真相(3)
エメラインはまず、スーリン夫人のドレスに返り血がついていなかった事を話した。それからアーチーとエディスの目に留まる事なく渡り廊下を渡る方法を説明し、最後にデライラ夫人の右腕にまつわる話をした。全てを聴き終わって最初に口を開いたのはジェラルドだった。
「違う!サイキがそんな事をするわけない!」
そう言ってサイキの前に立ち塞がり、エメライン嬢を睨みつけた。
「サイキは、ハワード家の人達とは初対面だと言った。それなのに、そんな事をするわけがない。絶対にない!」
「初対面というのが嘘だったんでしょう。何もかも嘘だったのよ。」
と叫んだのは何故かマデリーンだった。
「靴が血塗れなのが何よりの証拠じゃない。だいたい私は最初からあんたを胡散臭いと思っていたのよ!ああ、何てことなの!恐ろしい。気持ち悪い!こんな女と一瞬でも知り合いだっただなんて!」
ものすごい手のひら返しである。数十分前まで友達づらをしていたのに、この口汚なさ。女の友情の薄っぺらさの方が一千倍恐ろしい。
「ねえ、ハウルもそう思うでしょう!私達の事を騙していたのよ。絶対許せないわ。あなたもそう思うわよね!」
と言いつつ、僕の腕にしがみ付き、上目遣いで僕を見て来る。
同意を求めるな!
許せないかどうかは、殺害の動機を聞いてからだ。
そして、しがみつくな。
ハーグリーヴス博士の僕を見る目が底光りをしているではないか。
「ガイ。あなたの責任よ!あなたが、こんな不良共をこの屋敷の中に招き入れたから。」
とミス・アンブローシアがハワード氏に向かって叫んだ。
「そもそも、まともじゃないわ。婚約者との顔合わせの席に家族が誰も来なくて、代わりに女を四人も連れて来るとか!良識ってものをわかっていないのよ。」
うわー。こちらに非難の矢が飛んで来た。
それとこれとは、今関係無いのではないだろうか?
だいたい、エメラインはまだ自分の推理を披露しただけだ。それが本当に合っているどうかはわからないのだ。サイキは別にやったとも、やってないとも一言も言っていない。ここでエメラインが
「というのは冗談でー、本当の犯人はー。」
とか言い出したら、このおばさんどうするのか?
僕は何とかマデリーンを振り払ってサイキに聞いた。
「サイキ。どうなんだ。君の口から真実が聞きたい。やってないならやってないと言ってくれ。もしやったというなら動機が知りたい。いったいどうなんだ?エメルの言う事は当たっているのか?」
「愛称呼びはやめてください。何で突然、距離を縮めて来るんですか?」
ものすごく嫌そうな顔でエメラインが言った。それ、今言う事か?
「否定するなら、靴の中の血を調べてみるだけです。今時の科学力なら、いったい誰の血液なのか個人の特定は簡単にできるんですよ。」
とエメラインがサイキに言う。
「・・そうよ。私が殺したのよ。」
サイキがうつむいて、消え入りそうな声で言った。
「私があの人を撃ち殺したの。」
自白が早かったな。
ちまたによくあるミステリー小説だと、殺人犯ってこれでもか、というほど言い訳を繰り返し、探偵がそれを一つ一つ潰していくというのが様式美。といったイメージがあったのだが、現実の殺人犯は罪を認めるのが超早かった。
その靴は、昨日誰かに盗まれたの。
とかいろいろ言い訳するかと思ったんだけどなあ。
「ああ、可哀想なデライラ伯母様!ガイとスーリンが殺人犯なんかを家に招き入れたばっかりに!」
とミス・アンブローシアが叫んだ。この人、やたらハワード氏をディスるよな。
「どうして、そんな事をしたの⁉︎」
とエディスが聞いた。
僕もすごくそれが知りたい。でないと不安だ。
エメラインが少し前に「動機なんてものは、犯人をとっ捕まえた後で拷問にかけてゆっくり聞き出せばいいんです」と言っていたから。
この部屋、そういう道具がとても充実しているし。
「あの女が、私のお母様を殺したからよ!」
とサイキは言った。
「お母様を?実のお母様の事?でも、あなたの本当のお母様は確か自殺なさったのでは・・・。」
とエディスが言った。
僕もそういうふうに聞いている。
サイキの実の母親はサイキが幼い頃に毒を飲んで自殺した。妻を深く愛していた父親は、ショックで酒浸りになり、ある冬の日雪の降る中バルコニーで酒を飲んで眠り込み発見が遅れて凍死したという。
サイキはその後、リノーファー家の養女になった。
「あの悪魔のような女にお母様は脅迫されていたのよ。それでお金をゆすり取られて、お父様から頂いたトルマリンの指輪まで奪い取られて、何もかも奪われて、ついに払うものが何も無くなって、それを苦にしてお母様は自殺なさったの。」
僕はエメラインから聞いた、ダドリー・ゲイルというクズ野郎の事を思い出した。そいつとサイキの母親は何か関係があったのだろうか?エメラインはそのクズの話まではここにいる人達にしなかった。
そしてやっぱりサイキは指輪が欲しかったのかと思った。
デライラ夫人がしていたバイカラーのトルマリンは赤色と緑色だった。サイキは赤い髪に緑色の目をしている。死んだ母親も同じ色の髪と目をしていたのかもしれないと思った。
「あの伯母様が、脅迫なんかするわけないじゃない。勝手な事を言わないで!」
とミス・アンブローシアが怒った。
「それに、もしも、万が一にもおまえの母親が脅迫されていたのだとしたら、おまえの母親は脅迫をされるような女だったって事でしょう。汚らわしい!」
僕は一瞬うなずきそうになってしまい、慌てて首の筋肉を引き締めた。
どう考えても脅迫は、する方が『悪』だろう!盗人猛々しい女だ!
ただ、不思議ではある。普通にゲイルという野郎と恋愛関係にあったくらいだったら、脅迫なんかされないと思う。脅迫されていたという事は何かもっと普通でない事が関係していたのだろうか?
好奇心はうずいたが、その秘密を守る為にサイキの母親は死んだのだ。だから聞くべきではないだろう。そもそもサイキも脅迫されていた内容までは知らないという可能性もある。
「お母様が汚らわしいですって!そんな事絶対言わせない!」
サイキが涙目になって叫んだ。
今まで見た事もないほどのサイキの怒りようだった。サイキの手に銃があったら、ミス・アンブローシアが撃ち殺されるのでは、と思えるほどだ。
「怖いー。」
と言いつつ、またマデリーンが僕に引っ付いて来る。やめんか!
エメラインに白い目で見られたくなくてエメラインの方を見たが、エメラインは白い絹の手袋をはめた手で、ベッドの横のサイドテーブルの上にあったマニキュアの小瓶をつまんでいた。
ほっとしたような、悲しいような複雑な気持ちだ。
「汚らわしいものは汚らわしいのよ!伯母様だって、きっとそう言ったはずだわ。」
「そうよ。だから、あの女に・・・。」
「ダドリー・ゲイル。」
とエメラインが言った。
サイキはびくっ!となって黙り込んだ。紅潮していた顔がみるみる蒼くなっていく。
やはり、サイキの母親はダドリー・ゲイルと関わりがあったらしい。
「さっき、私の推理は全部話しました。」
とエメラインは言った。
「でも、私には一つ、どうしてもわからない疑問があるんです。」




