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02 - デビッド

 デビッドは、この国、近隣諸国の中でも特に牧畜産業が盛んなマル・ルガール王国のへストール王家の一番末の子で第13王子である。


 生まれてすぐに亡くなった母親は身分が低かったのだが、王妃が彼を養子にし釣り合いが取れるという事で、神殿の奥にある本殿で祈りを捧げて安寧をもたらしているという聖女バーバラとの婚約と言う慶事と共に王家の一員となった、

 この国の代々の王は夫人をたくさん持ち子だくさんであることが多かったため、デビッドもそういった子供の一人として周囲からは鷹揚に好意的に受け入れられた。


 長じてデビッドは特に王妃や兄姉たちに感謝し、自分も彼ら同様王国の為に役に立とうと思った。王妃や兄姉たちは、「そんなことはしなくていい、婚約者として聖女様と親しくし思いやってあげて」とほほ笑み諭されるばかり。


 しかし…とデビッドは思う。神殿にいる聖女バーバラは、何を話してもへらへらしているだけで、身だしなみに気を遣わないのかぼさぼさした髪にぼそぼそと喋るはっきりしない声、微かではあるが確かに生臭い匂いが漂わせている。だからかバーバラと合った後はどうしても食が進まない。


 もう少し彼女の環境を良くしたり身だしなみを整える様に言ったことはあるが、良くなったことはない。彼女自身に助言してもだめならと周囲にそれを訴えたこともあるが、誰にも相手にされなかった。仕方ないので彼女へ身だしなみの為に何らかの支度品を渡したり金銭的な補助なり援助なりが必要だろうと調査をしたが、彼女の生活費については神殿の管轄であるためデビッドが詳細を知る事やどうこうできることでは無かった。


 そんなデビッドをみて兄姉は「聖女は神殿に居るだけで尊い事なのだ。彼女が心安らかでいられるようになさい。」と言われるばかり。神官には「デビッド様、聖女様には王妃様と遜色ない予算が付けられておりますから、不自由することはありませんよ。」と言われ諭された。


 やる気が空回りした形になってしまったデビッドは、噂や書物などで見聞きした聖女が主に行う事業の一つである慈善活動をやってみようと思ったものの最初は何をすればいいのかわからなかったので、護衛に相談すると「デビッド様、でしたら神殿の者に尋ねてみてはいかがでしょうか。奉仕活動に熱心な者も少なくないですから。」と教わった。

 そこで、神殿に聖女バーバラに代わって慈善活動をしたいと尋ねたところ、大変驚かれたがデビッドの熱意が通じたのか「ではデビッド様、本拝殿への年始の参拝を行う事すら窮している孤児院を運営している小拝殿があります。そちらを訪ねてはいかがでしょうか。」と、庶民街にある小拝殿の一つを紹介され、身分が判らないように変装して護衛と共に庶民街へ赴いた。


 その小拝殿と併設されている孤児院は、食事なとは王国の畜産業に携わる本殿からの配給…主に本殿や王宮で消費されなかった肉類等がそれなりにあるので食うに困るわけではないが、どうにも人手が足りない様だった。草むしりに始まり、柵を付け替え、天井の雨漏りや窓の修繕など、デビッドは何度も何度も訪問し慈善活動にのめり込むようになった。


 特に作業の合間に寄ることが多くなった小拝殿近くの下町では、飯屋や屋台など王宮のあるいはバーバラの生臭さがついよぎってしまう食事よりも…特にタレや香辛料をまぶして良く焼いた肉は王宮で出される肉とは違う種類の為かとても自分の口に合い、串焼きだの麦粉を練って薄く焼いたものに包んだものだのと奉仕活動の度に通い詰めているうちに、その近くに住む下町の者たちとも仲良くなった。


 会えば挨拶をして、互いの日常…とは言ってもデビッドは今の自分の身分を隠してだが…を語り合ったりするほどになり、彼らはデビッドの事を信心深い裕福な家庭の息子だと思っていた。そんな風に親しくなった者たちの中の一人の女性、デビッドとそう変わらない年齢の|薬草師《薬草を育てて調合する者》のカーラとは特に仲良くなった。快活で人当たりが良く親切なカーラはその持てる知識を使って、孤児院の…草むしりをしたことで空いた場所に薬草園を作ってはどうかとアドバイスをくれた。


「あたいの扱ってる薬の材料の中にはさ、こういう痩せた土地の方が良く育つ薬草もあるんだよね。そういった薬草は魔物のいる所に良く生えるって言われているんだけど、そのせいか中々質が良いものが手に入らなくってさ。ものすごく需要があるって訳じゃないから大儲けは出来ないだろうけど、もしここで育てられたら孤児院のちょっとした稼ぎになるんじゃない?」


 デビッドは喜んで小拝殿の神官に相談し、その薬草は危険な毒草でもなかったのでカーラや孤児たちと共に薬草園を始める事にしたのだった。


 薬草園の整地には下町の友人たちも手伝ってくれ、その際に手伝いに来てくれたカーラや彼女の女友達たちは貧しいなりに身だしなみにも気を使っており、聖女バーバラとの差を痛烈に感じるのだった。こんな貧しい者たちでも気遣っていることをどうしてバーバラは…と思わずにはいられなかった。バーバラにはカーラ達が何年でも…2-3年どころではないほどの間、遊んで暮らせるほどの費用がかけられているというのに。それは一体何に使われているのかと、デビッドは下町の仲間たちと串焼きを食べながらそれを異常に感じていだ。


 そんなある時、近隣諸国合同で定期的に約10年に一度の割合で行われる魔物討伐連合遠征軍が結成されることになり、下町の様子が気になって向かったところ、デビッドが目にしたのは義勇軍に参加しようとする友人たちの姿であった。カーラも薬草師としての知識を請われ、義勇軍の衛生部隊に参加するという事だった。平民である彼らですら、報酬が高いとはいえ軍に参加しようというのだ、デビッドは自分も連合軍に参加すると言い出すのは自然な事であった。


 末子で王族としての責務からは程遠いとはいえ、王子がいきなり軍入りというのは難しかったが、後方支援部隊ならという事でようやく認められ、意気揚々と参加したデビッドの前には、想像を超える戦争や前線の現実があった。そこでは魔物たちによる容赦のない攻撃はもはや蹂躙と言っていいだろう。


 そんな前線へ物資を届けているうちに、他国の兵士や騎士そして彼らを援護する聖女たちと顔見知りになり、彼らの─当然聖女を含む─命がけの行動を目の当たりにしたデビッドは、自国の聖女であるバーバラに対してより一層の疑問を持つようになり、本来ならば彼ら彼女らの様に前線で活動するものではないのか、そう思ったデビッドはバーバラが偽物の聖女ではないないかと思うようになった。


 一介の薬草師でしかないカーラでさえ、他国の聖女を補佐して傷病人を応急処置や看護を行い兵士たちにとって心強い存在の一人となっているのだ。もしバーバラが本物の聖女ならきっともっと多くの兵士を救えたのではないのだろうか…。


 一度そう思ってしまったデビッドの考えは止まる事を知らなかった。


 今回の合同討伐軍の目的であった、マル・ルガール王国を始め近隣諸国へ何度も侵攻してきた魔物たちの首魁と目される大型の魔物がようやく倒されたことで帰還の運びとなり、また、討伐軍への感謝と労いを込めて凱旋祝賀会(パーティー)をマル・ルガール王国で行い、同時に今回の戦功や論功行賞についての会議が行われるとのことで合同討伐軍に参加・支援を行った各国の将軍や重鎮たちも参加することになるとの事だった。


 デビッドは「これは良い機会(チャンス)だ」と思った。バーバラが他国の聖女と違い何の力も無いだろうこと、バーバラしか聖女を知らない王妃や兄姉たちに訴えても理解はされないだろうが、本物の聖女を持つ他国の要人たちならばバーバラのおかしさを理解してくれるだろう、と。


 この遠征でより一層親しくなったカーラ達の手を借りて、合同討伐軍のの帰国・凱旋祝賀会(パーティー)で、要人たちの耳目の元、言い逃れのできない状況でバーバラを断罪すれば、彼女が聖女としては偽物であると白日の下にさらされるだろうと計画したのだ。


 カーラ達は驚いたが、聖女でありながら何の活動も行わないと言われると…カーラ達は前線でどれだけの人が苦しんだかを知っているし、彼らを助けるために他国の聖女たちがどれだけ必死だったかを肌で感じていただけに、本来の聖女とはどういう存在かを世間に公開すべきというデビッドの考えに賛同し協力を約束した。


 そして、とうとう計画の…凱旋祝賀会(パーティー)の日がやってきた。



               ◇◇◇◇◇◇◇◇



「ありえない…あり、得ない…」


 震える声で辛うじて絞り出した声はまともな言葉を発することは出来なかった。


 カーラだったものは首から上を無くし、直立したまま首から血を噴水の様に噴き上げている。


 どうしてこうなった?


 デビッドは…いや、この場にいる誰もが同じ思いしかなかっただろう。


 バーバラと呼ばれていた聖女がいた辺りには、黒く長い毛をもつ何か得体のしれない物体としか言いようのないモノがうずくまっていた。


 ひと房と言っていいのだろうか、そのモノから伸びているまっすぐな髪の先には、先ほどまでデビッドと見つめあい微笑んだ表情のままのカーラの頭があった。


「キャアアアアーーーーーーー!」


「ーーーーーーーーーーーーー!」


 つんざくような悲鳴が一つ起こると続いて声にならない叫びが何処かから…そこら中から起こり、婦人か誰かが倒れ込んだ音が聞こえたと同時に一瞬にして会場の空気は変わった。




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