表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
6/11

第六話、破壊

 ジンの投げつけた剣が蜘蛛の頭蓋骨に突き刺さったのは、漆黒の球体が放たれた直後だった。


「間に合わなかった……」


 戦意を失ったジンは、力なく逆さに落下しながら、破壊の軌跡を描く漆黒の球体が城へ向かって進む光景を、ただ茫然と見つめていた。


爆炎の炎玉インフェルノエクスプロージョン……」


 呆然とするジンの視界に、突然、眩い閃光が飛び込んできた。反射的に腕で目を覆う。


「くっ眩しい……」


 光が収まり、ジンが改めて球体の行方を見やると、その軌道が微妙に逸れ、城の横をかすめていた。漆黒の塊はさらに急上昇し、快晴の青空の中で炸裂する。


「何が起きたんだ……」


 数瞬の遅れの後、大爆発の轟音が街全体に響き渡る。落下中のジンは、その音が届いた瞬間、あることを思い出した。


「まずい」


 爆発音が掻き消えた次の瞬間、凄まじい風圧が城と街を飲み込み、破壊の嵐となって襲いかかった。非情な突風が建物の壁を砕き、瓦礫を宙に舞い上げ、街並みを粉々にしていく。


 ジンは身を隠す術もなく、猛烈な風圧にただただ飲み込まれていった。


 どれほどの時間が経ったのか――。


 意識が朦朧とするジンは、現実なのか夢なのか、それとも死の世界なのかも分からない曖昧な闇の中にいた。ただ、自分の体が横たわっていることだけは理解できた。


「どの道……免れなかったのだ……」


 生気のない無気力なジンは、暗闇の奥へとゆっくり沈んでいく。このまま何もかもを手放し、闇の底へと沈み込もうか――そんな考えが頭をよぎった。


 その時、不意に男の声が響く。


「ジン、目を覚ませ」

「……誰だ?」


 沈みゆく闇の中で、ジンは誰かが自分を呼んでいることに気づいた。しかし、気力はまだ湧かない。


「目を覚ませ、ジン」

「何を言っている。俺は風圧に巻き込まれて……死んだんだ」

「まだ死んでない――起きろ」


 暗闇の中、最後に響いたのは、これまでよりも強く、気迫のこもった声だった。

 その直後、ジンの胸ぐらが何かに掴まれ、強引に引き上げられる。


「……っ!!」


 反射的に振り払おうとするが、相手の力は一切緩まない。抵抗する間もなく、闇の中を引きずられていく。


 どれほど進んだのか――。


 やがて、進む先に木製の扉が音もなく現れた。その扉は勝手に開き、中から眩い光を放つ。


「……うっなんだこれは!!」

「起きろジン」


 ジンがゆっくりと目を開けると、目の前に藍色のフード付きロングコートを纏った男が座っていた。彼はジンの胸ぐらを掴んでいたが、ジンが目覚めると手を離し、頭をそっと地面へ戻す。


 ジンは上半身を起こし、周囲を見渡した。同じロングコートをまとった数人が円を描くように座っており、その中心に自分が横たわっていたことに気づく。


 痛む体を押して立ち上がる。視界の先に広がるのは、爆発前の青空とはまるで異なる光景だった。暗い雲が空を覆い、城も街もすべて瓦礫と化し、無機質な静寂が辺りを支配している。ところどころで灰を撒き散らす炎だけが、崩壊した街に残された生の名残だった。


「街が……」


 呆然と立ち尽くすジンの呟きが、静寂を切り裂く。その声に応じるように、囲んでいたロングコートの男たちも、間を置いて立ち上がった。


 その中の一人――先ほどジンの胸ぐらを掴んでいた男が、ゆっくりとフードを外し、顔を晒す。


「ジン。俺はジェロ・エイド。上級魔導師だ」

「魔導師……」


 現れたジェロは金髪のショートヘアに鋭い眼差しを持つ男だった。年齢はジンと近いが、その瞳には揺るぎない覚悟が宿っている。


 彼は淡々とした口調で語る。


「俺たちが連携魔法で放った炎によって放出物の軌道を逸らしたが、爆風までは防げなかった。その爆風によって、街は消えた」


 ジンは改めて、灰と化した街並みを見つめる。静かに息を吐き、問いかける。


「どれくらい気を失っていた」

「三十分ほどだ」

「頭蓋骨は」

「爆風をまともに受けて消えた」

「レイオウ様は」

「まだ分からない」


 ジェロとの会話の途中で、別の魔導師がジンの剣を手渡す。ジンは軽く礼を述べ、剣を握り直すと、再びジェロに向き直る。


「俺は城へ行き、レイオウ様と双子の存否を確認する。ジェロたちは生存している兵士の治療を進めた後、この国からの脱出を図ってくれないか」

「分かった。そういえば、ジンには伝えておきたいことがある」

「何かあるのか」


 ジェロはロングコートの内ポケットに手を忍ばせる。そこから、白い紙を一枚と、小型のイヤホンらしき魔装具を取り出し、ジンに差し出した。


 ジンはそれを受け取り、先に紙を広げて内容を確認する。


「……このマーク、どこかで見たことがある」


 紙には、太陽と月を重ねた紋章が描かれていた。


「腕にこのマークを刻んだ優秀な奴が、サントリア国内にいたらしい。今更だが、そいつは王を狙う侵入者だ」

「太陽に月のマーク……――クライ・ドメッサーか」

「知っているのか?」

「いや、襲撃を受ける数時間前に少し会話しただけだが……」


 ジンの脳裏に、レイオウと共に退避していたクライの姿が蘇る。


「なんてことだ……」

「さっさと行った方が良さそうだな」

「ありがとう」

「おっと、忘れてた。その小型イヤホンの魔装具は、改良型魔電報といって、俺たち魔導師と連絡が取れるようになってる。何かあれば飛ばしてくれ」

「恩に着る」


 ジンは魔導師たちに礼を言い、すぐさま城の方角へ駆け出した。


「……生きていることを願うしかない」


 その頃、曇天の下、崩壊した城から少し離れた広場で――

 レイオウとクライは生きたまま対峙していた。


「レイオウさんよ。もう諦めたらどうよ」

「お前は自分の心配をしたらどうだ」

「国がこんな廃墟になっても、気にしないとは、冷たい王様だ」


 レイオウとクライが生きていた理由は、大爆発が起きた際に城の結界魔法が発動し、爆風に巻き込まれなかったためである。その結果、城は崩壊したが、結界魔法の効果で最悪の事態は避けられていた。


「あんた、いつから俺に気付いてたんだい」

「腕を見た時からだ」

「ああ、秘密のルートの時からバレてたってわけか」

「腕のマークを隠すには、包帯は持って来いだからな。それに秘密のルート、そんな物はない」

「包帯か。秘密のルートはちょっと楽しみだったけどなあ」


 クライは右手に影のような黒い鎖鎌を生成し、レイオウへと投げ放つ。しかし、レイオウは片手の細剣で軽々と弾いた。弾かれた鎖鎌はクライの手元に戻り、消失する。


「そんな簡単に死んではくれないよねえ」

「黙って消えるが良い――五月雨(さみだれ)


 レイオウの細剣が素早く空を斬ると、白い刃が幾つもクライに向かって飛来する。


「こいつは危ないねえ」


 横に飛び退きながら回避したクライは、片手に黒いナイフを生成し、立て続けにレイオウへ投げ込む。だが、レイオウは動じることなく、その場で全て弾き落とした。


 その瞬間、クライの唇が不適な笑みを描く。レイオウはその表情を見逃さなかった。すぐさま弾き落としたナイフへ視線を向ける――そこには影でできた時限爆弾があり、ちょうど零秒を迎えていた。


「爆弾か」

「戦いは弾くだけじゃ駄目だぜ、レイオウのオッサン」


 次の瞬間、影のナイフから爆発が起こり、黒い炎がレイオウを包み込む。


「ざまぁねえな。調子乗ってるから」


 立ち上る黒煙を悠然と眺めるクライ。だが、突風が吹き抜け、煙が晴れると、そこにレイオウの姿はなかった。


「――いない」


 クライは驚愕し、周囲を見渡す。直後、背後に強烈な気配を感じた。


「――後ろか」

「ゴミが……」


 レイオウは振り向くクライの顔面を片手で掴み、そのまま地面に叩きつける。轟音とともに、硬い地面が砕け散った。


「クライ。この私に挑んだのを後悔するんだな」


 掴んだクライの頭をさらに地面へと押し込む。意識を失ったかのように動かなくなったクライを見て、レイオウは勝負が決したと判断し、静かに立ち上がる。そして、手についた塵を払いつつ、その場を去ろうと足を進めた。


「オッサン――どこ見てんの」


 沈黙を破るかのように、静かな空間にクライの声が響いた。

 レイオウは声に即応し、即座に剣を握りしめながら振り向いた。だが、その刹那にはもうクライが懐に入り込んでいた。


影鎖(シャドウチェイン)


 クライの指先から伸びた影の鎖が、瞬く間にレイオウの手足を縛り付ける。レイオウは力ずくで動かそうとしたが、鎖はびくともしない。


「ざーんねん。あんたの力じゃこれは解けないのよ」

「離せ」

「離すわけないだろ。トドメ行くか――影刃(シャドウブレード)


 クライは右手に影の剣を生成すると、一気にレイオウの体を右斜め上へ斬り上げる。暗黒の刃が肉を裂き、レイオウの返り血がクライの体に飛び散った。


「ぐっ……」

「どうよ。俺たちの苦しみは」

「俺たちの苦しみ……知るか……」


 クライはバツを描くように、次は左上から右斜め下へと切り裂く。鋭い痛みが全身を貫き、レイオウは思わず叫んだ。


「ぐわあーー!!」


 苦痛にもがくレイオウを見下ろしながら、クライは不敵な笑みを浮かべる。そして、影の剣の峰を肩に担ぎながら、静かに語り始めた。


「お前ら、忘れたわけじゃないだろ」

「何をだ」

「惚けんじゃねえ。俺たち、エクリプス・ミラージュを壊滅させたことだ」

「エクリプス……ミラージュ……」

「覚えてないとは言わせねえ」


 レイオウの反応を見た瞬間、クライの怒りが爆発する。勢いよく足を振り上げ、レイオウの腹部へ蹴りを叩き込んだ。衝撃が体を貫き、レイオウは激しく吐血する。


「お前らは、俺たちの仲間をこうやって潰していったんだよ」

「それはお前たちが、世界を乱そうとしていたからだ」

「――乱すだと?」


 レイオウの言葉がクライの逆鱗に触れる。


「人間の自由を奪っているお前たちの方が正しいのかよ。ここで終わらせてやる――影刃(シャドウブレード)


 クライはもう片方の手にも影の剣を生成し、怒りに満ちた瞳でレイオウを見上げた。


「死んで償え」


 クライの両手に握られた影の剣が、レイオウの腹部へと突き刺さる――はずだった。

 刺さる瞬間、刃は金属音を響かせながら弾かれ、そのまま地面に突き立ったのだ。


「……っ!?」


 クライは何が起こったのか一瞬理解できず、目を見開く。


「お待たせしました。レイオウ様」


 澄んだ声が静寂を破る。


「お主は……」

「俺の名前は、フレックス・アグニス」

「フレックス……ジンの……」

「ジンをご存知なんですね」


 二本の影の剣を押さえつける一本の鮮やかな紅の剣。その剣を握るフレックスは、クライへと鋭く斬り上げる。

 クライは間一髪で身を翻して交わしたが、頬を浅く裂かれた。


「ちっ……」


 クライはバク転で素早く距離を取る。しかし、その僅かな隙を逃さず、フレックスはレイオウを縛る影の鎖へ炎魔法を放ち、瞬く間に焼き尽くす。


「お前、何なんだ」


 レイオウを仕留め損ねた苛立ちを滲ませるクライに、フレックスは平然と答えた。


「俺はサントリア王国の下級兵士だ」

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ