第58章 二十年目の手帳
「ハジメ、その服…変えられないの?本当に気持ち悪く見えるわ」ナイラが俺のヴェーアマハト軍服をじっと見つめ、見れば見るほど違和感を覚えている。彼女はナチスに少しトラウマがあった。
「新しい服を手に入れたら、すぐに変えるよ」ここには替えの服なんてない、本当にすぐには変えられないから、ナイラには一旦我慢してもらうしかない。
「待てよ、大事なことを思い出した」
突然、エレシュと俺がまだ重いリュックを背負っていることを思い出した。その中には、異世界での俺の情報があるかもしれない。リネアと二人も俺に何があったのか気になっているようで、膨らんだリュックをじっと見つめながら集まってきた。
リュックの紐を解くと、ドイツの黒パンとピクルスが何切れか入っていて、とても新鮮そうだった。パンはまだ温かく、焼き立てのようだ。
「ちょうど少しお腹も空いてたし、まずは食べましょうか」ナイラが一切れの黒パンをつまんで口に入れた。「毒は入ってないわ、食べて」
「ああ、全部調べ終わってから食べるよ」
リュックをさらに掘り進めると、ノート何冊かと写真アルバム、そして底には勲章の層が散らばっていた。
まず写真アルバムを開いた。最初のページはクラス写真。真ん中で俺とエレシュがひときわ目立ち、他の人々に囲まれていた。写真の裏には「帝国首都ベルリン王立学院 第一期生」と書かれている。
二ページ目を見ると、リネアとナイラが落ち着かない様子だった。そこには俺とエレシュの結婚式の写真。エレシュはとても可愛らしかった。日付は1936.12.1と記されていた。
「俺に聞くなよ、何も知らないからな」二人の不満げな視線に向かって、俺は知らないと白状するしかなかった。
ページをめくり続けると、北欧の森の中で俺とエレシュが写った集合写真があった。カラ98Kを構え、真剣な表情を浮かべ、裏には「フィンランド冬季戦記念」とサインされていた。
続いて、ポーランド電撃戦、ヴォルガ戦役、ドナウ戦役、ノルマンディ包囲戦、バルジの反撃、ベルリン戦役の集合写真。俺とエレシュの階級は時が経つにつれどんどん上がり、最後の写真では最高司令官にまでなっていた。
唯一の違いは、俺がいつもヴェーアマハト(国防軍)の軍服を着ているのに対し、エレシュは武装親衛隊(ヴァッフェンSS)の軍服を着ていたことだ。
アルバムの大部分は、南極基地でのエレシュと俺の生活写真だった。最後の写真は、エレシュと俺が祭壇の前に立ち、背中にはリュックを背負い、今の服装そのままで出発のポーズを取っていた。
日付のスタンプから判断すると、その期間は丸20年だったが、俺には全く記憶がなかった。
アルバムを脇に置き、ノートを開いた。これは南極基地での暇な時間に俺がまとめたものだ。第一章は概要で、20年以上にわたる俺の人生が描かれていた。
あの世界では、ドナウ川沿いにドイツは存在せず、代わりに「ドナウ第三帝国」と呼ばれる国があった。軍服や国旗、国家法は俺たちの世界のドイツと同じだったが、彼らは俺たちが知るドイツではなかった。
整った顔立ちと強靭な肉体ゆえ、エレシュと俺は国家元首ヒトラーによって「最良のゲルマン血統」として選抜され、帝国によって将来の指導者として育てられた。
エレシュと俺は十歩以上離れられないため、常に行動を共にし、敵味方双方から「帝国の双子」と呼ばれていた。
最初の十年間、エレシュと俺は帝国のほぼ全ての主要な戦いに参加し、多大な戦果を挙げた。帝国崩壊時、俺は国防軍総司令官に、エレシュは親衛隊大佐となっていた。
1945年4月、深海探査潜水艦で南極に到着した俺たちは基地を接収し、そこで最後の十年を過ごした。
ノートの内容は膨大で、全てを読むことは不可能だった。経験の概要を把握した後、俺はノートを置き、俺たちは再び旅を続けた。
「長い夢を見ていたような気分だ」
「違うわ!二十年も経っているのに、なぜあなたたち二人は全く老化していないの!?」リネアが突然それに気づいた。先ほどの写真では、俺とエレシュは全く変わっておらず、顔に一本のシワもなかった。
「理由は分かるわ。ハジメの力は損傷した遺伝子を修復し続ける。理論上、彼の肉体は常に二十代の状態を保つ。一方エレシュは…彼女は私たちとは種族が違う。彼女の寿命は私たちの常識で測れるものではない」ナイラが説明した。
「これって完全にチートだわ」三人の中で、ナイラと俺の力は不老と無齢の外見をもたらすが、リネアは時間と共に老いていく。
「定期的に俺の力を分け与えることはできないか?そうすれば誰も老いることなく、永遠に共に生きられる」
俺はそう提案した。もしリネアが先に逝ってしまうなら…その時の自分の気持ちを思うと。
「あんたとキスなんてしたくない」リネアは拒否したが、その表情はそれを期待しているようだった。
「ナイラ、素早く力を分け与え合う方法はないか?」
力を素早く分け与える方法は、俺たち三人にとって大きな課題だった。例えば、リネアが俺の力の効果が切れた瞬間に重傷を負い、俺が力を分け与える前に彼女が危険に晒される可能性がある。
「簡単よ」ナイラは指を弾くと、それを二匹の虫に変え、リネアと俺の耳に入れた。
「これは睡眠誘導虫。直接脳神経に接続されるの。眠れと命令するだけで、自動的に微量電流を流して気絶させるわ」
「じゃあ今試そう。ちょうどナイラの筋肉の凝りを治す必要があるし」そう言うとすぐに、耳の中の虫に眠れと命令した。耳の後ろにピリッとした感覚が走り、俺はすぐに意識の世界へと落ちていった。
意識の空間で、ナイラと俺は多くを語らなかった。気まずい空気が周囲を包んでいた。以前は緊急時にやっていたことだが、今回は違う。
「うーん…振り返ると、これって結構恥ずかしいよな」俺は気まずさを和らげようとした。
「……おっしゃる通りですね……」ナイラは俯きながら、かすかにそう答えた。
くっ…この雰囲気、耐えられない。さっさと終わらせよう。ナイラに近づこうとした瞬間、彼女が崩れ落ちた。俺は慌てて駆け寄った。
「ナイラ、どうした!?」その横にしゃがみ込み、俯いた彼女の顔から涙の粒が落ちるのを見た。ナイラが嗚咽を漏らしながら泣くのを見るのは、これが二度目だ。
「私…さっき、あなたが消えて、記憶も繋がらなくなった時…もう二度と会えないのかと思って」ナイラは泣き声を必死に押し殺しながら答えた。「…本当に…また会えて…よかった…ハジメ」
泣くナイラを見て、俺の胸は締め付けられた。彼女の今の姿を見て、初めて会った頃のことを思い出した。最初は、ナイラもリネアも、手の届かない強い存在だと思っていた。
でも、こうして見ると、彼女たちはただの普通の女の子なんだ。強いことを強いられる環境に、早く大人になることを強要されてきただけの。
「ナイラ、俺を見て」俺は両手を彼女の肩に置いた。
ナイラが顔を上げて俺を見る。涙で濡れたその顔が、再び俺の視界を満たした。ゆっくりと、俺の唇が彼女の唇に近づいていく――俺は彼女にキスをした。
最初、ナイラは驚いて少し抵抗したが、次第にその抵抗は弱まり、俺に身を委ねた。キスは長く続き、やがて二人は離れた。
キスを終えたナイラは、幸せそうな顔で俺の胸に寄りかかった。気まずい沈黙が周囲の空気を満たす。その状態がしばらく続いた後、リネアの声が聞こえた。
[あの…邪魔するつもりはないんだけど、いつまでも眠ってるとタイムリミット過ぎちゃうよ?]
「…」