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ストルゲー・フォレスト殺人事件  作者: 北村 清


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15/23

真実

ぎくっ!として僕は振り返った。


ドアの側に、エメラインが腕を組んで立っていた。怒っているような困惑しているような。そういう表情だ。


僕はエメラインを真っ直ぐに見つめた。そしてエメラインに向けて手を突き出した。僕はエメラインのベッドの側のテーブルの上に置きっぱなしになっていた、エメラインの白い絹の手袋を握りしめていた。


「さっき、デライラ夫人の部屋で君の話を聞いていた時、妙だと思ったんだ。君はデライラ夫人の、マニキュアの小瓶を手に取った時手袋をはめていた。それ自体は妙じゃない。殺害現場に残された遺品には、指紋を残さない方が後々良いに決まっているものな。なのに君は、壁のシミを指差した時には手袋を外していた。まだ、手にはマニキュアの小瓶を持っていたし、その後壁にかけられた斧にも触ったのにだ。」


壁のシミを指でさした時、ああ、エメラインは爪に色を塗っていないのだなあ、と思ったのだ。それはそれで清楚で可愛いと思った。僕は、若い女の子の口紅の色とかマニキュアの色とか、つけているとかつけていないとか、そういう事はチェックして忘れないタイプなのだ。


「そして、思った通りだった。この手袋の人差し指のところに紫色のマニキュアがついている。このカラーは間違いなく、デライラ夫人のつけていたマニキュアの色だ。あの時、壁のシミを探すフリをしていた時に、君が壁につけたんだな。」


それは恐ろしくなるほど、大胆な行動だった。


エメラインは手袋をはめてマニキュアの小瓶を手に取り、シミを探すフリをしながら、マニキュアを少し手袋の人差し指につけ「ここだ」と言っている時に壁になすりつけ、そして手袋を脱いだのだ。

あの時、部屋中の人間がエメラインに注目していた。警察の捜査官達もいた。その中でそれだけの行動を堂々ととったのである。


そして、そうなると事件の構図は180度ひっくり返る。


正当防衛ではない。

この事件は殺人なのだ。デライラ夫人は斧になど触ってはいない。激昂したサイキが悪意を持ってデライラ夫人を射殺したのだ。


「何故、こんな事を・・・?」


「私はね。あなたよりは、あのばーさんがどういう人だったかというのを知っているの。あのばーさんは、いつか絶対誰かに間違いなく殺される。そういう人だったのよ。」


エメラインは僕の側に歩いて来て僕の手から手袋を取った。僕は抵抗しなかった。


「私だって随分と嫌な思いをさせられたわ。だけど、遺跡の発掘費用をハワード家に出してもらっている以上、あのばーさんとは手を切りたくても切る事ができない。本音を言えば、あのばーさんを自殺に見せかけて殺す方法はないものだろうかと十個くらいのパターンをここに来るまでの間に考えていたくらいよ。」

「なるほど。だからサイキの事をかばってやろうと思ったのか?」


「かばってなんかいないわよ。私は警察が何もかも私の言う事を鵜呑みにして疑わないから、違うパターンもあるのだという事を指し示してあげただけ。それが本当に正しいのか?他のパターンはないのか?確認と検証をしてみるのは警察の方の義務ではないの?

それに、サイキ嬢の方が私の言う事を全否定するかもしれないじゃない。あのメガネ女が何を言っているのかわからない。あの腐り切った女を殺してやりたかったからこの手で殺してやったのだ。正当防衛なんかではなく復讐なのだ。あのばーさんを殺したから私を死刑にするというならすればいい。こんな世界に何の未練もない。亡くなったお母様とお父様がいらっしゃる場所に早く私も行きたい。と、そう言うかもしれなかったじゃないの。」


それはないな。

と僕は思った。


サイキは生きる事を愛していた。

美しいドレス。甘いお菓子。ダンスパーティーに観劇、テニスにアスコット。友達との談笑。そういうものが大好きだった。


それにもし、エメラインの言う事を否定するなら、既にとっとと否定しているであろう。しかし、そうはしなかった。誰にも話しかけられないように大声で泣き真似をしていた。

サイキはあんなこれ見よがしに泣き叫ぶタイプの女の子ではない。

しくしくとか、さめほろと泣くタイプだ。

あれは間違いなく嘘泣きだった。


あの展開には誰よりもサイキ自身が驚きだったのではないだろうか?


僕達の住んでいるこの国では、殺人を犯した者はだいたいにおいて死刑になる。殺した人数や階級に関係無くだ。


だが逃れ道があると気がついた時、サイキはそれに飛びついた。あの時泣き真似をしながら、エメラインの話に辻褄は合うか、どう言えばより『正当防衛である』との信憑性があるか打算を駆け巡らせたに違いなかった。


エメラインは手首をひるがえして手袋を暖炉の中へ放り込んだ。絹の手袋は一瞬で燃え上がった。これによってエメラインが、壁にマニキュアを塗りつけたという証拠は無くなった。その為に暖炉に火を入れていたのだと僕は気がついた。


僕は感動していた。


元々、サイキを告発しようという気持ちは全く無かった。サイキは友達だ。殺された女の方が悪女だった。だからサイキを助けてあげたいと思っていた。ここへ来てエメラインを問い詰めたのは

「自分だってちょっとは頭が良いんだぞ。」

というところをエメラインに見せつけてやりたかったからだ。


警察の捜査官も気がつかなかった事を自分だけが気がついた。それを知ればエメラインも少しは僕の事を見直すだろう。


そして、そんなふうに考えたのは僕がエメラインの事を好きになってきていたからだ。彼女は清濁を合わせ飲める人間なのだ。賢いだけでなく優しい人なのだ。甘くはないけれど感情移入ができる人だった。義に叶った人だったが義に過ぎる人ではないのた。


「ハーグリーヴス様。馬車の用意ができました。」

と執事がエメラインを呼びに来た。


「馬車までエスコートするよ。」

「けっこうです。あなたと二人きりで部屋の中にいた事を父やハワード氏に知られたくないから。」


エメラインはスーツケースを持って部屋を出て行った。


「またな。」

と僕はエメラインに声をかけた。しっかり、無視されたけど。


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