第19章 日常の中の危険
元々疾走していたリネアが馬の速度を緩めた。馬のスタミナが尽きたわけではなく、高山病の症状が速度制限を強いたのだ。
高度障害が適応不全で命取りになることは事前に読んで知っていた。俺は特殊能力で耐性があるが、リネアの体は別だ。
20分前、馬の振動対策でリネアの腰をしっかり抱えた時から問題は始まっていた。鞍とリネアの腰の間にできた隙間で、敏感な部分が圧迫される格好に。薄い戦闘服の生地から伝わる体温が神経を刺激してくる。
「映画で特定のカップルしか二人乗りしないわけだ」
「位置変えた方が良くないか?制御不能になって...変なことになる危険が」
「妄想乙!勝手な真似させないわよ!」
「そういう意味じゃ」
姿勢を変えても手綱を握るリネアが俺の背中に胸を押し付ける形に。むしろ後ろから抱きつくような体位の方が彼女にとって恥ずかしいらしい。
険しい地形が続くにつれ、微妙なスキンシップがエスカレート。リネアの情熱と俺の衝動が思考回路で共鳴し始める。
ゆっくり距離を取ろうとするたび、新たな摩擦が生じる。押し合いへし合いのリズムが欲望を加速させる。
いつの間にか腕組みが強くなり、リネアもわざとらしく深く寄り掛かってきた。荒い息、紅潮した頬。服を脱がせたい衝動が...
昨夜の変化で生じた俺の体臭が、リネアを酔ったような状態に。次第に意識が曇り、体がぐったりしてきた。
男の芳香に惑わされ、原始的な欲望が絡み合う。理性が崩れ、リネアの指が無意識に服のボタンを外し始めた――
【ハジメ、止めなさい!彼女を殺すわよ!】ナイラの念話が割り込む。
感覚共有で生理反応を監視されていた。実はナイラもこの緊迫した情熱を愉しんでおり、シカを弄ぶことで気を紛らわせていたらしい。
だがリネアの状態は明らかに異常。理性ではなく本能だけが残っている。昨夜の過剰な月経出血と高山病の複合症状とナイラは推測する。
「馬鹿な!高地で馬に揺られながら発情するなんて!」
「リネア、正気に戻れ!」と念話で呼びかける。
「え?私...寝てた?」まだ完全な意識喪失ではなかったようだ。
「頭が...脈打つように痛い」欲望が収まると、高山病の症状が直撃。痛みは共有記憶を通じて俺とナイラにも伝わる。
【注意を怠ったあなたが悪いわ!月経中の安静は言ったでしょう?全員でツケを払う羽よ】
ナイラはこめかみを押さえながら文句を言う。
【こっちだって分からなかったんだよ!あの状況を体験してみろよ、監視役代われってか?】
記憶を共有する少女を抱きながら、生理的反応がない方が不自然だ。彼女の体温に応じれば、平静でいること自体不可能だろう。
リネアが手綱を引き、馬を止めた。
「ハク...抱っこ...寝かせて...」
返事を待たずにリネアは俺の肩で眠りに落ちた――というより失神した。
「リネア、寝るな!起きろ!」叫んでも反応なし。
俺は彼女の額に手を当てた。【熱い…リネアが熱を出してる。どうすれば?】ナイラに焦りながら念話する。
【40度の高熱よ。薬もないし、病院まで100キロ以上離れてる。着く前に全員凍死するわ】ナイラは冷静に分析する。
その言葉からリネアの状態が危険なのは明らかだった。しかしナイラの様子に焦りは微塵もない。
【リネアのことが好きなくせに、簡単に見捨てるのか?】
【諦めるとでも?私も高山病で熱があるの。ただ…あなたが力を分け与えられるなら話は別】相変わらずの達観した口調。
【意味がわからない】
【よく考えなさい。あなたの適応能力は外部環境だけでなく体内環境にも作用するはず。一時的にリネアの体を安定させられる可能性があるわ】
【わかった…】
では具体的にどうすれば?試すべきか?よし、やってみよう。俺は眠らなければ…
だが今は眠れない。どうする?問題だ。睡眠とは目を閉じるだけではない。準備なしでは無理だ。
【簡単よ】ナイラが小指の先を虫に変えて俺の首元へ飛ばす。
【待て、まだ準備が――!】強力な鎮静剤が血管に流し込まれた。
目を開けると、三人の意識が交差する世界にいた。
「なんでここに?」外部の気配を感じたリネアが部屋から出てくる。
今のリネアはエレガントなゴシックドレス姿。白磁のような肌とグラマラスな肢体が、二次元から飛び出した美少女のようだ。
その艶やかな姿に俺は見とれてしまう。顔が熱くなり、一時的に目的を忘れかけた。
なぜかリネアの幼気な顔を見た瞬間、突然涙が溢れ出した。
「いきなりどうしたのよ?」困惑したような、しかし心配そうな声でリネアが尋ねる。
「嬉しくてさ。君と会えたことがただ嬉しかった」涙を拭いながら、目の前の少女に向けて笑顔を作った。
「調子おかしいわよ?本当は何があったの?」リネアは混乱した様子で俺を見つめる。
「よし、まずは黙って...ちょっと待ってて」
返答を待たずに振り向き、自分の部屋のドアへ向かう。
「待って!どういう意味?」リネアはきょとんとした表情で立ち尽くす。
ドアを閉めながら独り呟く。「これでうまくいきますように...」心の底から祈った。
数分後、部屋から出るとすぐにリネアにキスをした。
二度目のキス。彼女の唇の感触は今も鮮明に記憶に残っている。
「何してんのよ!?」混乱と怒り、そして...突然の行為に顔を赤らめるリネア。
「リネア、さっき意識を失ってた。かなり危険な状態だった。すぐに処置しなきゃ命が危なかった」
「で?」彼女まだ不満そうで様子だった
「なんで急に俺がかっこよくなったと思う?」
「知らない」
「昨日...君たちと同じ高みに立ちたいって思った。君たちは美しくて強くて勇敢だ。でも俺は?ただの凡人だ。せめて見た目くらい...君たちにふさわしいように。ほら、背も伸びてイケメンになっただろ」
「だから...力の分与を試した。俺の力を貸すか譲るかすれば、君が早く回復するかもって。で...成功した」
「でもそれがキスと何の関係が?」
「えっと...多分...キスが必要だった」
嘘はついていない。本当のところ、自分でもなぜキスしたか分からない。ただあの時...「そうするべき」と感じただけだ。
「いいわ。今回だけは...無断でキスしたこと許してあげる」
「ありがとう、リネア。今はゆっくり休んで。力を分与したけど、まだ体が弱ってる。後は任せて」
彼女の頭に手を置き、優しく髪を撫でる。
「ん...」リネアは頬を赤らめたまま、小さく頷いた。