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ストルゲー・フォレスト殺人事件  作者: 北村 清


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10/23

真相(1)

「知らん。」

「有名な役者だったんですけれど。」

「男の役者に興味無い。」

「ある意味清々しい人ですね。貴方は。」

「その男がどうしたんだ?」


「ダドリー・ゲイルは若い頃はとても人気のある舞台役者でした。しかし、女性にだらしがない人でした。そのせいで敵が多かったし、自堕落な生活を送っていたせいで、年を重ねると急激に顔が劣化しました。でも人気や仕事が無くなっても贅沢な生活はそうそう変えらるものではありません。ゲイルは金銭面で困窮しました。金に困ったゲイルは考えました。自分の女性遍歴や芸能界の裏事情を公表して出版し金に換えようと。ゲイルの元恋人達にしてみたらたまったものではありません。ゲイルとは綺麗さっぱり別れて新しい家庭を築き穏やかに暮らしていた人もたくさんいたのです。ゲイルは、自分の書いた物をハワード家の新聞社に持ち込みました。しかし、デライラ夫人はその情報を新聞には載せませんでした。もっと邪悪な目的に使用したのです。」

「邪悪な目的?」

ハウエルは首をかしげた。


「脅迫です。ダドリー・ゲイルとの関係を公表されたくない人達を脅して、情報や金品を奪い取り、更に精神的な支配下においたのです。」

「マジかー。」

ハウエルは貴族の若君らしからぬセリフを言いため息をついた。


「孫の背中から血が噴き出すほど鞭で打った事といい、なんかろくでもないばーさんだったんだな。」

「貴方の親戚でしょう。知らなかったんですか?」

「親戚と言っても、継母の親戚だから、僕はほとんど会った事がなかったんだ。」

「新聞社がどれほど儲かるのかはわかりませんが、あの大きさのダイヤやルビーはそうそう買えるものじゃありません。バイカラーのトルマリンも凝った細工でとても美しい物でした。もしあれらの指輪が脅し取られた物だとしたら、持ち主は何としても取り返したいと思うものなのではないでしょうか。」


「ダドリー・ゲイルって何歳なんだ?」

とハウエルは聞いた。

「10年前に45歳で死んでますから生きていたら55歳ですね。」

「だったら、やっぱりサイキは犯人じゃない。10年前は8歳なんだから。」

「まあ、犯人でないというのなら、その証拠はちゃんと出て来ると思いますよ。」


私はそう言って、窓の外のユリ畑を見つめた。

ハウエルもユリを見ながら、悲しそうな声で言った。

「あんな美しいユリを育てている人は、ユリのように清らかな心の女性だと思っていたよ。なんかショックだ。」

「『鬼もあり、姫もありけり、百合の花』と言いますからね。」

「何だ、それ?」

「極東に伝わる詩ですよ。鬼百合という名前のユリもあるし姫百合という名前のユリもある。社交界もそうでしょう。美しい花畑のように思えても、そこには姫もいるし鬼も魔物もいます。」

「デライラ夫人か。」

「犯人もです。」

「君はどっちなんだろうな?」


突然意地の悪い顔をして、ハウエルが聞いて来た。


「『姫』なのか『鬼』なのか?」


「私は正義の味方なんかじゃないし、冷酷にならなければならないシチュエーションではどこまでも冷酷になれる女ですよ。」

「それは怖いな。」

「そう思うなら、どうぞ婚約を解消してください。そして素敵なお姫様と結婚してください。」


そう言った時。


「ハーグリーヴス伯爵令嬢!」

と言いつつ警察の捜査官が、こちらの方へ走って来た。


「確認が取れました。」


「確認?」

と言ってハウエルが首を傾げる。


「姫君がおっしゃったように、スーリン・ハワードの靴からは血の跡が見つかりませんでした。」

「やはりそうでしたか。」

「今から、全ての女性、いえ男も含めて全ての人間の靴を確認します。」


「何の話だ?」

と、ハウエルは聞いた。


「血の跡って何だ?返り血か?」


「犯人は『どうやって』右腕を持ち去ったと思いますか?」

「そりゃあ、ポケットか何かに入れて。」

「現時点で、容疑者は皆女性です。女性のドレスには、男の上着みたいに大きなポケットはありませんよ。」

「そうなのか。じゃあ、どこに?」

「ここですよ。」

私はスカートを持って裾をふくらはぎの辺りまで上げた。


「うぉっ!な・・何をしているんだ、おまえ。はしたない。」

「この程度で赤くならないでください。貴方だって一度くらい、人妻と密会していたら急に夫が登場して、人妻のスカートの中に隠れたとかいう経験をした事あるでしょう?」

「ねえよ!一回も無いわ!というか、その具体的な話は何だ⁉︎君は遺跡の発掘現場で男をスカートの中に入れてやった事があるのか⁉︎」

「無いですよ。発掘現場では、いつもズボンを履いていますから。そんな事よりですね。犯人はスカートの中に右腕を隠したんです。」


「スカートの中に?どうやって?」

「何か紐状の物で足にくくりつけたんですよ。」


ハウエルはその様子を想像してみたらしい。一瞬「ほう」と感心したような顔を見せたがその後気色悪そうに顔をしかめた。


「ただし、切断したばかりの右腕からは、どんなに血抜きしたって血が滴り落ちるはずです。血は足を伝って靴下と靴の中を血で汚したはずです。」

ハウエルがますます気色の悪そうな顔をした。


「それで、靴を確認するのか⁉︎」

「ええ、昨日の今日です。犯人はまだ、血塗れの靴と靴下を部屋に隠し持っているでしょう。ゴミ箱に捨てるわけにもいきませんし、時期的に暖炉に火をつけて燃やしてしまうという事もできませんからね。それに奪った指輪も何処かに隠しているはずです。」


警察の捜査官が捜査を始めたのだろう。ざわざわとした喧騒が本館の方から聞こえてくる。


「君は確認してもらわなくていいのか?」

とハウエルが聞いて来た。

「もうしてもらっています。そもそも私は今履いているこの靴しかここに持って来ていません。」

「淑女ならば、シチュエーションに応じて靴を履き替えるべきではないのか?」

「淑女?何ですか、それは?食べ物ですか?美味しい物ですか?」

「あのなあ、エメライン。」

「ファーストネームで呼ばないでください。エルフォード卿。」

「そちらこそ、エルフォード卿なんて他人行儀な呼び方ははやめてくれよ。ハウルと呼んでくれ。」

「お断りします。」

「君ね・・・。」

というハウエルの嫌そうな声を聞き流しつつ、私は人がたくさんいる方向に歩き出した。ハウエルも後ろをついて来る。


全員が談話室にいた。使用人達もだ。というか、証拠隠滅を防ぐ為捜査官達が一ヶ所に皆を集めておいたのだろう。


やがて一人の捜査官が

「ありました!」

と言って中敷きが真っ赤になっている靴を持って談話室へやって来た。白いリボンのついた銀朱色のその靴にハウエルは見覚えがあったようだ。


ハウエルが振り返った視線の先で、サイキ・リノーファー令嬢が真っ青な顔をして震えていた。

連続殺人ものではなく被害者が一人なので今回が折り返し地点です


次話より視点がハウエル視点になります

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