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夜には戯れる

作者: アルチ

一羽のカラスは一味を追った。その潜伏のアジトまで…………


夜には戯れる猛獣たちと、ひとりの少女がいた。僕はその光景を何度も目にしたことがある。彼女の名はミュマ。生けとし生けるその者たちは不思議と彼女への寵愛を惜しまない。過ごした時間を重ねたならば、そこにある絆の深さは、どの想像力にも難くない。ねえ君たちも、そう思うだろ?彼女にそれを知る必要なんてどこにもないんだ。ひそかに僕は祈っている。わずかでも永くあるように。互いを灯し合うその明かりに、数多の祝福が注がれることも。


魔法使いの僕と、猛獣使いの彼女は、とある任務の中にいた。その内容は他国に密輸されようとしている殺戮兵器の回収、あるいは破壊。海を渡ればその向こうで多くの命が脅かされる。中立の立場をとる情報屋の提供を鵜呑みにはできないが、彼らにも長いものに巻かれ続けるための信頼が、ある程度は必要となる。


温かい濃いめの緑茶と肉まんを口にしながら、僕は彼女に雑談を試みた。


「昨日まで長編の小説を読んでたんだけど挫折しちゃったよ。ああいうのって読み手の感性を信じたりしながら、もっとうまいこと、まとめられないものなのかね?」


冷淡な視線を僕に向けながら、彼女は大きなため息を吐いた。いつもの邪魔者あつかいってやつだ。ミュマには嘘は似合わない。みんな知っている。素直な思いを僕に伝える。


「なぜボスは貴様なんぞと私をいつも組ませるのだ?この程度の仕事なら私ひとりで充分であろうに」


「君がボスをボスと呼ぶなんて珍しいこともあるんだね」


「うるさい!今は任務中だぞ」


二日前、僕は今回の件に関しての打ち合わせでボスに呼び出されていた。アッツアツのたこ焼きを食べながら、ボスはこの僕にこう告げた。


「ミュマは自分の能力を過信するきらいがある、お目付け役には、君が適任なのだよ」


猫舌から逆なでしそうな情報だけが三つ飛び出していたようだが、彼女が知ったらどんな顔をするだろう。僕もボスも、そんな事態は微塵も望んではいない。開かれた扉と、熱すぎた中身に、慌てて常温の麦茶を口の中に流し込み、いつもの冷静さを取り戻そうと必死な様子は、まごうことなき僕の愛すべき彼の一面だった。


深夜のとある港湾倉庫、首には機械的なフォルムのチョーカー、額には覚醒と発展を象徴する太陽をモチーフとした紋章の刻まれた双子の猛獣、リューカスとクラース、彼女らと夜の相性は抜群にいい。その躍進の前に、これまで多くの野望は打ち砕かれて滅びていった。


今回の任務の対称となる組織の名はエゴール商会。数年前にやつらの生物実験により生み出された、自然界の摂理を超越した猛獣たちを保護した人物がミュマの父親、そのうちの二体がリューカスとクラース、ゆえに彼女にとっては因縁の相手でもある。…………そして、それ以上にもうひとつ…………


高台より監視中、対称である停車中の二台のトラックのうち一台が動き出し、倉庫と倉庫の間を右折し、その先へと向かっていった。


「おそらく警戒心からの陽動作戦だろう。僕は右を追うから、君は引き続き、ここで見張っていてくれないか。…………異論は?」


「ない」


エゴール商会とは科学者エゴールが己の野望の具現化のために設立した裏社会で暗躍する組織だ。さらなる強大な力を求める権力者たちにより、資金不足とは無縁の何でも屋。リューカスとクラースの運命を狂わせた者、殺戮兵器の生みの親、わが魔力の無効化を成し遂げた装置の発明家は同一の人物……天才?僕の立場でいわせてもらえば、下劣なただの盗っ人に過ぎない。


彼らが仕掛けた、これが罠だと気づいた時は、すでに手遅れの状態だった。力の温存が裏目に出たようだ。息を切らしながらの逆走、そして合流。あたりを見渡した後、震えながら立ち尽くす彼女に、僕は質問を重ねた。


「大丈夫かい?…………ねえ、リューカスは?…………クラースは?」


頭頂部と後頭部のちょうど中間あたりで編み込まれ固く結ばれていたはずの長い髪はほどけ落ちて、自然界の草葉のように、夜の冷たい風に吹かれて美しくなびいていた。発したわずかな言葉より、その悲しみ、寂しさ、喪失感は充分すぎるほどに伝わってきた。


「……奪われた……やつらに」


鬼ごっこに、かくれんぼも得意分野とする、初めからやつらの目的は別の位置に定められていたようだ。…………やられたよ、このゲームに関しては、清々しいまでの完敗だ。


彼女の心に大きな穴をあけたまま、それでも時間は流れていった。この街だけでも繰り返される数え切れぬほどの悲劇…………誰の祈りも救えぬままに、手を伸ばしても届かぬままに…………とあるビルの屋上で、彼女は夕日を滲ませていた。


「なんのようだ?」


言葉はか細く、いつもの気丈さは感じられなかった。僕はその言葉に言葉を返すことはなく、オレンジ色に染まった街の風景を眺めながらたたずんだ。この状況、彼女にとって僕は邪魔者なのか?答えは明白だ。それまでの時間が、僕には嘘のようにゆるやかに感じられた。空との境の山の向こうへ、夕日が姿を消すまでは。


ある早朝の港湾倉庫、エゴール商会の運び屋たちと海外のコレクターより依頼されたブローカーの姿がそこにはあった。取り引きの対称は、檻の中の猛獣の二体。力を無効化されて、虚ろなまま夢の中にいるようだ。良き夢であることを願いながらブローカーは手にした長いキセルから煙を漂わせ、彼らにはあきれた様子で口をひらいた。


「魔法使いに化かされたようだね。こいつらはただの子猫ちゃんだよ。あと数時間もすれば魔力の効果も失って、もとの姿に逆戻りさ。こんなシロモノをコレクターに売りつけていたら、私の信用はガタ落ちだったよ。ねえ君たちも、そう思うだろ?…………使えなかった?…………魔力の無効化?いやいや、君たちよりも相手のほうが一枚上手だったってことさ。さあさあ、お開きの時間だよ。浪費させられたアレやコレやのぶんは、きっちり請求させてもらうからね。…………おいおい、この子猫ちゃんたちを置いていくつもりかい?…………まあ…………君たちにとっても私にとっても、もう用ナシといえば用ナシだからねえ」


副業が功を奏した。やれやれ、化けの皮を剥がさなきゃいけないのは、ここにはひとりしかいないだろう。一味が撤収した後、ブローカーは『紫色の煙』を吐き出しながら心の中でつぶやいた。「リベンジ大成功」シナリオは大きく書き換えた。そして


ようやくカラスの登場だ。


エゴールよ。君の恩師の遺言状のお届け先はここだね。君たちの居どころをつきとめるまで、僕はかなりの時間を労したよ。無能な味方は恐れるべきさ。ねえ君たちも、そう思うだろ?的の位置さえ把握できれば、あとはたやすい処理をするだけ。これよりも抱く夢ならば、君と同じの悪を冠せよ。


さてと、開いた『全知の目』には、裏切り者らのその姿。とある国での内乱は、同じ兵器でやり合った跡。わが権能を発動し、許せぬ笑みへの執行を、在るべき秩序を乱すやからに『深い眠りへいざなう詠唱』


すがるべき光は地の果てに堕ちて、漆黒の闇は訪れた。


「いつまで泣いているつもりだい?」


「うるさい!…………かまってくれなんぞ、頼んだ覚えはない!」


「ミュマには涙は似合わない。みんな知っている。…………ねえ君たちも、そう思うだろ?」


「…………え?」


夜の『空間に丸く切り開かれたゲート』の穴より、飛び出すリューカス、そしてクラース、駆け寄っていった、その先には、ただの純粋なる一択。ひろげられた両手と、闇の中でもまばゆい笑顔。


彼女らと夜の相性は抜群にいい。星のない空も好都合だ。かけがえのない絆を確かめ合うように、ページをめくればそこにある主人公の口癖のように、代わり映えなど望まない、見慣れて覚えた場面のように、いつも、夜には戯れる。


これ以上の、ここでの語りは野暮ってことで、よろしいか?僕は彼女たちに背を向けた。感動の場面なんて柄じゃないし、彼女の涙を拭うのは僕の役目ではない。邪魔者は邪魔者らしく、速やかに立ち去らなきゃいけないんだ。ねえ君たちも、そう思うだろ?長い物語の続きが気になってきたわけでもなければ、温かい濃いめの緑茶と肉まんを口にしたくなったわけでも、決してない。


リューカス、クラースの生物学的暴走を食い止めているのは、とある科学者の発見と発明の功績によるものだ。多少の魔力も要するが、失うものの莫大さに比べたら、それは小さな問題ですらない。その事実を知る者は極めて少数に限られている。そして、彼女に告げる必要なんてどこにもないんだ。


誰もいないロビーから風除室を通り抜けると、僕はふり返り、ビルを見上げ、確かめるようにと空につぶやいた。


「もう穴は完全にふさがったみたいだね」


僕は闇の奥へと帰還した。




一羽のカラスとある、その奥へ…………


  

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