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彼女たちの記憶を共有した俺の異常な日常  作者: るでコッフェ
第一巻
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第9章 山の人々

 すべては順調だった。我々は山の裂け目を速く駆け抜けた。リネアの計算によれば、この山脈を抜ければチベット近くの集落に到達し、家族と連絡を取り、温泉か何かを楽しめるらしい。


 裂け目から約3キロ地点で、雪豹のような鋭い視力を持った俺は、狭い道を塞ぐ集団を視認した。


「リネア、奴らの目的を分析しろ。あの祭壇の残党か?」


「あなたの視覚情報に、今日の湿度、日光の反射、気温の変動、風向きを加味すると…明らかにチベットの現地民よ」


 今回だけではない。旅の間中、ナイラと俺はリネアの論理を超えた分析能力に度肝を抜かれていた。


 リネアは安全に渡れる氷の橋を3つ、雪崩の危険箇所を2つ予測し、我々を幾度も死の淵から救ってくれた。


「迂回するべきか?」


「このルートが封じられたら、他の道は行き止まりの迷路よ」

 リネアは再び『超脳』を起動し、俺の提案を一蹴した。


「彼らが敵意を持たないことを祈るしかない」


 チベットの民にとって雪山は聖域。我々は侵入者である上、雪虎3頭も殺している。


「敵なら、皆殺しにすればいい」


 リネアは俺の心配を嘲笑うように嗤い、腰のナイフの柄を撫でた。


「やめろ!人を殺せば俺も罪に巻き込まれる」


「ふん、腰抜けが。私が一緒なら、誰もあなたに指一本触れさせないわ」


 その言葉は胸に熱く響いたが、逆に不安を募らせた。いや、リネアを彼らと直接関わらせてはならない。心で決意を固める。


「まず俺が状況を確認する。速く移動できるし、安全なら合図する」


 反応する間もなく、俺はその集団へと滑るように接近した。人影が光速で迫るのを見た集団は恐怖に膝を折り、頭も上げられない。


 今の俺の身体能力は常識外れだ。以前なら3キロに15分かかった距離を、今や6分――もはや人間の領域ではない。


 残り100メートルで速度を落とし、常歩に切り替えながらも、瞬発力に満ちたふくらはぎで警戒を緩めない。


 10メートルまで近づくと、彼らは後方から輿を取り出した。その上には伝統衣装の少女が座っており、肌は雪のように白かった。


 人々は一斉に俺に向かって平伏した。少女は輿から降り、ゆっくりと歩み寄ると、熱い視線を向けながら深々と礼をした。手にはチベット刀が光る。


「何が起こったの!?」

 三人同時に混乱――俺だけでなく、リネアとナイラも凍りついた。


「フードを脱いでみろ。雪虎間違われているかも」


 雪虎の毛皮のマントに身を包み、フードで頭を隠した俺のシルエットは、確かに猛獣に似ていた。


 フードを払いのけ、「リネア」の顔を露わにする。なぜか俺の顔の輪郭は鋭くなり、頭からは雪虎のような尖った耳が――まるで日本のアニメの猫娘のようだ。


 たちまち、人々はさらに深く地面に額を押し付けた。


「クソ! 俺を神の化身と勘違いしたな」


「何? 許可なく私の顔を使うなんてよくも!」


「良いじゃない。崇めさせておけば。ほら、目の前の少女――一目惚れしちゃったみたいよ」


(リネアの声が脳内で爆発する)

「このバカ野郎!即刻あの耳を切り落としてやるわ!」


 ナイラが少女をちらりと見ながら目を細め、瞳に悪戯っ気を宿して俺をからかった。


「ねえ、約束しましょう。あの子を連れ込むのは禁止よ。中国だって男女比が崩れてるんだから、一人でも取ったら残りの男性が可哀想じゃない」


「あら、忘れてたわ。あなたまだ独身だったわね。ははは!安心して、今はリネアにしか興味ないから。ハーレムは増やさないわよ」


「ふざけるな!」リネアが脳内で鋭く割り込んできた。思考伝達なのに、まるで耳元でナイフを振り下ろすような切れ味だ。


「でもこれで交渉が楽になりそうですわ。『神様』のふりをしながら進みましょうか」


 人々は敬虔な表情で道を開け、少女が白い腕を差し伸べてきた。その手のひらには――血の痕跡。


(…これは、生贄の印だ)


 雪山の神への捧げもの。そして我々は、まさに「神の化身」として祭り上げられようとしている――


「騒ぐな。解決策を考えろ。このまま拝まれ続けるわけにはいかん」


「挨拶してみたら?あ、本名は使うなよ!」ナイラが優雅に指摘する。


「了解」


「こんにちは、私はリネア。ロシアと中国のハーフです」俺は流暢な中国語で自己紹介した。


「馬鹿!本名使うなって言ったのに、むしろリネア名乗るのか!?」


「このクソ野郎!顔だけ盗んでも至らず、名前まで!?」リネアの殺気が脳みそを刺す。


「ごめん、間違えた!」


「このバカ野郎!即刻あの耳を切り落としてやるわ!」リネアの声が脳内で爆発する。 そしてナイラは俺達をあざ笑った。


 人々は無表情で平伏したまま、一言も理解していない様子だ。


「どうする?言葉が通じない」


 当然だろう。チベットの奥地では中国語も普及しきっていない。困ったことに、我々三人ともチベット語は話せない。


「英語は?」ナイラが提案する。


「ハロー」不安げに声をかける。反応なし。


「次は?」


「ロシア語だ!」リネアが嗤う。


 チベット人にロシア語で話しかけるなんて、不条理劇のネタにしか聞こえない。


「試すだけ試せ」


「プリヴェート」(こんにちは)。依然として無反応。


「フランス語!」ナイラの声が弾む。


「マジかよ?これは言語クイズじゃないんだぞ!」


「賭けよ。万一通じたら?」


「ボンジュール」(おはよう)。沈黙が返ってくる。


「次はドイツ語!」


「やめろ!俺をピエロ扱いするな。もしドイツ語が通じたら、俺がお前たちの湯たんぽになってやる!」


「その条件、承諾!」


 ナイラとリネアが同時に沸き立った――もちろん俺の体ではなく、リネアの「添い寝」を期待しての反応だ。


「グーテン・ターク」(こんにちは)。


 少女がぴくりと反応し、目を輝かせた。なんとドイツ語が通じたのだ!


「……」俺は氷のように凍りつく。


「わはははは!」二人の哄笑が脳内を駆け巡り、意識が揺らぎそうになる。


「約束よ。私たちの『湯たんぽ』ちゃん」


お疲れ様でしたー、第9章いかがでしたか?


「湯たんぽ約束」は編集時に思わず吹き出したシーンです。ドイツ語通じるわけないだろ!と思ったら調べてみたら、実はチベットの僧院で欧米人向けの教育が……なんて可能性もゼロではない……かもしれない……(言い訳)。


次回は雪虎より怖いリネアの本気モードが炸裂する予感?


それでは、温かいコーヒー片手にまたお会いしましょう~。


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