第26章 未来の計画
その夜、俺とシカは軍用車でナトラ市街地の高級ホテルに宿泊した。疲れ切っていた俺は、シャワーも着替えもせずベッドに倒れ込むように眠りについた。
夜中、シカがこっそりベッドに潜り込み、恥ずかしいことをしようとしてきた。もちろん「疲れてるから休みたい」と断った。がっかりした様子だったが、ずっと一緒に寝たがってた彼女をそのまま一晩だけ置いておくことにした。
疲労ですぐに深い眠りに落ち、意識の空間へ。リネアとナイラが待ち構えていた。
「今日は事件が多すぎた。話し合う必要があるだろう」俺が呟く。
リネアは部屋から運んできた三脚椅子(※高度酔いで気絶した際、共有意識空間に部屋の備品を転送できることに気付いた)を用意し、座るよう促した。
「第一に、三人が同じ列車に乗ったのは偶然すぎる。そもそもチケットは私が鉄道システムをハッキングして入手した」
「第二に、シカの一族は私たちの到着を事前に知っていたように待ち構えていた」
「最後に――最も気になるが、ラストディフェンスラインが列車事故後の不可解な体験を一切質問しなかった。高次防衛組織としては異常だ」
リネアの指摘した三つの矛盾点に、三人はそれぞれ深く考え込んだ。
「つまり黒幕が仕組んだ芝居だと?」俺は彼女の暗示を咀嚼した。これだけの稀有事象が重なるのは第三者の介入なしには不可能だ。
「だがそんな事ができる組織がどこに?中国を攻撃するだけでも困難なのに、ましてやラストディフェンスラインに影響力を持つなんて。国家機関ですら無理だ」
「動機は?俺達三人にどんな価値が?」続ける俺に、リネアが冷ややかに分析した。
「第三者がいないなら、祭壇近くで自殺した者たちと関連している。彼らも予言の書を読んでいたはず」
「私の推測が正しければ、予言を実行する独立組織。その力は絶大――宗教・政治・軍事・文化にまで及んでいる」
「私たち三人は予言成就の鍵。彼らが全てを調整しているのも当然」
ナイラは普段の落ち着きを失い、声を震わせた。「なら私達の運命は彼らの掌中に?」
「違う。運命は既に記されている。彼らは単に成就を早めてるだけ」リネアが訂正する。
ふと予言の書の空白ページを思い出し、俺は椅子から跳び上がった。
「思い出した!」
「どうしたの?」二人が同時に身を乗り出す。
「予言の書の空白ページの意味だ」
「あの空白こそが我々を不安にさせる」ナイラが困惑気味に返す。
「あの書物は運命の始まりと終わりだけを記す。中間のプロセス――人生の過程は自分で書くんだ。そこに生きる意味がある。結末が何であれ、共に歩むべき道だ」
この悟りに触発され、俺は二人の手を強く握りしめて振った。
「運命は自分で決める!」
リネアは突然顔を赤らめ、手を振り払いながら叫んだ。「バカ言わないで! あんたなんかと…結ばれるなんてありえないんだから!」
ナイラは外科医さながらに指を動かし、妖艶に微笑んだ。「それならタイにでも行って『改造手術』しましょうか。ハジメくんが『完璧』になれば、私も拒まないわよ」
「俺は本物の男だ!顔が美形でも、この筋肉質な体形を見ろ!」リネアの背後に隠れながら、出来立ての腕筋肉を誇示するふりをして叫んだ。ナイラの外科用ナイフを想像すると冷や汗が背中を伝う。
「いい加減にしなさい」リネアが呆れたように手を振る。将棋の駒を並べるように表情が険しくなる。「各々の特技を活用する。任務終了後、一年目は私が資本市場を掌握し、資金と人脈を拡大する」
「ナイラは生物医薬業界に侵攻。知識と能力が相乗効果を発揮するわ。有名製薬会社への投資を開始しなさい」
「彼らのコネを活用して政府へ繋がりを作り、将来の企業基盤を築く。二年目から五年目は…」
計画は精密機械のように詳細:ナイラが国際製薬企業に潜入しながら秘密の生物兵器を開発、多国籍企業を設立し生物関連産業を独占。リネアはスーパーブレインでアルゴリズム取引による金融帝国を構築しつつ防衛AIとロボット工学を発展させ、人類技術をリードする。
「俺の役目は?」
「予備の肉体労働者」リネアは憮然と宣告した。
「あっさりと?まあ、特技ない俺は力任せが似合う」
最終目標は「ラストディフェンスライン」並みの組織を構築し、20年後の未知の脅威に備えるという。
「待て!これ完全に最終ボスの計画だろ!」マフィアのボスになる未来想像で鳥肌が立った。
リネアの世界征服プランに疑念が湧く。悪くはないが、普通に人生終えたいだけなのだ。
「ハジメ、これは世界征服ではなく自己の運命を制御するためよ。『自分で運命を決める』と言ったのはあなたでしょ?力を得ずしてどう制御するの?」
「未来を考えるのは当然よ。こんな簡単なことも理解できないなんて…本当に脳みそ筋肉ね」リネアは原始人を見るような目で冷ややかに言い放つ。
「でもな、お前の人生論は重すぎる。俺は平凡がいい。世界の危機なんてラストディフェンスラインがいるだろ?」
確かにリネアの「力による勝利」理論には同意できない。漫画の主人公だって超能力なしで悪を倒し、ハーレムを築くんだ…!
「もう知らない!自分で考えなさいよ!!」
やる気のない俺にリネアは激怒。最後の捨て台詞を残すと、部屋のドアを蹴飛ばして閉じた。
「どうして急に怒るんだ?ただ聞いただけなのに」困惑した俺の呟きに、ナイラがため息混じりに言った。
「EQがマイナスの男ね。リネアの態度に気付けないなんて…まあいいわ、今は話さない。明日の記憶共有で自然に分かるから」赤面しながらも憂いを含んだ表情でそう告げると、ナイラも自室へ消えた。
「待てよナイラ!」呼び止める俺を無視し、彼女は背中を向けたまま歩き去る。
「はぁ~、説明してくれればいいのに。女の思考回路は複雑すぎる」意識空間に独り残され、俺は深いため息をつく。二人を怒らせた罪悪感がじわりと胸を締め付ける。
「…寝るか」
長い思索の末、答えが見つからぬまま現実世界へ戻る。隣ではシカが天使のような寝顔で寝息を立てていた。
朝目覚めると、まず昨夜の出来事を反芻した。
【そうか…直接言ってくれればいいのに】
記憶を辿ると、運命に翻弄されていた三人の姿が浮かぶ。俺の言葉がリネアに希望の灯を点し、彼女は密かに俺をリーダーと認め、感情を募らせていたのだ。
彼女が心血を注いで作った未来計画は、全て俺の理想を実現するため。だが俺は平凡な日常を望み、彼女の期待を裏切ってしまった。
幼い頃から世界を変える英雄に憧れていたリネア。その可能性を俺に見出したのに、結局無関心なままの俺。彼女の失望は計り知れない。
【リネア、ありがとう】
彼女の純粋な想いが胸に染み渡り、初めて「責任」という炎が心に灯る。
「お前のためにも、良い未来を作ってみせる」
【なるほど… で、リネアだけのため?私は?】ナイラの声が脳裏に響く。
ハッと我に返る。記憶共有のことを完全に忘れていた…ということはリネアも…中二病全開の宣言を聞かれてしまったのだ!
【…別に感謝なんか求めていないわ】リネアの声は震えていた。
そう言いながらも、リネアの心は好意と照れでいっぱいだった。俺も彼女も、静かな感動に包まれていた。