第13章 通信
[わかった、でも急げ!俺はもう水門の端まで来てるんだ]
[あと2秒我慢しろ!]リネアが威圧的にテレパシーを飛ばした。
一、二...
[今跳べ!]
反射的に体が反応。足が5メートルまで跳躍した。
跳躍の頂点で、ナイラの槍が風を切り裂くように俺めがけて飛来。鍛えた身体が自動的に動き、自由落下中に高速の槍を掴み取った。
そのまま槍を振り下ろし、全力で怪物の頭頂部を貫く。怪物の体が水門の鉄板に激突し、隙間に挟まった瞬間、さらに上から槍を突き立てる。
着地前に槍を引き抜き、今度は心臓目掛けて叩き込む。槍の神経毒が暴れ回り、怪物は痙攣した後、石化したように動かなくなった。
[...死んだのか?]
声が震えていた。この恐ろしい生物を倒した実感が湧かない。
[生物学的には、そうなるはず]ナイラの冷静な声。
[よかった...]胸を撫で下ろし、鼓動を鎮めようとする。
だが油断していた。怪物の体が突然裂け、黒い霧が凝縮して朧気な人型へと変化した。
「千年ぶりだ...我を殺せしは汝が二人目」
冷たい残響の声。先程の狂気とは別人のようだ。
[どういう意味だ?]
イライラしながら顔を背ける。緊急時に言葉の壁があるのは本当に厄介だ。
「跪け。この世を統べる力を授けよう」
誘惑するような囁き。
俺は無表情で人型を見つめたまま。
「愚か者!我の誘いを拒むとは!」
声が甲高くなる。言葉が理解できないため、困惑した表情を浮かべる。
「その傲慢さ...罰してやる!」
黒霧が爆発し、俺の顔面を襲う。回避する間もなく触れた瞬間、リネアの首元のペンダントが赤く輝き、霧を弾き飛ばした。
「なに!?聖遺物を...!?」
人型が金切り声を上げる。リネアは素早くペンダントを外し、俺に投げ渡した。
触れた右手が火傷して水膨れが...正教会の十字架が炎のように輝いている。
[今だ!突け!]リネアの叫びが頭に響く。
聖なる力を感じながら、十字架が長剣へ変形する。見えない力が腕を導き、人型へ突き刺す。
「やめろォォォッ!!」
絶叫と共に白光が黒い存在を飲み込んだ。十字架は元の形状に戻り、リネアが首にかけ直した。
「すごい…この十字架は何だ?」
「祖父の遺品よ。サンクトペテルブルク大聖堂で奉献されたとか。詳細は知らない」
「じゃあどうして怪物に効くと?」
「勘?」
俺は言葉を失った。
水路を離れようとした時、水門の隙間に引っかかった死体が目に入る。
「ダンバじゃないか?」
全身に貫通穴のあるダンバの体。腕は枯れ枝のように捻じ曲がり、人間らしさは完全に消えていた。
彼の恨みがここまで深かったとは信じられない。嫉妬だけで殺意を抱くはずがない。
首元の異様な膨らみを調べると、黒い狼の牙が突き刺さっていた。慎重に抜き取り証拠品にした。この変異は何か関係があるに違いない。
溝を掘っていると、ナイラの槍が突然脈動し、フェイスハガーのように変形。ダンバの遺体を腐食酵素で溶解し始めた。
「おい、何で遺体を…」
「中国の古書によると、死体損壊は不義の行いとされるが」
「黒いガスの正体が不明。消去が安全よ」
「…わかった」
ナイラの判断が正しいと悟り反論しなかった。
長い戦いの後、ようやく家のソファでくつろぐことができた。ゲイブら村の長老たちの謝罪の嵐は避けられず、中には切腹で償うと迫る者もいた。
俺たちが許しても、彼らは罰を求め続けた。リネアが呆れて追い出すと、生贄の少女だけを尋問用に残した。
「人間はどこまで頭を下げればいいの?」ナイラが意地悪く笑い、少女へ抑揚をつけて問う。
「神使様…シカと申します」少女は震えながら不格好に平伏した。
「どういう意味?」
[もういい。本題に戻りましょう]リネアがツンデレらしい厳しい口調で遮る。
「立て。貴女を傷つけたりしない」ナイラは優雅に身振りを変え、狡猾に会話を誘導した。
「では…私の一族は?」シカがかすかな声で尋ねる。
「騒ぎを起こさない限り、安全は保障する」ナイラは腕組みしながら、少女の微動作を計算するような眼差しを向ける。
「ありがとうございます、尊き方…」
シカの表情が緩んだ。ダンバの事件以来、「神使」からの復讐の恐怖に苛まれていたのだ。
「さて、質問に答えなさい」ナイラがシカの全身を舐めるように見ながら謎めいた笑みを浮かべる。
「実年齢は?」
「16歳でございます」
「身長は?」
「152センチ…」
「バスト、ウエスト、ヒップのサイズと…」
シカが凍りつき、頬が石榴のように真っ赤になった。
[また冗談!?]俺とリネアが同時に心の叫びを上げる。ナイラは苦笑いしながらも、可愛い娘をからかう性分を抑えきれない様子だった。
「エヘム。どこでドイツ語を学んだ?」ナイラが貴族然とした態度で質問を切り出す。
「ドイツ…語?」
「今私たちが使っている言語よ」
「祖母からでございます」
「一族全員が堪能なの?」
「古老は話せますが…若い世代はほぼ忘れました」
ハジメが興味深そうに割り込む:「君たちの祖先はどこから来た?」
「ドナウ川の畔と祖母は申しておりました」
ナイラが眉を吊り上げる:「ドナウ? ヨーロッパ中央のドナウ河流域?」
「はい。儀式歌では『ドゥナヴ』と呼んでおりました」
「では、どうやってここまで来たのか知ってる?」
「定かでは…80年前に古書を奪いに来た集団がいると古老は」
「十分よ。湯を沸かすよう一族に伝えなさい」ナイラは優雅に首を振り尋問を終えた。
シカが去ると、ナイラは深いため息:「彼らはナチス探検隊の末裔ね」
「当時のドイツ人が皆ナチ支持者じゃないだろ?」ハジメが宥める。
ナイラの唇が歪む。大戦後世代とはいえ、ユダヤ系祖先への迫害の記憶は尾を引いている。
「見なさい」彼女の指先が戸上の木彫りを指す――ヒンドゥー様式の左右対称卍。
「ああ…これはナチの斜めハーケンクロイツじゃなく宗教的な…」ハジメが赤面しながら訂正。
「チッ!」ナイラが顔を背け耳を赤らめる:「今は入浴が先よ」
ハジメがリネアとナイラを交互に見る:「俺が先に入るから。二人きりを時間楽しんで」素早く扉の向こうへ消えた。
静寂が支配する部屋。ナイラのマントルのストラップが一つ、また一つと解ける。硬直するリネアを刺すような視線。
「さあリネア。水路の埃を流す時間よ」挑発を含んだ囁きが響いた。