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相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
7/11

第七話、フレックス・アグニス

 フレックスの言葉が挑発に聞こえたのか、クライの眉間に深い皺が刻まれる。苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言い返した。


「下級兵士……下級兵士が調子乗ってんじゃねえよ。影刃(シャドウブレード)


 詠唱と共にクライは高く跳躍し、片手に黒い影の剣を生成する。落下の勢いを乗せ、暗黒の刃をフレックスへと振り下ろした。


 それに対し、紅の剣を握るフレックスの瞳が炎のように燃え上がる。迷いなく剣を構え、真っ向からその一撃を迎え撃つ。


「下級兵士如きが、何笑ってる」

「お前を倒すことが嬉しいのさ」

「ほざくな」


 フレックスは足を踏み込み、全身の力を込めてクライの剣を押し返す。その衝撃に、クライの体は後方へ弾かれた。だが、クライがまだ宙にあるうちに、フレックスは一気に間合いを詰める。


 クライが着地したほぼ同時に、紅の剣が閃く。しかし、クライはその動きを読んでいたかのように、影の剣で間一髪受け止める。


「あんた、やるな」

「下級兵士如きがのぼせんな」


 刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。互いの力が拮抗し、剣の交点は微動だにしない。視線を絡ませたまま、二人は僅かな隙を窺う。


 沈黙が張り詰める中、やがて同時に剣を引き、距離を取る。


 仕切り直し、互いに剣を構え直すと――次の瞬間、地を蹴り、再び激突する。


焔閃(フレイムスラッシュ)

影針(シャドウニードル)


 フレックスは紅の刃に瞬時に炎を纏わせ、クライに向かって駆ける。対するクライは、先端の鋭い影の針を数本放った。


 接近する影の針を、燃え盛る紅の剣が黒煙を出すことなく焼き払う。同時に、オレンジと黄色が交わる太く大きな炎の斬撃波がクライへと飛翔していった。


 目を見開いたクライは、その迫力に一瞬圧倒されるも、冷静に無駄のない動きで回避する。戦闘慣れした彼は、回避しながらも執拗に影の針を放ち続けた。


 クライは攻撃の手を休めず、隙を作ることなく針を次々と放つ。一方のフレックスは、それらを焼き払いながら、同時に斬撃波を飛ばして反撃する。


 攻撃と防御が同時に展開され、戦いは拮抗したまま激化していった。


「針ばかり飛ばして、しつこいぞ」

「お前こそしつこいんだよ」


 互いに攻め続け、攻防は均衡を保ったまま膠着する。その間、レイオウの傷は徐々に癒え、ついに立ち上がれるほどに回復していた。


 戦場を見渡し、目の前で奮闘するフレックスへと声をかける。


「私も参戦しよう」


 レイオウの突然の声に、フレックスは一瞬気を取られる。咄嗟にクライから距離を取り、隙を作らぬよう注意しながら返答する。


「いえ、レイオウ様はお休みください」

「フレックス。無理するでない」

「こいつなら、俺だけで十分です」


 クライはフレックスの言葉に苛立ちを募らせる。攻防を止め、眉間に皺を寄せながら怒鳴った。


「何が十分だ。――口減らずが」

「避けるばっかりのチキン野郎は黙ってろ」

「お前、いい加減にしろよ」


 目を瞑ったクライは、体の中心で音を立てて合掌し、低く詠唱を始める。


闇千手サウザンド・ダークハンディ


 詠唱が終わると、クライの背中から、揺らめく黒影の腕が五つ、空へと伸び上がった。


 それを目の当たりにしたフレックスとレイオウは、それぞれ剣を握りしめ、次なる攻撃に備える。


「何か来る。レイオウ様、離れてください」

「フレックス、気をつけろ」


 目を閉じたまま立つクライは、両手を前に突き出し、指の第一、第二関節を力強く曲げる。


 その瞬間、五つの影の腕が形を変えた。拳、針、剣、斧、鎖鎌――それぞれの武器へと変貌し、一斉にフレックスへと襲いかかる。


焔閃(フレイムスラッシュ)


 フレックスは炎の剣を振りかざし、迫る影を瞬時に焼き払う。だが、切り残した影が背後へと流れ、レイオウへと向かって伸びる。


「――危ない!!」


 フレックスが叫ぶが、レイオウはすでに細剣を構えていた。回復した彼は即座に剣を振るい、影を鮮やかに弾き落とす。


 弾かれた影は軌道を変え、クライの背中へと吸い込まれるように戻っていった。


「心配はいらん。フレックス、倒すぞ」

「はい」


 レイオウとフレックスは前方のクライへと体を向け、鋭い視線を向ける。


 そのクライの背から、フレックスが焼き消した分だけ、新たな影の手が何事もなかったかのように生え出した。


 生え揃った影の手は、再び二人へと襲いかかる。レイオウとフレックスは素早くそれを交わし、隙を突いてクライ本体へ攻撃を試みる。だが、その度に別の影が間に割って入り、二人の剣を阻んだ。


 攻防が続き、時間だけが無情に過ぎていく。


 レイオウが口を開く。


「いつの間にか数が随分と増えたな」

「時間が経つと、増えるみたいですね」


 クライの背中から生える影の手は増殖を続け、すでに二十本を超えていた。最初と比べると、(おびただ)しい数に膨れ上がっている。


 二人は足を微かにずらし、次の攻撃に備える。


 その瞬間、クライの背から、一際大きな影が伸び上がった。その影は他の影よりも高く持ち上がり、中央に異様な大きな目が一つ開く。


 それを見たフレックスが呟いた。


「なんだ、あの気持ち悪い目は……」


 均衡を保っていた戦況が、徐々に劣勢へと傾き始める。


 そんな中、クライの背中から、これまでの影とは異なる、実体のある巨大な両手両足が生え出した。


 生えた二本の足は、地面を強く踏みしめる。それと同時に、クライの体がふわりと浮かび上がった。


 レイオウとフレックスの目には、それらの異形の手足が毒々しい薄紫色を帯びて見えた。


「シヌガイイ」


 低く響く不気味な声が、静寂を裂いた。


 次の瞬間、巨大な両手が拳を握り、二人へと襲いかかる。


 レイオウは軽やかに身を翻して回避し、フレックスも小さな影を斬り払いながら、異質な拳は徹底して避けるよう立ち回る。


 しかし、巨大な拳は留まることなく、執拗に二人を襲撃し続けた。


「……何かある」


 人と拳が交錯し続ける中、フレックスは気付く。


 あの異形の大きな目の下――そこに鈍く輝く黒い玉があった。


「レイオウ様、目の下に何かあります」

「下にか」


 影の猛攻をかわしながら、レイオウも黒い玉の存在に気付く。そして、すぐに次の戦略を練り始めた。


「恐らくあれは影の核だ」

「核……どうしますか」

「フレックス、やつが無差別に攻撃している時があることに気付いているか」

「何となくですが……」


 言葉が続かないフレックスに、レイオウは少し早口で策を伝える。その間にも、影の攻撃は激しさを増していた。


「影の無差別攻撃が外れる時というのは、視界がこちらを捉えていない時だ」

「つまり……」

「やつの視界から消えれば、攻撃が外れやすいということだ。それにお主の炎は斬れる」

「確かに影は斬れます。あの拳は斬れそうにないですが」


 レイオウの話を聞いた上で、フレックスは紅の剣で小さな影を斬り払って確認し、同時に、レイオウが細剣で影を弾き落とす様子も観察した。


「フレックス。お主に敵の陽動を頼む。私がその隙にやつの核を砕く」

「分かりました。やります」


 レイオウの指示通り、フレックスが接近を始めると、影の目が即座に反応した。素早く動き出したフレックスに注視し、鋭く恐怖心を煽るような眼差しを向ける。


 二人の思惑通り、巨大な拳と小さな影が一斉に襲いかかった。


 低く響く声が影の方から漏れ出る。


「ネズミドモガ」

「デカいのは態度だけか」


 フレックスは挑発し続けながら、影の気を引きつける。その間に、レイオウは真反対の方角から影の核へと接近し、無差別に振るわれる影の拳を弾き交わしながら進んでいた。


「コイツ、サッキカラ、チカヅカナイ……」


 フレックスが一定の範囲を保ちながら前後左右に動いていることに、影は薄々気付き始めた。そして、ふと、レイオウの存在を思い出す。


「シマッタ、ソコカ……」


 気付いた時にはすでに遅かった。


一天の突き(ヘブンピーサー)


 影が視線を向けた瞬間、レイオウはすでに核の前で宙を舞っていた。


 細剣が白く輝きを放ち、レイオウの気迫に満ちた声と共に、閃光のような突きが核へと放たれる。


 白雷が核を中心に奔り、周囲へ迸る。瞬間、辺り一帯が白い閃光に包まれた。


「はああ!!」

「ヌオオーー!!」


 苦しみの声を上げる影。レイオウはそれを無視し、渾身の力を込めて核の玉を突き続けた。


 すると――核の玉に亀裂が走る。


 次の瞬間、ガラスが砕け散るような音が響き渡り、核は粉々に砕けた。レイオウの剣はそのまま宙を貫いた。


「ヌワアアーー!!」

「やったか……」


 核を失った巨大な影は、絶叫しながら目を充血させる。それと同時に、夥しい数の影が、一瞬にして動きを変えた。


 ーー岩すら貫く矢の速さである。


 離れて見ていたフレックスへと、猛る影の群れが襲いかかった。


「しまっ……」

「フレックス!!」


 レイオウの声が届くよりも早く、フレックスは剣を盾にして影の襲撃を防ぐ。しかし、飛来する影は無数。防ぎきれず、幾つもの刃のような影がフレックスの体を切り裂いた。


「くそ……」


 鮮血が舞い、フレックスの体が大きく揺らぐ。

 片膝を地に着き、剣を杖代わりにしてかろうじて踏みとどまるが、ダメージは深刻だった。

 その様子を見たレイオウは助けに向かおうとした。


 だが――薄紫色の巨大な拳が、凄まじい速さで横合いから現れ、レイオウを強烈に殴り飛ばした。


「くっ!!」


 レイオウは瞬時に剣で受け止めるが、その衝撃に抗えず、遠くへと吹き飛ばされる。

 遠くで何とか立ち上がりながら、レイオウは声をかける。


「立つんだ……フレックス……!!」


 その言葉に応えるような動きは、フレックスにはなかった。


 静まり返った戦場。


 赤い目がぎらつき、怒りに燃えた視線をレイオウへと向ける。

 起き上がったレイオウは、このままでは二人とも死ぬと悟り、瞬時に思考を巡らせる。


 だが、策を練る暇も与えず――二つの巨大な拳が再び迫る。


「ぐぬっ!!」


 握りしめた剣で二つの拳を受け止める。しかし、その拳は先程よりもさらに勢いと重さが増していた。


 力に押し負けたレイオウは、再び後方へと吹き飛ばされる。


 土埃が舞い散る中、ようやく動きを止めたレイオウは、荒い息を吐きながら、それでも立ち上がる。


「はぁ……はぁ……」


 辛うじて直撃を免れたレイオウだったが、圧倒的な力の差に体力を大きく削がれていた。

 遠くにいる影を睨む中、傷だらけのフレックスが体を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がる。


 赤い目が低く唸り、声を発した。


「モハヤオマエタチニ、カチメハナイ」

「まだだ……」


 荒い息を吐きながらも、フレックスは赤い目に反抗するように剣を強く握る。その瞳には、絶望すらも燃やす炎が宿っていた。

 乱れた呼吸を整えながら、遠くにいるレイオウへと声を届ける。


「一発で決めます」

「何が『一発で決めます』だ。フレックス、逃げろ」

「王を差し置いて逃げられません」

「もうお主の体は保たん」

「まだ……」


 フレックスは赤い目を睨みつけ、紅の剣を胸の前で横に構えた。そして、深く息を吸う。


「終わってません」


 静かに告げると、もう片方の手を鍔側の鎬に当て、そっと目を閉じた。


 その瞬間――フレックスの足元から炎が渦を巻き、膝まで吹き上がる。その炎は消えることなく燃え続けた。


 レイオウの目が見開かれる。


 その最中、赤い目は重い両拳を横に並べ、矢のような速さでフレックスへと飛ばした。


「何をしている、逃げろ!!」


 レイオウが叫ぶ。しかし、フレックスは微動だにしない。

 両拳は勢いを増しながら炎の境界線を越えようとした。


 ーーその時だった。


 赤い目は、フレックスの両目を捉えた。

 その瞳に映ったのは――心臓が凍りつくような、悍ましいほどの炎。


 赤い目に恐怖が走る。本能が両拳を止めた。


 ーー静寂が訪れる。


「止まった……」


 無意識にレイオウが呟いた。その沈黙の中、フレックスはゆっくりと目を開け、口を開く。


「秘技、獄炎の一撃インフェルノストライク


 言葉と同時に、鍔に添えた手を剣先まで素早く滑らせる。

 その軌跡から、空気中の水分が蒸発するほどの灼熱の炎が生まれる。

 溶岩のように煮え滾る紅の剣を、フレックスは全力で両拳へと振り下ろした。


 しかし――片方の拳すら、斬れない。


「うおおーー!!」


 それでもフレックスは諦めなかった。叫びと共に、煮え滾る刃先を力の限り押し当て続ける。

 炎が剣の周囲に渦を巻き、勢いを増していく。


「ここで必ず、ーー斬ってみせる!!」


 歯を食いしばり、全神経を刃先に集中させる。

 フレックスは最後の力を振り絞り、両拳へと押し当て続けた。


 ーーその時だった。


 硬質な薄紫の皮膚が悲鳴を上げた。

 岩が砕けるような音が響き、裂け目が広がる。

 その次には、張り詰めた幕が裂けるように、一気に両拳は灼斬された。


 赤い目が、苦痛の叫びを上げる。


「テガアア!!」


 断ち切られた両拳が紅く燃え、炎が爆発的に吹き出す。

 その炎は赤い目の体へと走り、瞬く間に夥しい数の影へと燃え広がった。

 業火に焼かれた影は、あまりの苦しさにクライを切り離す。


「アツイ、アツイ、アツイ、アツイ!!」


 断末魔の叫びと共に、影は全てを飲み込むほどの業火へと包まれる。


 次の瞬間――炎が爆発し、影の存在を霧散させた。


 爆風がレイオウとフレックスを襲う。しかし、なぜかその熱は感じられなかった。

 吹き荒れた風が静まり、影のいた場所には、赤と白の光の粒が宙を舞っていた。やがて風が吹き抜け、その光の粒は空高く舞い上がると、静かに散って消えた。


「倒し……た……」


 フレックスはそっと呟くと、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。


「大丈夫か、フレックス!!」


 駆け寄ったレイオウは、フレックスを仰向けにし、上半身を抱え上げる。


「俺、やりましたよ……ジンに……よろ……し……く……」


 血を流し続けながら、フレックスはかすれた声で言葉を発した。


 そして彼は――静かに目を閉じた。


 レイオウは、フレックスの首に手を当て、脈を測る。

 脈は急速に弱まっていた。


「おい、死ぬな!! すぐに治療を……」


 その言葉は途切れる。ーー脈が、完全に止まったのだ。

 レイオウは、ただ黙ってフレックスの顔を見つめる。


 そこには――優しい笑みが浮かび、さぞ満足そうなフレックスの表情があった。

 

 

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