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ストルゲー・フォレスト殺人事件  作者: 北村 清


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16/23

計画

部屋に戻ると、荷物の整理が終わったらしいアーチーボルトとエディスが話をしていた。


「デライラ夫人の右手見つかったらしいぞ。」

とアーチーボルトが言った。アーチーは、僕の両親や自分の母親がいるところでは僕に敬語を使うが、二人きりでいる時や友人達といる時はタメ口だ。僕がそうしてくれと彼に言っているからだ。


「あー。そういえばその話さっき出なかったな。サイキがどこにあるのか告白したのか?」

「そうらしい。」

「夜の間に、アプリコットの木の下に埋めていたのですって。」

とエディスが言う。アプリコットの実がまずくなるような話だった。今朝の朝食にアプリコットが出たのだけど・・・。


「ダイヤの指輪とルビーの指輪は指についたままだったって。もう一つのトルマリンの指輪はサイキが隠し持っていたらしいわ。スーツケースの隠しポケットに入れていたらしいの。」

「二人共、知ってたか?殺されたばーさんの人間性?」

と僕は聞いた。


「人格者ではない。というのは聞いていたわ。」

とエディスが言った。

「でもまあ、社交界にはそういう人多いから。ただ、あそこまでひどいとは思っていなかったわ。デライラ夫人は元貴族だけど、富豪の平民と結婚して、いわば『平民落ち』したわけでしょう。だから、元々の自分と同じくらいの階級の人に当たりがキツいとは聞いていたわ。お金の力をかさにきてね。」

「僕はハワード氏の前妻達の話を聞いていた。」

とアーチーボルトが言った。


「前妻『達』?」

「一番最初の奥方は、デライラ夫人のいじめに耐えかねて自殺したそうだよ。この別荘で亡くなったんだって。二番目の奥方はハワード氏が仕事で長く留守にしている間に家出して二度と戻って来なかったらしい。どうやら妊娠していたらしいんだが、お腹の子供の命の危機を感じるような何かがあって逃走したとか。スーリン夫人は三人目の奥方だったそうだ。」


三人目の被害者と呼ぶべきではないだろうか?


ハワード氏は資産家ではあるが、平凡な顔のおっさんだ。よく三人も次々と『被害者』を見つけられたものである。


「そういう話、先に教えておいて欲しかったなあ。」

「そりゃ、ハウルの結婚相手がデライラ夫人だったら話したけれど。」

「気色の悪い事を言うな!」

「はいはい。でもな。デライラ夫人だけが奥方達の不幸の原因とは限らないぞ。結局はハワード氏が守りきれなかったって事だし。デライラ夫人の姪のミス・アンブローシアも明らかにマトモじゃなかったしな。」

とアーチーボルトが言った。その横でエディスがため息をついた。


「そういえば、事件のせいで計画失敗しちゃったわね。」


「何の計画?」

と僕は聞いた。


「ハウルとレディー・ハーグリーヴスの婚約解消計画よ。その為に私もキャロルもついて来たんでしょ。キャロルは風邪気味なのに無理して来たんだから。さっさと帰れる事になったのは、むしろ良かったわ。」

「いや、婚約同意書にサインする前に事件が起きて、サインしなくて済んだのだから成功さ。どうした、ハウル?暗い顔して。」


「さっき『結婚相手がデライラ夫人だったら』って、アーチーが言ったのにギョッとなって。下の下な女と結婚させられるくらいなら、エメライン嬢はけっこうマシな相手だったのではないかな・・・って。」


「けっこうマシ?何言っているのよ。彼女はハウルなんかには勿体ないような素敵な女性よ。教養があるのに控えめで、常識があって人生経験が豊かで浪費家でもなく浮気とかしそうにない。領地経営だろうと事業経営だろうと、どんと来いなタイプ。公爵家や王族にだって彼女なら嫁げるわよ。」

「レディー・エメラインが立派な女性だから、彼女と結婚したら伯爵家の後継者にされてしまうってんで、婚約解消しようとしていたんだろう。今頃何言ってるんだ?」


「そ・・それはそうだが。」

「会ってみたら惚れたのか?彼女に?」

「う・・えっと、その・・・。」

「まあ!それはご愁傷様。彼女の中でのあなたの印象は最低を通り越して最悪なはずよ。いえ、超最悪。もしくは超超最悪。」

「言うなーっ!」

僕は頭を抱えた。


「でも、恋愛小説だと、最初大嫌いと思った相手とだんだん恋に落ちて行く。ってパターン多くないか?嫌いな相手の好感度はもう落ちようがない。上がって行くだけだからって。」

と僕は言ってみたが。


「現実と小説をごっちゃにするなよ。」

「私は一度無理って思った相手は、もうどうしたって無理。最初に『あ、この人とは合わないな』って思った人とは結局努力してみてもやっぱり合わない。だから第一印象って大切よ。」

と畳みかけられた。このカップルはよーっ!


何とかハワード氏にこの結婚をまとめて欲しいとお願いするしかないと思うが、ハワード氏も今はそれどころではないだろう。まずは、母親の葬式をあげなくてはだし。


そう思いつつ部屋を出て、エントランスの方に歩いて行ってみると何か賑やかな声が聞こえて来た。

覗いてみると、スーリン夫人が捜査官に連れられて戻って来ていたのだ。

ナサニエルが母親にしがみついて、おんおんと泣き、スーリン夫人は息子を抱きしめ、その二人をハワード氏が抱きしめて号泣していた。


サイキが連れて行かれてしまった事は正直辛いけれど。

スーリン夫人が戻って来て良かった。と思った。


エメラインの言っていた言葉が脳裏によみがえった。


『罪の無い人がむごい方法で殺される。これを超える悲劇はありません。』


冤罪による死刑ほど、この世にむごい死因は無いだろう。


本当に良かった。抱き合っている家族を見てそう思った。


そして思った。

この光景、エメラインにも見せてあげたかったな。


きっと彼女は、ちょっとニヒルな表情で、でも嬉しそうに笑った事だろう。


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