第46章 彼らの悲しみ
叔父の言葉を聞くと、姉さんは苦い笑みを浮かべ、がっくりと膝を折って俺の隣にうずくまった。二粒の涙が頬を伝い、温かくも、そして刺すように痛んだ。
「お前がそんなに彼を好きなら、付き添ってやれ!」叔父が叫ぶと同時に、銃口がこちらに向けられた。
「所長、銃声を聞いて駆けつけました……何が起こっているんですか?」
その緊迫した瞬間、リョウさんが軍の陣地に飛び込んできた。叔父の銃が俺たちに向けられているのを見て、彼の目は見開かれた。
「ハジメが真理教(真実の教団)のメンバーであり、ニーが我々を裏切ったことを知ったところだ。ちょうど良かった。この裏切り者の処分を任せる」叔父は平坦な口調で言った。
「リョウ、その嘘に騙されないで!ヒちゃんは教団のメンバーじゃない!真犯人はあの人よ!」姉さんが突然我に返り、緊張した声で嘶いた。
「所長?そんなはずが……きっと何か誤解がある」リョウさんは上司を敬っていたが、確信が揺らぎ始めていた。
「誤解?昨夜ハジメのテントで何を話したか、直接ニーに聞いてみろ」叔父は凍った湖面のように冷静だった。
「ニー先輩……真実を話してください。昨夜、彼のテントで何を話したのですか?」
リョウさんの眼差しは鋭く。彼は昨夜姉さんがこっそりハジメのテントに入ったことを鮮明に覚えていた。
「わたし……」姉さんは言葉を詰まらせた。昨夜漏らした秘密が、今や命を絞める罠となっていた。
「お前が正直に話せないなら、私が暴露してやる!お前は作戦内容を漏らし、お前の人生の秘密や部隊の機密まで喋った。そうだろう?」叔父の声は雷鳴のごとく轟いた。
「ニー先輩……それ、全部本当ですか?」リョウ先輩の声は震え、文末でかすかに割れた。
姉さんのますます青ざめた表情が、その告発を肯定しているように見えた。「リョウ、聞いて!私がしたことは全て——」
「もういい!続けるな!」リョウさんは顔を背け、両拳でこめかみを押さえた。
彼の心は粉々に砕けていた。憧れの先輩が裏切り者だなんて。清らかなヒちゃんが危険な教団の一員だなんて。冷静に考えれば矛盾点に気づいたはずなのに、傷ついた心は無意識に所長の言葉を選んで信じていた。
「リョウ、裏切り者を始末しろ。がっかりさせるな」叔父は厳しい身振りで、処刑をリョウさんに委ねた。
「ダメです、所長!たとえ裏切り者でも、裁判なしの処刑はプロトコル違反です!」リョウさんの声は震えていたが、必死に強気を装い、両手は無線機を握りしめて指の関節が白くなっていた。
叔父は深く息を吐くと眼鏡を拭った。「確かにお前の言う通りだ。私は感情に理性を乗っ取られていた」人差し指でこめかみをトントンと叩きながら言った。「無線で本部に連絡だ。この危機的状況を報告せよ」
「了解しました、所長」リョウさんは恭順にお辞儀し、指速やかに周波数ノブを回した。「所長、メインチャンネルが接続——」
振り向いた瞬間、コブラのように構えられた銃身が眼前に迫り、言葉は遮られた。
山の静寂を引き裂く轟音が響く。
◇◆◇
別の次元で:
俺の意識は青い結晶の次元へ投げ出された——意識の領域《空間》へ。煙霧の向こうからナイラが飛び込んできた。怒りと焦りで顔を紅潮させながら。「ハジメ!自分の命を粗末にするバカッ!」
その掌が俺の頬を狙うかと思えば、寸前で固い抱擁に変わった。「私達が心配してないと思ったの?リネアは任務報告書を泣きながら破り散らかしたわよ!」吐息が震え、温かい真珠が俺の肩へ落ちた。
「悪かった…でもな」結晶床に映る歪んだ影を見つめながら言った。「お前たち二人を撃つ弾なら…俺が盾になる」言葉一つ一つが体力を削る。
泣く女の子を慰める方法が、本当にわからなかった。だからそんな単純な約束しかできなかった。
「馬鹿!無謀な犠牲なんて要らない!」ジャスミンの香りが鼻腔を刺すほど、彼女の腕が締まる。「私たちが望むのは…同じ空気を吸って生きていることだけよ」
「ナイラ…」重い腕を上げ、彼女の柔らかな髪を撫でた。「でもその約束…破らなきゃいけないかも」天井の結晶が崩れ落ち始めた——意識の崩壊を示す兆候だ。
> ※注:臨床死後も脳波は短時間活動可能
「誰が死んでいいって言った?予言は私たちが永遠に一緒だって言ってるの!」拳がみぞおちへ無力に落ちる。
瞬きする間もなく、柔らかな手が俺の頬を掴んだ。蜜の唇が必死のキスを押し付ける。「二度と傷つくなんて許さない!」彼女の声が掠れると、崩壊し始めた意識領域の核へ突入していった。
> ※注:個人の意識領域は理論上他者侵入不可
「待て——!」しわがれ声が響く。だがこの半透明の体ではもう阻めない。
◇◆◇
現実にて:
銃撃で投げ出された体が地面に倒れ、凝血の水溜りに虚ろに横たわる。視界が一瞬濁り、そして再び意識空間へ戻った。
「ナイラ…!」叫ぶと同時に安堵が走る——記憶共有の絆がまだ保たれていた。
「静かになさい!彼女がお前の細胞を操作してるんだ。邪魔するな」後から領域に飛び込んだリネアが歯を食いしばって呟く。
彼女の能力だ——細胞レベルでの構造改変。俺の体に生きている細胞がある限り、希望はある。心臓が止まっても、細胞代謝は完全には止まっていない。
だがこれは命懸けの賭けだ。完全な生物学的死が訪れる前にナイラが再生を終えられなければ…この体に縛られた魂も共に消える。
> ※注:酵素活性が完全停止する前なら細胞再生可能
「ナイラ…」胸が痛みと切なさで締め付けられる。決意を固めた——彼女が無事なら、どんな代償でも。たとえ彼女の意のままの人形になっても構わない。
「リネア…ごめん」しゃがれ声が静寂を破る。全ては俺の不注意が招いた結果だ。彼女たちの前で、俺はなんて惨めな男だろう。
「これからも無謀に命を張るつもりなら」突然実体化したデザートイーグルを握りしめながら、リネアが呟く。「この銀弾でお前の心臓を撃ち抜いてやる」全身から殺気が迸る。
「ダメだ」
「…?!」
顔を背け、声を絞り出す。「前に言ったように、その願いだけは…叶えられない」初めて彼女の要求を拒んだ。だがもしリネアやナイラが危機に瀕したら、俺はやはり何でもするだろう。
「バカ…!」歯軋りするリネアの口元に、一瞬だけ苦笑いが浮かんだ。この答えが避けられないこと、彼女も理解していた。
しかし…次の瞬間、リネアが俺の襟を掴んだ。冷たい唇が俺の口元に触れる。「バカへの罰だ」掠れた声で呟くと、踵で俺を蹴飛ばした。
「リネア、お前——」
「べ、別に好意なんてないんだからね!」顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。「ただ…反射的にやっただけ!」ポニーテールを乱しながら背を向ける。
俺は苦笑した。彼女のツンデレ体質はよくわかっている。決して口に出ない本音を無理に引き出す必要はなかった。
肩の力が徐々に抜けていく。瞼の涙の跡を拭いながら、リネアが意識空間から消えるのを見送る。視界はリアルタイムで彼女の動きを追っていた——疲労困憊しながらも敏捷に動く彼女の姿が映る。
◇◆◇
現実世界:
今朝から、リネアたちは終わりなき洞窟の迷宮を進んでいる。地図がないため、分岐点を一つ一つ確認せざるを得なかった。日が暮れるまでに数百の経路を探索したが、無数の暗い坑道がまだ口を開けている。ナイラの体力消耗を考慮し、ツインテールはテント設営を命令した。
進化能力の影響で、俺の視界は赤外線感知へと変貌している。世界は赤と緑のキャンバスと化し、闇に潜む動きを暴き出す。
洞窟の奥へ視線を走らせる。血の蛍のように赤い点が幾つも瞬いている。「あそこに何かが…」
ツインテールはとっくに気づいているはずだ。同じく鋭い彼女の目は長時間監視を続けていたが、あえて動きを止めている。忍耐比べだ。
リネア——謎のエネルギー干渉に阻まれ——状況を読めない。しかしその知性が異変を察知した:ツインテールがわざと遠回りしていると。
[介入すべきか?] 意識空間を通じて思考を送る。
「必要ないわ。全てラストディフェンスラインの手順通りよ。彼らには代替シナリオがある」リネアの声は冷たい。
「ハジメ…ふふっ~あなたの細胞、修復完了よ。感謝の言葉を準備しておいて」
突然メインの意識空間に戻ってきたナイラの声は挑発的だが、顔色は青白い。明らかに体力を消耗している。
「ありがとう、ナイラ」心からの笑顔を向けると、彼女は顔を赤らめた。
「べ、別にそんなに感激しなくていいのよ!」珊瑚色の頬を膨らませて。
「でも…この借りは利子つきで回収するからね!」髪リボンをいじりながら恥ずかしさを誤魔化す。
「早く本体に戻りな」部屋の隅からリネアが割って入り、苦い顔で言った。「体はまだ脆弱よ。私が修復できたのは損傷臓器だけ…残りは自分でなんとかしなさい」
ナイラが肉体を再構築してくれたとはいえ、完全回復には俺自身の進化適応能力による細胞調整が必要だった。
「わかった、そろそろ戻るよ」去り際に二人を見つめる。「ありがとう…俺を救ってくれた天使たち」
リネアは鼻で笑ったが、一瞬見せた優しい表情を俺は脳裏に焼き付けた。ナイラは背を向けたが、小さな微笑みを隠しきれていなかった。