第64章 わかった、行くよ
「構わない、止める方法があるなら言え」
リネアはこのアンドロイドの誘導に乗せられてしまった。こんな危機的な状況で、彼女はまだ冷静に状況を分析しているのか? 怖くないのか?
「方法は二つ。一つ目は成功率は低いが、代償は小さい。二つ目は成功率は高いが、代償は大きい。どちらを選ぶ?」
「当然、成功率が一番高いを選ぶ。魔族の侵攻に比べたら、払えない代償なんてあるか?」 相変わらず、俺はリネアが口を開く前に答えてしまった。
「彼女も俺も同じ意見だ。魔族の侵攻より高い代償なんてない」
「黙れ、バカ! 余計な口出しはするな!」 リネアは俺を強く叱りつけた。
「まず、その代償を教えてもらえる?」 リネアは俺の口を塞ぐように言った。
「一つ目の方法は人間の命の犠牲が必要で、成功率は10%未満。二つ目の方法の代償は地震や火山噴火を引き起こす可能性があるが、成功率は90%、命の犠牲は必要ない」
「犠牲」という言葉を口にする時、アンドロイドの声は重く響いた。彼女はわざと我々を二つ目の選択肢へと誘導しているのだ。ここにいるのは三人きり。「犠牲」とは我々のうちの誰か一人を意味する。生存という観点からすれば、二つ目の選択肢のが理にかなっている。
「一つ目を選ぶ」 リネアの態度は断固としていた。
「リネア、どうして?」 俺には彼女の選択が理解できなかった。犠牲を惜しんでいるわけではない。だが、すべては成功率次第だ。成果も出ないまま自分を犠牲にする? 無意味だ。
[ハジメ、リネアを信じて。彼女の分析能力は知っているだろ? 彼女は我々を傷つけたりしない] ナイラが俺を安心させようとした。
アンドロイドの提示した第二の案は確かに魅力的だった。しかし、長年犯罪者と渡り合ってきたナイラの本能が告げていた――このアンドロイドは悪意に満ちていて、信用できないと。
「感心すると同時に驚いたよ。三人の若者がここまで決然としているとは。『旦那様』と自称する連中が恥ずかしくなるほどだ」
アンドロイドは我々の献身を称賛した。状況が切迫していなければ、我々を連れ帰って教育したかったとも言った。
「社交辞令はいい。方法を説明してくれ」
「その前に、次元間通路の原理を理解しておく必要がある。比喩的に言えば、この通路は橋のようなものだ。違うのは、橋の床が頑丈なコンクリートでできているのに対し、エネルギーの波は絶えず変化しているということだ」
「通路を閉ざしたいなら、原理は単純だ。エネルギー波が異世界へ流れ続けている限り、魔族は自然と渡れなくなる。もちろん、エネルギーを直接『橋』に注入する方法のがよりシンプルだ」
「君たちが一つ目の方法を選んだ以上、俺は止めない。成功? それは有り難い。失敗? もう二つ目の方法に切り替えるには遅すぎる」
「具体的な方法は?」
「聖遺物と、生きた人間の脳だ。『ケーブル』と『送信塔』――それだけの話さ」
「冗談か?」 俺たちを愚弄しているのか? 聖遺物は問題ないが、生きた人間の脳を要求するとは? まったく残酷な冗談だ!
俺たちの反応を予想してか、アンドロイドは慌てて説明した:「エネルギーの波長変換の原理は、電磁波を受信するアンテナに似ている」
「それぞれの世界のエネルギー波長は異なる。だから調整が必要な周波数も違うのだ」
「脳は、異なるエネルギー波長を接続できる送信塔なのだ。聖遺物が人間の脳と魔族の世界へ続くエネルギーの『橋』を接続し、脳を中継点としてエネルギー波を異世界へ導く」
「人間の脳が送信塔に?」 このアンドロイドの考え方は奇妙だ。物理学の専門家であるリネアも、生物学の専門家であるナイラも聞いたことのない理論だ。
「信じられないのも当然だ。もし俺が実際に目撃していなければ、俺でさえこんな神秘主義的な話は信じなかっただろう。抽象的な理論が理解できない? ならば、別の方法で説明しよう」
「人間が映画を見るたび、脳に印象が刻まれる。映画の中の世界は、お前たちの心の中で再現される。この宇宙では可能性は無限大だ――我々の思考が、並行する別の宇宙では現実の世界になっているかもしれない」
「つまり、人間の脳は次元間通路を構築するための精神的座標なのだ。エネルギー波は脳が提供する道筋に従い、対応する世界を見つけ出し、二つの世界の間に橋を架ける」
「では、具体的にはどう実行する? どうやって聖遺物を脳に接続する?」 ナイラが尋ねた。
「言うは易く行うは難し。それはお前たちの覚悟次第だ」
「我々を舐めているのか?」 リネアのこめかみに怒りの血が上った。このアンドロイドはわざと俺たちを弄び、忍耐力を試しているのだ。
「とんでもない、とんでもない。だが今まで…この方法を試そうという者はいなかった」 アンドロイドはわざとらしく控えめな態度を見せた。
「説明しろ!」
一瞬躊躇い、アンドロイドは答えた:「聖遺物を直接、大脳皮質に接続し、脳波で通信を行うことだ」
(大脳皮質:脳の神経組織の最外層。記憶、知覚、意識に関与)
「…」
[三人固まる]
聖遺物を大脳皮質に? つまり――その物体を頭蓋骨に突き刺すということだ。死ぬほど痛いだけでなく、ほんの少しのミスが即、死を意味する。
「わかった。私が行く」 リネアは一瞬の迷いもなく承諾した。
俺たちが議論する間も与えず、彼女は黒い霧の方へと背を向けた。だが、彼女に危険を冒させるわけにはいかない。
ありえない。反射的に、俺は彼女の肩甲骨の急所を打った。彼女の胸から十字架を奪い取り――わざと荒々しくその胸を揉んでから――黒い霧へと突入した。
心臓は激しく鼓動していたが、震えながらも足は正常に走れた。霧に蝕まれた『叔父さん』に立ち向かう? できるはずだ。
「ハジメ、私…私っ――いや、気をつけて…」 ナイラは俺の消えゆく背中を見ながら、言葉を最後まで言い終えられなかった。またしても女の子を悲しませるのか? ふさわしくない。
「聞いてろ――俺が戻るまで、しっかり自分を守っておけよ」 俺はかすれた声で答えた。
知らないわけがない。俺たちは記憶を共有している。こんな感情や考え…感じるだけで十分だ、口に出す必要はない。
彼女が俺を再び失うことへの恐怖――それだけで十分だった。何しろ、こんな危険な状況では、“死亡フラグ”を立てるのは避けるべきだからな。
「フン」 俺は嗤った。
これはなかなか奇妙なエピローグだ。