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彼女たちの記憶を共有した俺の異常な日常  作者: るでコッフェ
第二巻
53/94

第51章 悪魔娘との言い争い

 エレシュは俺を洞窟の端に連れて行き、岩陰に隠れて周囲を観察させた。


 その時、洞窟前の平坦な空き地には十数機のヘリコプターが駐機していた。周囲には、動物の頭を模したマスクを被った武装兵が数百名、警戒を固めている。一箇所には傭兵の死体が山積みにされていた。


「あれはお父様のものよ。さあ、立ってついてきて」

 エレシュは俺の手を引くと、洞窟の入口へ向かって歩き出した。


「止まれ!」

 洞窟入口の警備兵はすぐに我々の存在に気づき、包囲してきた。


「まさか、私が誰だか分からないの?」

 エレシュは警備隊長を鋭く睨みつけた。


 この男は叔父様の親衛隊副隊長だ。エレシュが成長する姿をほぼずっと見てきたのだから、当然彼女だと分かるはずだ。


「申し訳ありません、お嬢。命令により、入洞の許可には『狼の牙』の証明書の確認が必須となっております」

 副隊長は言いづらそうに答えた。普段なら逆らう勇気などないが、今は状況が特別なのだ。叔父ご自身でさえ検査を受ける必要があった。


「フン!」

 不満そうだったが、エレシュも事情は理解している。彼女は襟元から一対の狼の牙を取り出すと、差し出した。

「メス牙は私のもの。オス牙は彼の分よ」


「お嬢…この『鉤状の牙』のペアは、成人の際に残す愛の証です。外部の方に渡すべきものでは…」

 副隊長は俺を疑わしげに一瞥した。その視線にはかすかな敵意が宿っているのを俺は見逃さなかった。


 このオスとメスの一対の狼の牙は、先端が鉤状に細く曲がっている。一度強くかみ合わされると、無理に引き離すのは難しい。それゆえ、永遠の忠誠の象徴とされているのだ。


 伝説では、この鉤牙は戦いで相討ちになった一対の狼に由来する。最期のキスのように互いの牙を深く噛み合せたまま息絶え、戦場の掃除人たちも引き離すことができなかったという。


 その話は語り継がれ、後世の人々はその牙を模したレプリカをペアアクセサリーとして作るようになった。それは離れられない愛の象徴となり、やがて一種の結婚指輪のような存在へと変わっていった。娘を持つ家族は皆、一対の鉤牙を用意する。


 娘が嫁ぐ時、その一対の牙は新郎新婦にそれぞれ渡される。共に生き、共に死ぬまでの忠誠を願ってのことだ。


「これは私のものよ! 貴方がとやかく言うことじゃないわ! どきなさい!」

 エレシュは狼の牙をひったくると、立ちふさがる警備兵を蹴り飛ばし、俺の手を引いて洞窟内へ入った。


「ほら、これ。受け取りなさい。着けなさいよ。そして、私の許可なしに絶対に外さないで」

 エレシュはオスの牙を抜き取り、厳かな面持ちで俺の掌に置いた。その目は鋭く俺を射ていた。


「これはお前の愛の証だろう、俺が簡単に受け取れるわけがないだろ?それに俺はお前の奴隷だ——奴隷が主人とペアになるなんてありえない」

 俺は軽々しく着けるわけにはいかなかった。もしかしたら奴隷の首輪みたいなものかもしれない。そうしたら彼女の命令に逆らえなくなるかもしれない。理由をつけて断らなければ。


「断るのか?」エレシュの顔がこわばった。拳を握りしめ――もし俺の返答が気に入らなければ、即座に殴りかかる構えだ。


「違います!…ただ…エレシュ様ご自身の手で着けていただきたいのです」

 俺は演技の全てを振り絞った:俯いて恥ずかしそうに、まるでペットが甘えるように振る舞う。またエレシュに殴られるのは御免だ。


「本当にダサいわね。でも今回は特別に許してあげる」

 エレシュは嫌そうに鼻をひくつかせたが、それでもその牙を俺の首にかけた。


 洞窟に入ると、彼らの拠点が広がっていた。傭兵の死体は片付けられ、基地全体が整然と明るくなっている。巡回中の警備兵はエレシュを見るなり即座に深々とお辞儀した。


「ご帰還、お疲れ様です、お嬢」


「お世辞は結構。お父様はどこ?案内しなさい!」


「申し訳ありません、お嬢。ご主人様のご命令により、こちらでお待ちいただくよう…。内部の用事が片付き次第、お迎えに上がるとのことで」

 警備主任が恭しく告げた。


「分かった。行きな」

 エレシュは手を振って彼らを追い払った。わがままで規則を気にしない彼女だが、父親に逆らう勇気はなかった。


 エレシュは俺を基地内で最も豪華な執務室に引きずり込んだ。以前は散らかっていた銀行カードが、今は机の上に整然と並んでいる。エレシュは椅子に寄りかかり、脚を組んだ。


「ハジメ、この机の上のものが何か分かる?」

 エレシュは無造作に一枚の銀行カードを手に取り、指でくるりと回した。


「…銀行カード?」

 彼女の意図を測りかねつつ、流れに乗って答える。


「違うわ。これは百億米ドルよ」

 スッ!指を鳴らすと、カードが俺の足元に落ちた。


 俺は苦笑いし、こめかみを押さえながら顔をしかめた――重いショックを受けたふりをしながら。


「兄さんを私達の陣営に加わるよう説得してくれ…これ全部、君のものよ」


 公的な話になると、エレシュの顔は再び厳しさを取り戻す。感情を排した平坦な口調だ。


 個人的には俺を将来の伴侶と見なしているが、利害の前では俺は単なる道具に過ぎない。明らかに、彼女にとって実弟の価値は「伴侶」よりも重いのだ。


「お許しください、エレシュ様。弟の価値に釣り合う金など存在しません。千兆ドル積まれても弟を売り渡したりはしません。たとえ針の先ほどの不利益も、弟に被らせたくないのです」


 俺はきっぱりと言い切った。家族愛に値段はつけられない――たとえ命が脅かされようと、家族を裏切ったりはしない。たとえ彼が義理の弟であっても。


「当然、兄さんの価値が金と同列なわけがない。では、私を手助けする代わりに、君は何を差し出せるの?」

 エレシュは少しイライラしながらも、同時に安堵していた:少なくとも兄には良い兄弟がいるのだと。


「俺はただ、弟が自分の望むように生きてほしいだけだ。お前と共に世界を支配したいならそれでもいいし、静かに平民として生きるならそれでもいい――彼が幸せなら、俺はそれで満足だ」

 言うのは少し恥ずかしいが、これが本心だった。

「馬鹿!」

 エレシュは机をドン!と叩き、眼光を鋭くした。

「君は兄なのに、弟の未来を考えていない!むしろ彼を塵屑に貶めようとしている!普通の人間になれだと?何たる戯言!」


「最も高貴な血が彼の血管を流れている!彼は神の王となる運命なのだ!」


 彼女が何度も義弟を説得しているということは、もし弟が本当に世界征服を望んでいるなら、わざわざ俺を呼び出してまで話す必要はないはずだ――つまり、弟は断り続けているのだ。この強引な小娘め、他人の意志を無視して押し通そうとはな。


「バカはお前だ!」俺も負けじと声を荒げた。「お前は妹のくせに、兄の幸せを考えていない!『先祖伝来』とかいう戯言のために彼の未来を奪い、嫌がることを強要している!」


「それが彼のためだって押し付けて!違う!これは全てお前の自己満足だ!お前は彼を利用しているだけだ!」


 俺も机を叩き返し、燃えるような怒りを込めてエレシュを睨みつけた。

「お前は彼の未来を野望の踏み台にしているだけだ!」


 彼女が俺を殴ろうと、耐えてやる。

 俺の自尊心を踏みにじろうと、放っておく。

 俺の自由を奪おうと、抵抗はしない。

 だが、彼女が“世界征服”の名のもとに俺の弟の未来を犠牲にしようとするなら?たとえ彼女に殴り殺されても、俺は決して屈しない


「お前――!」エレシュは震える指を俺の鼻先に向けたが、言葉が出てこない。


「どうした?身内を売り飛ばす自己中な小娘め」俺は彼女の手首を掴み、容赦なく毒舌を叩きつけた。


「黙れ…!」

 エレシュの拳が俺の口元に全力で炸裂した。

 上前歯が二本折れた。血が滝のように流れ出る。さっきの言葉が彼女の心の最も痛い部分を抉ったのだ。


 殴り終えたエレシュは椅子に崩れ落ちた。目は虚ろで、涙が止めどなく流れていた。


[……どうやらやり過ぎたようだ]

 エレシュが打ち砕かれた姿を見て、俺の怒りも収まっていった。


 俺たちはただ道が違うだけだ。悪いのはどちらでもない。

 互いの兄弟の幸せを願っているのだから


 慰めようと身構えた――おそらくまた殴られるだろうが。

 しかし、その前に…

 慌ただしいドアのノック音が静寂を破った。



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