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ストルゲー・フォレスト殺人事件  作者: 北村 清


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13/23

疑問(1)

エメラインは、マニキュアの小瓶を持ったまま壁の方へ歩いて行った。デライラ夫人の腕を切断した斧がかけてあった壁だ。腕を切断するのに使用した斧は捜査官が持って行ってしまったが、全く同じ物がもう一本壁にかかっている。二本の斧はXの形でかつて壁にかけられていたそうだ。

エメラインは壁にかかっている斧のすぐ下の辺りを見ていた。


「私、目が悪いから。」

と言いつつメガネを指で押さえている。やがて「あった、あった」と言いつつその場にいた人達の方を振り返った。エメラインは蔓草が描かれた壁紙の一点を指でさしていた。


「こんな所にマニキュアがついているんです。」


そう言って、手に持っていた小瓶を掲げた。


「見てください。同じ色です。」


確かに。壁紙に小瓶の中身と同じ紫色のマニキュアがついていた。


「いったい、このマニキュアはいつ、ついたのだと思いますか?」


質問の意図がわからず僕は首をひねった。


「この一週間以内だろう。」

と僕は答えた。

「一週間前に発売されたばかりの新色だから。」

「へえー。」


エメラインは感心したようにそう言った。どうやら知らなかったらしい。

ま、当然かもしれなかった。マニキュアを爪に塗る、という習慣がエメラインには無いようだった。壁紙の一点を指でさす彼女の人差し指の爪には何の色もついていなかった。

彼女の知らない事を僕が知っていた。というささやかな事に、ささやかな事ではあるが勝った!という気がして僕は嬉しかった。


「いつ、ついたのかと言うのなら、そりゃあそこにあった斧を取った時ではないのか?」

とアーチーボルトが言った。確かにマニキュアは、ちょうど斧の柄のあった辺りについている。


「じゃあ、いつデライラ夫人は斧を手に取ったのだと思いますか?」

「そんな事はわからない。まあ、この一週間以内のいつかだ。」

発売されて一週間なのだから確かにそうだろう。


「範囲は限られます。マニキュアを塗っている最中か直後です。ようするに、爪にマニキュアを塗って乾くまでの短い間です。そして、スーリン夫人の証言によると、昨日の夜九時にハーブティーを持って行った時、デライラ夫人は爪にマニキュアを塗っていたのだそうです。実際、このマニキュアの瓶。蓋が開きっぱなしになっていましたから。おそらくデライラ夫人は犯人と対話しながら、爪に色を塗り続けていたのでしょう。そして塗っている最中か、塗り終わった直後に殺害されたのです。」

「なるほど。なら、斧をつかんだのは犯人に銃を突きつけられた時か。身を守ろうとしてつかんだのかな?」

「ミスター・クレイン。人間は銃を突きつけられて『動くな!』と言われたら、もう絶対動かないものですよ。」


「・・・なら、銃を突きつけられる『前』。」

アーチーボルトがつぶやいた。その瞬間、何人かの人間が息を飲んだ。


アーチーボルトもジェラルドもエディスもキャロルも、雷に打たれたかのように立ちつくしている。


しかし。

恥ずかしながら僕には、皆が何をびびっているのかわからなかった。わかったのはジェラルドの発言を聞いた後だった。


「斧を振りかざされたから銃を撃ったというのなら、『正当防衛』じゃないか!」


「あっ!」

と僕も声が出た。そう言われたらそうである。

違う事に意識が飛んでいたので、気づくのに少し時間差が生じてしまった。


「ま、その人にデライラ夫人を殺す動機なんて無いですからね。何か不名誉な事があって脅されていたのはその人の親であって、その人自身に何か不名誉な事があったわけではないのですもの。指輪を取り返したければ殺さなくても、出るトコに出ればいいんですものね。そうなれば破滅するのはデライラ夫人の方だわ。脅迫で得た物を取り返され、社会的な信用も失い、もしかしたら役人に捕まって実刑だってくらうかも。たとえ懲役十年でも、デライラ夫人の年なら終身刑と同じようなものだものね。」


そう言いつつエメラインは、壁にかかっていたもう一本の斧を

「よいしょ。」

と言って手に取った。


「けっこう重いわ。」


という声はジェラルドの大声にかき消された。


「ああ、サイキ!可哀想に。何て事だ。どんなに恐ろしかった事だろう。そんなひどい目に遭っていただなんて!でも、どうしてすぐにその事を話してくれなかったんだ⁉︎」


「口を挟もうにも、ミス・アンブローシアとあなたの友達のその女が、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうるさかったじゃないの。」

と言ってエメラインが鼻で笑った。


「それに信じてもらえないと思ったのではないの。自分で言ってて、正直自分でも信じられないもの。あんな干からびたシワシワでヨボヨボのおばあさんに本当にこのけっこう重量のある斧が振り回せたのかしら?」


そう言いつつエメラインは斧をテニスのラケットの素振りのように振り回し始めた。


エメラインが一歩前へ出ると、エディスは三歩後ずさった。キャロルはエディスの後ろに隠れている。


「人間って、いざとなったら信じられないような力が出るものよ。うちのお母様だって、ティーカップより重い物を持った事のない人だけど、湖水地方のホテルに泊まっててホテルが火事になったとき、階段を転げ落ちて足をねんざしてしまったお父様を背負って、ホテル外へ走ったのよ。」

「それに振りかざさなくても、そうやって斧を持って近寄って来られるだけで怖いわ。」

エディスやキャロルの言う通りだった。


斧を手にした人間は怖い。


その斧が現実の処刑で使われて来た過去がある。と思うと尚、怖い。


今は周囲にたくさんの人達がいるし、警察の捜査官もいるからまだ良いが、これが斧を手にした人間と二人っきりだったなら。そしてその人間が、憤怒の表情で迫って来たならば・・・・。


というか、今気がついたがこの斧、裏面にまるで人の顔みたいな模様がついている。三日月のような目と笑っているような口だ。気色悪っ!マジで気色悪っ‼︎


「エメル。危ないから斧を戻しなさい!」

とハーグリーヴス博士が大きな声で言った。


「でも、死体の爪のマニキュアにかすれている所なんかあったかな?」

と捜査官がつぶやいた。


「かすれているとしたら、右手だと思います。人は重い物を持つ時は必ず利き手を使います。被害者は右利きでした。」

とエメラインが言った。そして被害者の右手は今持って行方不明だ。


サイキのすすり泣きが号泣に変わった。


それと同時に部屋の空気感が一変した。

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