第11章 俺たちは誘拐犯じゃない
俺たちは険しい表情を浮かべていた。もはや事態は制御不能だ。できることはただ待ち、祈ることだけ──。
半日ほど歩き続け、ついに彼らのキャンプ地に到着した。
老人がキャンプ内に入ると、老若入り混じった集団が出迎えた。年配者たちは俺たち三人を見るなり跪き、息すら殺した。若い連中は困惑と不遜な眼差しで、ジャケット姿の少年たちは敵意すら滲ませている。
キャンプを観察すると、中世のヴァイキング風というより、むしろ現代的な小さな町だった。電柱や舗装道路、地元の住宅街と変わらぬ家屋が並んでいる。
21世紀にもなって東アジアの豊かな地域に原始的な社会が残っているはずがない。時代の波は全てを飲み込んだに違いない。
キャンプ入口で、突然ジャケット姿の青年集団が人混みから現れ、俺たちの行く手を阻んだ。彼らを率いるのは警察官の一団だ。
「ダンバ、下がれ!客人に無礼を働くでない!」
ガベという老人が立ち上がり叱責する。
「ガベおじさん、邪魔しないでください!こいつらは誘拐犯です!」
「今日は街から警察を呼んで捕まえるつもりでした。干渉しないでください!」
ダンバは老人へは礼儀正しく、だが俺たちへ向ける瞳は憎悪に燃えていた。
「戯言!これは遠方からの客人だ。誘拐犯なわけがない!」ガベの声が鋭く響く。
警察は躊躇していた。ダンバの訴えに証拠はなく、俺たちも誘拐犯らしくなかった。拉致されたという少女にも強制の痕跡は見えない。
「ガベさん、怒らないでください。ただの任意調査です」警官が懇願するように言った。
「問題がなければすぐに立ち去ります」別の警官が恭しく付け加えた。
「調査など必要ない!ダンバ、今すぐ引き下がれ!」
ガベは震えていた。もし使者の機嫌を損ねれば、神の呪いが一族に降りかかる。
警官らは引き下がりかけたが、ダンバが突然制服の袖を掴み、俺が抱える少女を指差した。
「見ろ!あれが拉致された子だ!」
警官らが近づいてくる。ガベは歯噛みしつつも阻止できなかった。
俺たち三人は騒動を静観し、チベット語で話す警官たちに包囲された。
「何のつもりだ?警察であろうと、俺たちの行動を制限する権利はない!」
数人が漢民族と分かると、俺たちは流暢な北京語に切り替えた。先前まで理解不能なチベット語で会話していた連中だ。
「あなた方は誘拐事件の容疑者です。調査に協力してください」
警官長が厳しい面持ちで近づいてきた。その手には手錠が光っている。
数人の警官がナイラとリネアを背後から包囲し、俺たちの動きを封じた。警戒態勢を見せたことが、逆に彼らの疑念を深めている。
「警察手帳を提示しろ。でないと協力できん」
俺たちは根拠のない嫌疑を拒否した。法律知識を駆使して圧力をかわす。警官たちは弁護士と対峙するような面持ちで一瞬たじろぎ、ポケットからIDカードを出した。
ナイラは一瞥して返却しながら「有効な身分証よ。でも捜査令状は?」と鋭く詰め寄る。彼女の瞳には計算された非協力の意志が光る。何者かの唆しかもしれないが、程よい抵抗が必要だ。
「それは…」警官らが赤面した。令状なしの捜査は明らかな違法行為だ。
「短時間で済ませるから」虚勢張る声が続く。
「俺たちには重要な用件がある」俺が遮るように言い放つ。
「申告者のために報告書が必要で…」
その時、顔を隠していた俺のマントを警官が乱暴にはがした。虎のような鋭い耳と太い口髯が露わになる。
場内に悲鳴が炸裂。警官隊が凍りつき、異常事態を理解できず混乱する。
「尊き方!」
ガベの叫びと同時に長老たちが警官を地面に押さえつけた。秩序が崩壊し、俺たちは法執行機関と対峙する形に。
震えるガベが俺の前に平伏した「不届き者どもの過ちです!どうか我が族を…罰するならこの身に!」
説明しようとした俺をナイラが先制した。「神への侮辱は滅びを招くわ」
次の瞬間、守っている少女を除く全員が耳を押さえて苦悶の叫びを上げた。何事だ!?
[心配しないで。ただの高振幅低周波攻撃よ。声帯を調整して試してみたの。思ったより効果的ね]
この奇策はナイラの即興だった。彼女の脳裏にふと浮かんだアイデアを、俺は事前に察知できなかった。
[事前に相談しろよ!緊急事態かと思った!皆殺しにする前に止めろ!]
[落ち着いて。流れに乗るのよ]
[また勝手な実験…!]
[これで完全にトラブル確定か…]
ナイラが声を止めると、ダンバを除く全員が崩れ落ちた。「尊き方の慈悲に感謝を!」ガベが震えながら何度も平伏す。その目には涙が光っている。
「次はないわよ」ナイラが意図的に威圧的な口調を出す。「警察を追い返しなさい」
実のところ公権力を辱めるつもりはなかったが、状況は暴走していた。「謹んで!」ガベが部下に命じ、警官隊は解放された。
リネアが帽子を脱ぎ、警官長に耳打ちする:「怖がらなくていいわ。三点だけ伝える:
一、私たちは誘拐犯ではない
二、携帯を紛失したからあなたのを借りる
三、私たちは国家の特別機関所属。今日のことは忘れなさい」
警官長が硬直した頷きを見せ、携帯を差し出した。部下たちも従い、リネアと俺に追加で二台渡す。
「もう降りてもいいよ」と、俺が抱えていた少女に言った。彼女は赤面しながら地面に足を付けた。
すぐさま実家に連絡。列車襲撃のニュースで両親はパニック状態だった。ただし──リネアとナイラの「両親」は実際には雇われ護衛。任務の便宜のための偽装だ。
「事件現場にはいなかった」と嘘のアリバイ工作。数日間の連絡不通が混乱を増幅させていたようだ。
家族を落ち着かせた後、リネアとナイラは重要な電話を数本かけてから携帯を返却。ほどなく警官長の携帯が鳴り、「承知しました」との返事を繰り返した後、部隊は黙って撤収した。ダンバは無力感に打ちひしがれている。
俺は安堵の息をつく。どうやらリネアたちが上層部に直接働きかけ、警察の問題を処理したらしい。
翌朝には専用機が住民票、銀行カード、着替えを届ける予定だ。