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彼女たちの記憶を共有した俺の異常な日常  作者: るでコッフェ
第二巻
58/94

第56章 二つの世界を跨いで

 エレシュが集団を左の分岐へ導いた時。


 誰も気づかなかったが、一匹の蛾がこっそりと兵の体に止まり、液体の水たまりに変形して皮膚に浸透した。数分後、その液体は兵の皮膚表面に再び現れ、新たな蛾へと変わった。その蛾は別の兵のもとへ飛んでいった。


 同様のことが繰り返され、全ての兵がその蛾に「感染」するのにそう時間はかからなかった。


【ナイラ、さっきの蛾は?】


 あの蛾は実際にはナイラの体の一部なのだが、俺には全く理解できなかった。ナイラの記憶は遺子分解や遺伝子工学の説明で埋まっていて——明らかに高校レベルしかない俺の生物学知識では及ばない領域だ。


【『エイリアン』の映画を見たことある?】ナイラの短い一言が即座に答えを与えた。


 あの映画で宇宙生物が胸から突破する恐ろしいシーンを想像すると、俺の体は抑えきれず震えた。冷や汗が肌を伝う。そんなホラーシーンをまもなく直接目撃することになる。


【見たくない!】


「まだ痛む?少し休む?」エレシュが青ざめた俺の顔を見つめ、声には心配がにじんでいた。彼女は俺の状態を誤解していた。


「大丈夫です、エレシュ様。まだ耐えられます」無理に力強い口調で答えた。


「もう少し辛抱して。この件が終わったら、君の傷を治療する」


「はい」


 実は膝の怪我は進化の力で既に治っていた。だがエレシュに疑われないよう、まだ膝が砕けているふりを続けなければならなかった。


 洞窟の奥へ進むにつれ、前方にいくつかの古い武器が散乱しているのが見えた。


 ボルトアクション式小銃マウザーKar98k、機関短銃MP40、軽機関銃MG42——これら全ては第二次大戦時のドイツ軍標準装備だ。リネアは第二次大戦期を含む様々な火器の専門家なので、これらの錆びた武器を容易に特定できた。


 > (マウザーKar98k:ドイツ国防軍歩兵の標準ボルトアクション式小銃)

 > (MP40:第二次大戦中、ナチス・ドイツが主力とした短機関銃)

 > (MG42:第二次大戦後半、ドイツ国防軍及び武装親衛隊で広く使用された多目的機関銃)


 錆の程度から、これらの武器は約300年前のものと推定された。衛兵の油断を見てナイラがこっそり一挺のKar98kに触れ、そう結論付けたのだ。


【奴らはシカと同じ故郷の時代だ!】俺たち三人は即座に気づいた。


 数百年前、第二次世界大戦のドイツ兵たちが時空の境界を越え、300年以上昔の高原地方に到来したのだ。


 さらに五キロ進んだところで、一行は洞窟の最深部に到達した。先に道はなかった。エレシュは黒い結晶を発見し、地面から拾い上げて微笑んだ。


「これだ。ここを掘れ!」


 兵たちがシャベルを取り出し、粘土層を掘り進めると、原始的な祭壇が現れた。


【この門を渡る者は、二つの人生で互いを忘却する】ナイラが祭壇に刻まれた古代象形文字を読み上げた。


【まるで奈河橋ナイヘチャオのようだな】


 > (奈河橋ナイヘチャオ―サンスクリット語「ナラカ(地獄)」由来。中国の民間信仰で「無常」を象徴。渡った魂は前世の記憶を断ち切り転生する)


【いや、意味が違う】

【この文は『門を渡る者は外の全てを忘れ、戻る際は門の向こうでの全てを忘れる』という意味】リネアが分析した。


 エレシュは祭壇の隙間を見つけ黒水晶を差し込んだ。カチリ! 祭壇から巨大な輪が出現。中央に小さな光球が現れ、ゆっくりと拡大して輪全体を満たした。


 数分後、第二次大戦のドイツ軍制服を着た兵士が輪から現れた。彼は虚ろな目で周囲を見渡し、記憶を失ったかのような無表情だった。


 しばらく呆然とした後、兵士は手にした手紙に気づく。慌てて開封し内容を一瞥すると、表情が徐々に落ち着いた。


「ご挨拶申し上げます。我々は異世界の使者。過去十年の契約に基づき、供物を携えて参りました」兵士は標準ドイツ語で手紙を朗読した。


 エレシュは首にかけた狼の歯を取り出した。兵士は手紙の模様と照合し、うなずくと帽子を脱ぎ、輪の中へ飛び込んだ。


 十五分後、より多くの兵士が手紙を持って輪をくぐった。大型の箱を運ぶ者もいれば、質素な身なりの科学者たちも続く。


 全員が手紙を握っている。暫くの放心状態の後、彼らは手紙の指示通りに行動した。気づかないうちに――数匹の蛾が彼らの肌に止まり、浸透していった。


 ---

 兵士数名が箱をエレシュの前に運び、蓋を開けた。中には黒い結晶が整然と並んでいる。エレシュは一つ取り出し、数度撫でた。


「うむ、本物だ」エレシュは結晶を飲み込んだ。エネルギーの波が直ちに彼女の体内で燃え上がった。


「これが君たちの求めるものだ」エレシュはトランクを開け、待ちきれない様子の科学者たちに手渡した。


 科学者たちはトランクから分厚い青写真の束を取り出した。時折歓声を上げ、その顔は宝を見つけたかのような喜びに輝いた。(青写真には小銃、核爆弾、その他の大量破壊兵器の設計図が記されていた)


「ご協力、感謝します」高級将校がエレシュに近づき、手を差し伸べた。


【ついに成功よ】ナイラの唇に薄笑いが浮かび、エレシュが有頂天になる様を見届ける妖しい輝きが目を走った。


 エレシュが将校の右手を握ろうとしたまさにその時――

 *ブリュッ!*

 将校の胸が裂けた。映画『エイリアン』の幼虫に似たピンク色の肉塊が、エレシュめがけて飛びかかる!


 同時に、俺とリネア、ナイラ、エレシュを除く――洞窟内の全人間が同じ運命を辿った。洞窟全体がホラーの舞台と化す。映画で見たおぞましい光景が、今、目の前で現実となった。


 ナイラの計画と知らなければ、俺は悲鳴を上げて逃げ出していただろう。


 エレシュは怪物を叩き潰すが、次々と幼虫が襲いかかる。脆弱でもその異形の姿はエレシュに全力での防御を強いた。


「ふんッ!!!」


 地面を這うエイリアン幼虫を睨みつけ、エレシュは黒水晶を掴み口に押し込んだ。膨大なエネルギーが内臓を直撃――ぐはっ!――血を吐きながらも、予想外の力が体内を駆け巡る。


 エレシュは幼虫を踏み潰し、圧砕した。瞬く間に十数体だけが残った。


【お前らもあの水晶を使え】


 ナイラの命令で残存エイリアンが黒水晶を飲み込む。体が膨張し、エイリアンクイーンへと進化。十数体の女王とエレシュの激闘が始まる。両者拘束し合い――膠着状態だ。


 しばらくして、エレシュが突然ナイラを見据えた。戦闘本能が告げる――この少女が元凶だと。数体のエイリアンを蹴散らし、飢えた獅子のようにナイラに襲いかかる!


【ヤバい!気づかれた!】ナイラが硬直。守護のエイリアンを呼びつつ後退しようとしたが――脚の筋肉が追走戦(第54章参照)のダメージでまだ強張っていた。


 リネアが衛兵の拳銃を奪い、ナイラを守るためエレシュを射撃!


【奴をリングへ誘導!】リネアの脳裏に計画が閃く。門の向こう側へおびき出し、隙間から水晶を抜いて閉じ込める!


【了解!始め(ハジメ)、リングで待ってて!】ナイラは別策を考案。俺はリング脇に潜伏。作戦は――ナイラがリングに入った瞬間に彼女を掴み、エレシュが閉じ込められたらナイラを引き戻す。


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