弁護士との面会(1)
翌日。
アーチーボルトの父ウィルフレッド・クレイン弁護士がサイキに面会に行った。
僕も行きたかったし、アーチーもついて行きたがったが、サイキを動揺させるという事で断られた。だから、サイキの告白はクレイン卿を通して教えてもらった。
と言っても、サイキの話はエメラインが話した事とほとんど違っていなかった。
デライラ・ハワードの名前は、母親が残した遺書で知ったそうだ。そして、友人である僕がハワード家の別荘に呼ばれたと聞き、顔を一度見てみたいと思って無理強いして僕について行った。
そして、デライラ夫人の指に母の形見の指輪がはまっているのを見てしまった。
デライラ夫人の部屋を訪ねた時には勿論殺意など無かった。ただ、指輪を返して欲しかっただけだ。
サイキは食事が終わった後、友人達が談話室を出たタイミングで一緒に出て行き、一旦部屋に戻ったがすぐに部屋を出てデライラ夫人の部屋へ向かった。
夫人の部屋をノックすると
「お入り。今日は早いじゃないの。」
と言われびっくりした。デライラ夫人は嫁が来たと思い込んでいたのだ。
サイキの告白はそこまでは滑らかだったが、それからはつっかえつっかえになった。
サイキは、母親を覚えているかと聞いた。デライラ夫人は急に激昂し、サイキの母親をひどく侮辱する言葉を吐いた。
サイキは母親の指輪を返すよう言った。返さないなら訴えるとも言った。
「そしたら・・とても・・・とても怒り出して・・斧を・・・。」
「振り回したのか?」
「そ・・・そうじゃないけれど、私・・怖くて、怖くて、後ずさって・・机にぶつかって・・・つ・・机の上に銃があって・・もう無我夢中で・・・。」
「それで?」
「覚えてないんです。もう・・頭の中が真っ白になってしまって・・き・・・気がついたら、床に彼女が倒れてて・・私のいる方にはってきて・・・。」
肝心な所に話が及ぶと、よく覚えていないの一点張りだったそうだ。
デライラ夫人は、サイキの名前を血文字で床に書いたそうだ。それを消してしまわないとと思って、落ちていた斧でデライラ夫人の腕を切り落とし、流れ出る血で血文字を消した。その後指輪を抜こうとしたが、指輪が指から抜けなかった。もたもたしているとまた誰かが来るかもしれない。そう思って、デライラ夫人の右手をデライラ夫人が腰に巻いていたベルトで足に巻いて持ち去る事にした。
「それから?」
「すぐに部屋に戻ろうと思ったのだけど、渡り廊下にエディスとアーチーがいたんです。だから、通れなくて。どうしようと思っていたら、メイドさん達が来て、慌てて洗面所に隠れました。そしたらどんどんどんどん人がやって来て、みんなが部屋の中を覗き込んでいたから、こっそりとその中に紛れ込んだんです。」
サイキの舌は再び滑らかに動き出した。
「その時、正直に告白しようと思わなかったの?」
「だって、信じてもらえるわけありません。大人はみんな私達若い人間は悪い事をすると思っているんです。それに、あそこにいた人達はみんなハワード家のお客です。私が、『あの人は私の母を脅迫していたんだ』と言っても、ミスター・ハワードが『母はそんな事をする人じゃない』と言ったら、私よりミスター・ハワードを信じるに決まっています。そしたら私、あの場で殺されていたかも。それに・・それに、ハウルや他の友人達に母の自殺の原因を知られたくなかったんです。」
「そうか。」
「それに、警察に捕まったのはスーリン夫人だったし。私だって、エディスやアーチーが殺人犯として捕まったのだったら、黙ってなんかいませんでした。でも私、スーリン夫人もグルだったんだとばっかり思っていたから。・・・だから、構わないと思って。母を自殺に追い込んだのだから、死刑になったとしても天罰だと思って・・・・。」
「君のお母さんが自殺したのは十年前だろう。スーリン夫人がハワード氏と結婚したのは七年前なんだよ。」
「・・・・知りませんでした。私・・私・・・。」
以上の話を聞いて、ジェラルドもアーチーもエディスもキャロルも涙ぐんでいた。
僕はというと、よく話を上手く組み立てたな。と感心していた。
最初の部屋を訪れるまでのくだりや、デライラ夫人の部屋を出た後の話などはたぶん本当の事なのだろう。その辺りの話に信憑性があるから、話全体がなんとなく本物っぽくまとまっている。
問題は最初から殺意を持っていたかどうかだが、「殺意はなかった」という言葉は本当なのではと僕は思っていた。もし、最初から殺意を持っていたのなら、もう少し違う殺し方をしたと思うのだ。自殺に見えるようにとか、強盗に襲われたように見えるようにとか。
だいたい凶器の銃も被害者の物で、サイキ自身は凶器になる物を何も持って行っていなかったのである。
「サイキは、いつ戻って来られるのですか?」
とジェラルドがクレイン卿に聞いた。
「裁判が終わってからだよ。」
「どうして?『正当防衛』なのに。」
「正当防衛だったと、裁判官や陪審員が判断してくれなければ、戻っては来られないんだ。」
「裁判官が『正当防衛』だという事を認めてくれる確率はどのくらいなのだ?」
と僕は聞いてみた。
「私は最善を尽くすつもりです。」
「誤魔化すのはやめてくれ。適当な言葉で丸め込まれるほど僕達はもう子供じゃない。裁判官がサイキの話を信じるかどうかが知りたいんだ。」
本当は『あなたは』その話を信じたのか?と聞いてみたかった。しかし、皆がいる中で聞くわけにはいかなかった。
クレイン卿は僕の目をじっと見て言った。
「正直わかりません。」
「・・・・。」
「検察側は様々な申し立てをしてくるでしょう。サイキ嬢は『頭が真っ白になって』とか『何が何だかわからなくなって』という言葉をやたら繰り返していますが、その割に彼女の行動は冷静です。スーリン夫人がハーブティーを持って行った時には、カーテンの中に隠れて訪ねて来ている事を隠したり、ダイイングメッセージを腕を切断する事で消したり、腕を運びやすい長さで切断したり、計画的に見えない事もありません。それにどのような事情があったにしろ、腕を切断し現場から持ち去るという行為があまりにも残酷で猟奇的です。そして何より、斧を持ち出して来られた、という事は彼女が言っているだけです。マニキュアが壁についていた事が唯一の証拠ですが、そのマニキュアが斧を手に取った時ついたという事を証明する事はできません。別な時についたのかもしれないと、検察は必ず言って来るでしょう。殺害される直前まで、ついていなかったという事を誰かが証明してくれたら良いのですけどね。」
「・・・そんな。」
と言ってジェラルドがうなだれた。
「とにかく。あの老婦人がどういう性質の人間だったか、証言してくれる人を私は探してみるつもりです。被害者が非道の人だったという事が証明されれば、サイキ嬢への同情が集まります。一般的に言っても陪審員は若い女性の犯罪者には同情的なものですし。」
「それは家の中に閉じこもって、刺繍とかレース編みばっかりやっている若い女にはって事だろう。男友達がたくさんいて、観劇やカクテルパーティーが大好きという若い女に対して、大人達はいつだって批判的じゃないか。」
僕のセリフにクレイン卿は肩をすくめた。
それから間もなく、裁判に先立って検死審問が行われた。
僕は証言をするよう審問に召喚された。




