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相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
8/11

第八話、王妃と赤子

 その頃、ジンは瓦礫が散乱する道を踏み越え、城の跡へと急いでいた。


「何かある」


 崩壊した城が見える位置まで来たジンは、ふと視界の隅に引っかかるものを感じた。


 少し先の瓦礫に埋もれている何か――いや、誰か。


 気になったジンは駆け寄り、力任せに岩を取り除く。瓦礫の下から、血に染まった白いワンピースが現れた。


「フローラ様」


 王妃フローラがそこにいた。

 体の所々が傷付き、流れた血が服に滲んでいる。その呼吸は浅く、まるで今にも消え入りそうだった。


 一刻の猶予もない。


 ジンはすぐに脈を測る。しかし、その鼓動は驚くほどに弱かった。

 そんなジンの手の温もりを感じたのか、フローラは僅かに瞼を開き、弱々しい声で囁いた。


「近くに……赤ちゃんがいるの……助けて……」

「赤子ですか。分かりました」


 ジンはフローラの言葉を胸に刻み、瓦礫を掘り返し始めた。


 だが――赤子の姿は見当たらない。


 ーー焦る。


 レイオウの生存確認もある。ここで時間をかけている場合ではない。

 それでも、ジンは必死に岩をどかし、崩れた木材を払い、捜索を続けた。

 そんな中、微かに響く泣き声が聞こえた。


「近くにいる」


 ジンは耳を澄ませ、慎重に歩を進める。

 やがて、一箇所から確かに赤子の泣き声が響いているのを捉えた。

 その場所を特定すると、ジンは即座に岩を退かし、小さな体を包む布を見つける。


「よし、いい子だ」


 ジンは汚れを払うように優しく布を撫で、赤子をそっと抱き上げた。

 そのまま王妃の元へと戻り、横たわるフローラの腕の中へ、慎重に赤子を抱かせる。


「ああ、大事な……私の子……アル」


 フローラは、最愛の我が子の小さな頭を弱々しく撫でる。その指先すらも、今にも力を失いそうだった。

 その傍らで、ジンは素早く改良型魔電報を起動し、魔導師ジェロへ連絡を取る。

 電波は悪かったが、かろうじて通信が繋がる。


「王妃と赤子を発見した」

「見付かったか。場所は」

「城の手前付近だ。岩に目印を付けとく」

「分かった。今から向かう」


 通信を終え、ジンは改めてフローラに目を向けた。

 アルの頭に優しく手を乗せたまま、静かに眠る王妃。


 ーーだが、その手は、もう微動だにしなかった。


 ジンはそっとアルをフローラの腕から引き離し、その首筋へ手を添える。


 その鼓動は――もう、どこにもなかった。


「死んでいる……」


 ジンの呟きが、静寂の空間に溶ける。

 束の間の出来事だった。


 フローラ王妃の鼓動は止まり、その胸はもう上下することはなかった。

 ジンは目を伏せ、短い黙祷を捧げた。そのすぐ脇では、赤子のアルが母の死を理解することなく、小さな手を動かし、無邪気に声を上げていた。

 ジンはふと後ろを向き、アルから少し距離を取ると、その場で四つん這いになった。


 次の瞬間、固く握りしめた拳が地面を殴りつける。


「くそっ……何でこうなんだよ」


 城も、街も、王妃も。


 全てが破壊され、奪われた。


 ジンの魔物への怒りと、己の無力さへの悔しさが混じり合う。拳を何度も地面へ打ちつけるたび、硬い地面は砕け、血の雫が滲む。


 その時だった。


「あうあう」


 ふと、小さな声が聞こえた。


 ジンの背に、小さな手が伸びる。


 アルが、遊び感覚でジンの背によじ登ろうとしていた。


 ジンは動きを止め、ゆっくりと顔を上げると、膝を立てて胡座をかいた。懐に収まるようにアルを抱き寄せる。

 血に汚れていない方の手で、そっとアルの頭を撫でた。


 まだ何も知らない、この小さな命に向かって、ジンは語りかける。


「お前の母さんは、凄い人だ。だけどな――今から買い物に出かけるって言ってる。待つのもあれだから、行こうかアル」


「あうあう」


 アルはジンの言葉の意味も分からぬまま、嬉しそうに笑う。


 ジンは瓦礫の中に落ちていたおんぶ紐を拾い、体に装着すると、アルをしっかり背負った。そして、城へと歩みを進めた。

 その途中、ジンはジェロにフローラ妃の死を伝える。


「残念だったな、ジン」


 改良型魔電報から、ジェロの低い声が響く。


「悔やんでも仕方ない。赤子は俺が守る」

「……任せたぞ」

「あうあう」


 赤子の声が魔電報越しに伝わると、ジェロが小さく笑った。


「笑って申し訳無い。だが、赤子は元気そうで何よりだ」

「ああ、大丈夫だ。状況はまるで分かってない」

「それは当たり前だ」


 向こうで、また笑い声がした。

 ジンも、思わず口元を綻ばせる。


「まだレイオウ様の確認は取れていない。それに魔物も彷徨いているようだから、気を付けてくれ」

「ご忠告どうも。死ぬんじゃないぞ」

「俺にはアルがついている」

「あうあう」


 再び、魔導師たちの笑い声が響いた。


 ――荒んだ心を解すような、無邪気な笑い声。


 ジンもまた、その小さな命に、深い絶望の中から立ち上がる力を感じていた。

 通信を終えたジンは、足を止めることなく城跡へと向かっていた。警戒を解かず、瓦礫に埋もれた景色を睨む。

 やがて、視界の先に僅かに動く影が映った。


「……誰かいる」


 目を凝らすと、崩れた広場の中心で、レイオウと何者かが対峙しているのが分かった。


「レイオウ様……」


 ジンは咄嗟に駆け出したが、突如として地面が歪み、黒い影が湧き上がった。道を塞ぐように現れたのは複数の魔物たちだった。


「魔物の数は……十五体。ナイトシザースとグリムガード、ミミズはヴェノムワーム、ダンゴムシはアイアンローダー、そして魔導師がゼロフェイス。こいつが一番の厄介者か……」


 グリムガードは火球を放ち、ナイトシザースは鎌を振り上げる。ヴェノムワームは腐食性の蟻酸を撒き散らし、アイアンローダーは球体となり、轟音とともに転がり始めた。

 背にアルを抱えたジンは、動きに制限を受けながらも、絶妙な間合いで攻撃を交わしつつ、鈍色の剣で次々と魔物を斬り伏せる。


 だが——。


 ゼロフェイスだけは容易に近づけなかった。


「どうやって倒せばいい……」


 近づけば雷の結界が張られ、離れれば鎌鼬が襲う。攻守のバランスが取れた難敵だった。

 さらに、束の間に五体のゼロフェイスが湧き、ジンを囲む。


「アルを背負っていると動きにくい……どうする……」


 五体の魔導師が同時に鎌鼬を詠唱し始めた。


「これしかない」


 詠唱が終わると同時に、風を裂く刃が五方向から殺到する。

 ジンはギリギリまで引きつけ、一瞬の緩急で跳躍した。


「おお」


 アルが背中で揺られながら、逆さまになった景色を見つめる。

 地上では、互いの鎌鼬が交錯し、魔導師たち自身を切り裂いていた。

 ゼロフェイスの断末魔を背に、ジンは地上へ着地する。


 額の汗を拭うと、背のアルが両手をバタつかせる。


「あうあう」

「……いや、楽しくはないんだが」


 アルは小さな手を叩き、遊園地のアトラクションと勘違いしているようだった。


「どうも」


 ジンは素っ気なく返しつつ、遠方に視線を移す。

 瓦礫の向こうで、レイオウがまだ生きているのを確認する。そして、彼と対峙する男——茶色のシルクハットを被った謎の人物がいた。


「……まだ生きてるな。それと、あのシルクハットは誰だ」


 顔は遠くて見えない。だが、レイオウと対等に刃を交えるその実力は、只者ではないことを物語っていた。

 ジンはアルを一旦、瓦礫の中に隠し、レイオウの助太刀に向かう。


 同じ頃——。


 茶色のシルクハットの男は、波打つ剣でレイオウの細剣と火花を散らしていた。

 渋く低い声が、戦場に響く。


「なあレイオウ、大事な兵と国民が死んだ中で、元サントリア王国ナンバーワンの兵士と勝負する今の心境はどうよ」



 

 

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