒り狂った父から、外出禁止と命令されたからだ。


「仮にも、エルフォード家の人間が検死審問に召喚されるなど!」

と父は理由も聞かず怒り狂った。

父の説教は僕の生活態度や交友関係にまで及んだが、右から左へと聞き流し僕は父の留守中にこっそりと家を抜け出した。


ハーグリーヴス伯爵家は王都にタウンハウスを持っていない。テムズ川近くのアパートで暮らしているとスーリン夫人に教えてもらったからだ。


当然ながらいきなりの訪問にエメラインは良い顔をしなかった。否。不機嫌さを隠そうともしなかった。

僕は真紅のバラの花束を差し出したが


「何故、廃棄率100%のナマモノを持って来るのよ!」

と怒られた。


「用がないなら帰って。」

「弁護士のクレイン卿の頼みで来たんだよ。デライラ夫人の事件について君から詳しい話を聞きたいって。頼むから会ってくれないかな?向こうがいつでも予定を合わせるって言っているからさ。いつなら時間が空いてる?」

「三年後。」

「サイキの裁判までに頼むよ。」

「貴族の令嬢なら普通もったいぶって『三日後に』とかいうんでしょうけど、そういうのめんどくさい。クレイン卿が今空いているなら今すぐでも良いけど。別にアーチーボルト卿の父親に会うのに、おしゃれや化粧の必然性を感じないし。」

「わかった。馬車の御者に呼びに行かせるから、僕は中でお茶でも飲みつつ待っていよう。入るね。」

「ずうずうしい!クレイン卿が来た時にお茶は出すから、とりあえずは水しか出さないわよ。」

「未来の夫にひどくないか?お茶っ葉のストックが無いのか?」

「金が無いのよ。」

「ははは、一緒、一緒。」


嫌われている事はわかっているので、逆に怖いものはない。僕はずずい!とアパートの中に入り込んだ。


さほど広くはないアパートは物で溢れていた。何と言っても一番多いのは本だ。考古学の関係だけでなく、歴史や民話、哲学や宗教、言語学などありとあらゆるジャンルの本であふれている。他にも何かのレプリカやら土器の欠片とか、あらゆる物があらゆる場所に置いてある。二頭身のミイラのぬいぐるみとかもあった。こういう適度に散らかった部屋が僕は好きだ。綺麗に整いすぎている部屋は落ち着かない。


こういう機会にエメラインとの距離をググッと詰めたかったが、すぐにクレイン卿がアパートにやって来た。

訪ねて来たクレイン卿は、デライラ夫人の部屋でエメラインが語った推理を改めて聞いてきた。そして裁判は難しいものになりそうだ。と言った。

やはり、最大の焦点は死ぬ前に老婦人が斧を手に取ったかどうか?そして、それをいかにして証明するかだった。


「サイキ嬢にとって不利な証言が出て来たんです。デライラ夫人の姪のミス・アンブローシアが言うには、被害者は右利きだったので左手の爪に自分でマニキュアを塗る事はあったが、右手はいつも使用人や嫁に塗らせていたのだそうです。だから死ぬ前に自分で自分の右手の爪にマニキュアを塗っていたはずがないと言っているのです。」


そう言いつつクレイン卿は、エメラインが淹れた紅茶を口に運んだ。僕にも温かい紅茶を淹れてくれた。ハーグリーヴス家の家政婦さんが。


「まあ、彼女は被害者の共犯者のようなものですから、陪審員もあまり真剣には彼女の意見は聞かないと思うのですけれど。それでも、壁にいつの時点でマニキュアがついたかは結局誰にも証明できませんからねえ。」


「ではもし、マニキュアが被害者の死の直前についたのではなかったとしたら、いったいいつマニキュアがついたと検察や陪審員の方達は思っているのでしょうか?」


エメラインの質問の意図がわからずクレイン卿は首をひねった。


「マニキュアはくだんの姪が王都で買い、被害者が亡くなる三日前に贈った物らしいから、その三日間の間のいつかでしょうね。」

「そして斧を手に取った時ですよね。」

「そうですね。」

「使用人や家族の中で、あの斧を被害者が手に持っているのを見た人はいますか?」

「いえ、いません。」

「その三日の間に被害者の部屋に強盗が入ったとかは?」

「ありませんよ。」

「という事は、もしあの斧を手に取ったのがサイキ嬢と一緒にいた時でないとしたら、被害者が部屋に一人でいた時、何の事件も起きていたわけではない時に、斧を壁から取っていたって事ですよね。ならその時、被害者はどういう心理だったんでしょう?というか、被害者は何の為に斧を手に取ったんでしょう?」

「・・・・?」


「手入れをする為ですよ。他に考えられません。被害者は誰も部屋にいない時に斧を壁から外し、砥石で研いで油を塗り、刃を撫でまわしながらその美しさに魅入り、その斧の使用された負の歴史に想いを馳せていたに違いありません。なんて美しい斧だろう。いつか自分もこれを使ってみたい。この部屋に泥棒が侵入してくれればいいのに。そうすれば、正当防衛のフリをして人を殺す事ができる。そう、いつもいつも思っていた人が、そのチャンスがいざ訪れた時にためらったりなどするでしょうか?」


「なるほど!そうですね。その通りだ!」

目の前に浮かんで来そうなほどリアルな話に、クレイン卿は何度も何度もうなずいた。

本当の事を知っている僕でさえ、五瞬は騙されるリアリティーさがあった。



「よくあれだけ、作り話がぽんぽんと口から出て来るもんだな。」

クレイン卿が嬉しそうに帰って行った後、僕はエメラインにそう言った。


「あったりまえでしょ。今更嘘がバレたら、私だって偽証罪に問われるのよ。何が何でも嘘を貫き通さなきゃ。」



裁判の前日。

僕はクレイン弁護士とジェラルドと一緒にサイキに会いに行った。

真夏だというのに石造りの拘置所は何故か寒々しかった。

ものすごく汚いとか、悪臭が漂っているというわけでもないのに、何というかこう、人の精気を吸い取るような負のオーラが立ち込めているのだ。

そして事件からそれほど長い期間が経ったわけではないのに、ふっくらとしていたサイキの頬はガリガリにこけ、目の下には大きな隈ができていた。

ジェラルドの励ましの言葉を涙を浮かべて聞いていたが、僕達が帰る時になってぽつんと

「あの人が斧を振り上げたという事を信じてもらえなかったら、私は死刑になるのかな。」

とつぶやいた。


僕は何を言って良いのかわからなかった。

読んでくださり本当にありがとうございます

次話よりまた、視点がエメラインに戻ります

ハウエルの家庭の事情について、女子会で盛り上がる予定です

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