第12章 俺VS魔物
[……待った。喜ぶのは早い。まだ終わってないわ。ダンバという男の表情がおかしい]
リネアが念話を送ってきた。
視線の先を追うと、確かにその男は怒りを滲ませている。左手に何かを隠し持ったまま、獲物を狙う狩人のような構えだ。
[視線を逸らせ。直視するな]
[了解]
俺たちはさりげなく反撃の策略を練り始めた。油断したふりをして[隙]を作ってやる。
「用が済んだら中へ案内しなさい。客を立たせておくとは何事か?」
ナイラがわざと軽はずみな口調でガべに命じる。
「かしこまりました、お主様」
ガべが慌てて部下に指示し、キャンプ最大の建物へ向かう。リネアが入口を通過した頃、ナイラはまだ戸口に残り、俺は完全に取り残された格好に。
人混みで身動きが制限される状況──ダンバが動くには絶好のチャンスだ。
彼は隠し持っていたナイフを握りしめ、人々の注意が逸れた瞬間、背後から急接近。
俺が足を踏み出そうとしたまさにその時、前方の人間を押しのけ、急所を狙って刃物を突きつけてきた。殺意は本物だ。
復讐魔ではないが、命を狙う輩は許さない。
刃が肌に触れる直前に素早く回避。右足で左膝を蹴り上げた。若干の私怨もあってか、蹴撃は思いのほか強烈に炸裂。脛が折れ、大腿部が痙攣する音が響いた。
バランスを失ったダンバが地面に叩きつけられるより早く、俺は足を上げて彼の背骨(胸椎部分)を踏みつけた。
バキッ!
鈍い骨砕音が広場に響き渡り、場が水を打ったように静寂に包まれた。
[一撃で脊髄を断絶か。肋骨も粉々でしょうね]ナイラが冷静に分析する。
[あぁ……やり過ぎた]
この身体の筋力は予想以上だった。戒め程度のつもりが……。
[殺される寸前だったんだぞ? 反撃は当然よ]
リネアは俺の態度に苛立ちを隠さない。彼女が動いていたら、ダンバは即死していただろう。
[そもそも面識もない。なぜ命を懸けてくる?]
最近理不尽な襲撃が多すぎる。
[単純よ。恋愛沙汰だわ。あの少女を抱きしめた時の、彼の眼光を観察しなかったの?]
ナイラが紅玉のような唇を歪ませる。[ダンバは彼女に恋していたのよ]
[……そうか。大切な人を奪われたら、俺だって逆上するかもしれない]
「早く処分しなさい!」ナイラがゲイブに冷たい声を投げつける。
「は、はい……!」
青ざめたガべが呟く。「今日は警察を呼びつけておいて、今度は暗殺未遂か……この野郎、棺桶に生き埋めにされたいのか?」
護衛たちがダンバを運び出そうとした瞬間、苦々しい笑い声が地獄の底から這い上がるように響いた。
「お前らが……お前らが俺を追い詰めたんだ……! ハハハ! 皆道連れだ……!」
素早い手捌きで狼の牙を模した尖った物体を首筋に突き立てる。次の瞬間──
ドゴォォン!
黒煙が胴体から迸り、周囲の護衛たちを飲み込んだ。濃密な闇の霧が瞬く間に周囲を支配する。
「ぎゃあああ───!!」
黒煙の中から肉の裂ける音と悲鳴が共鳴した。第六感が警鐘を鳴らす──この霧には死が充満している。迂闊に近づかず、安全圏から状況を伺う。
「ハク、これ!」
リネアが投げたナイフを空中でキャッチ。[お前が最速。まず囮で突撃。ダメなら右の建物の隙間へ逃げろ]
犠牲作戦ではない。俺の機動力なら仮攻撃後の撤退も可能だ。
霧が薄れると、三メートル級の魔物が現れた。三つの狼頭を持ち、岩肌のような筋肉をした巨体。下半身には不気味な物体がぶら下がっている。
「ははは! 遂に復活したぞ、このジュエル様が! 今度こそ貴様らではこの俺を討てぬ!」
意味不明の台詞を吐く魔物。周囲の民衆は恐怖に震え、地面にひれ伏している。
リネアが目配せ。魔物が完全覚醒する前に隙を突け、との指示だ。
下肢の筋肉を極限まで緊張させる。稲妻のような加速で突進する。一歩ごとに地面が軋むほどの爆発的推進力。
瞬時に魔物の懐へ侵入。胸元で構えたナイフを右頭部の頸動脈へ向け、跳躍と同時に致命傷を狙って振り下ろす。
刃が目標まであと数センチのところで、だが魔物が右腕で俺のナイフ跳ね返した。切り払うはずの一撃が逆に衝撃波となって跳ね返され、体勢を崩す。
「無礼者めが──!!」
魔物の怒号。巨足が俺の転がった地面を蹴り上げる。間一髪で側転し回避──魔物の爪先が髪の毛を掠める。
這うように起き上がり、右側の建築物の隙間へ全力疾走。だが魔物の追撃は容赦ない。左爪が足首を狙って襲いかかる。
本能的に左へ飛び込む。爪の一撃は回避したが、勢い余って再び転倒。
(くそっ……このままでは捕まる!)
俺の体が地面に叩きつけられ、すぐに起き上がれない。魔物の爪が迫る寸前──
ブオォン!
ナイラの超低周波攻撃が炸裂。魔物が一瞬ひるんだ隙に、俺は側溝の狭い水路へ身を転がした。
高さ四メートルのコンクリート水路が墓穴のように魔物の体を拘束。魔物は巨体が塞がれて身動きが取れない。
「喰らえ!」
「もう一撃!」
短剣で魔物の脚を盲滅法に突きまくる。稚拙な戦術だが、これしか手段がない。
[あのぶら下がってる部位を切断しろ]リネアの念話が焦り気味。
[どこだ!?]
[脚の間の忌々しい物体よ]ナイラが舌打ち混じりに補足。
[お前ら…それは鬼畜すぎる…]
俺の息は乱れるが手は止めない。魔物の股間を掠めるように滑り込み──スパッ!
刃物が根元まで深々と食い込む。
「やめろォォ!! この下等生物がァァ!!」
絶叫が大気を震わせた。恨みと後悔と絶望が渦巻く、生き物としての尊厳を喪った断末魔の叫び。
「貴様を骨まで溶かしてやる!!」
魔物の暴走が始まった。暗黒のオーラでコンクリートが崩壊。赤い眼光を煌めかせ、竜巻のように突進してくる。
(クソ! 逃げ場がなくなった!)
爪が左腕をかすめる寸前で体を捻る。鼓動が喉元まで上がってくる。
[走れ! 水門が見えたら飛び込め!]リネアの指示が頭に響く。
[おい! いつまで見てるんだ!?]水門が近づくにつれて俺は叫んだ。
[準備中よ! あと5秒我慢!]ナイラの声に苛立ちが滲む。
遠方でナイラが左腕を異形化させている。皮膚が剥がれ、翡翠色に輝く神経毒の槍へと骨格が再構成される──生体兵器の完成だ。
お疲れ様でした、第12章いかがでしたか?
今回の戦闘シーン、書きながら「ダンバさん可哀想だけど…でも魔物化デザイン楽しいな」とか矛盾した感情に囚われてました(笑)
主人公の「戒めのつもりが脊髄ブチ折る筋力」とか、リネアとナイラのコンビネーション、あとナイラの生体兵器化描写が個人的にツボです。暗黒オーラ炸裂の魔物VS下水道での死闘、映像的にカオスでしょ? 執筆中にコーヒーこぼしそうになりながらキーボード叩いてたのは内緒です。
ところで魔物の「脚の間の忌々しい物体」切断シーン、知り合いから「これは過激では?」と言われましたが「いやいやこれは魔物の弱点ですから!」と熱弁した結果生き残りました。読者の皆様の反応がちょっとドキドキ...
次章はいよいよナイラの毒槍と魔物の最終決着! ついでに謎の「ジュエル様」発言の伏線もちょっと顔出します。ではまた来週、水道管に詰まった魔物の断末魔を聞きながらお会いしましょう!
いつも応援ありがとうございます。
(※現在AM3:25。魔物の叫び声が脳内リピートされて眠れないので、俺そろそろ逃走します)