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相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
5/11

第五話、望み

 粉塵が舞う中、崩れ落ちた瓦礫を蹴り飛ばし、ジンとレオンは必死に這い出た。


 全身が砂埃にまみれたジンは、服や髪に付いた汚れを払い落としながら、息を整える。


「……当たれば死んでいたな」


 レオンも肩で息をしながら、前方へ目を向ける。


 二人は、足を動かすたびに地震のような振動を生む巨大な蜘蛛を見据えた。

 視線を交わし、無言で相槌を打つと、再び駆け出した。


 粉塵の煙る街路を、巨大蜘蛛へ向かってひたすら走る。

 すると、遠くの崩れかけた五階建ての建物の屋上で、何かが動いた。

 レオンは前を向いたまま、ジンに声をかける。


「……何かいる」

「確かに。だが、人間じゃないな」

「ああ、俺もそう思う」

「突っ切るぞ」

「強行突破ね」


 臆することなく、二人はそのまま突き進んだ。


 すると、屋上の影に続いて、新たな影が次々と現れる。

 やがて、影たちはジンとレオンの進行方向へと降り立ち、行く手を遮った。


 砂埃が晴れると、魔物の姿が鮮明に浮かび上がる。


「ジン、灰色のガーゴイルと、大きな黒いカマキリみたいだな」

「俺の知識によれば、ガーゴイルはグリムガード、カマキリはナイトシザースだ」

「詳しいな」

「数時間、本を漁っていたからな」


 レオンは想像する。


 国内随一の腕を持つジンが、部屋にこもって延々と本を読み漁る姿をーー。


 その光景を思い浮かべ、警備業務以外でも精力的に動くジンの労苦を感じると同時に、あまりの生真面目さに思わず苦笑する。

 そんなやりとりを交わす間に、二人の足が止まった。

 目の前の道を、魔物たちが待ち構えていた。


「さて、どうするよ。魔物さんたちは、ここは通さないって顔してるぜ」

「……斬り進むだけだ」


 ジンは剣の柄に手を添え、静かに刃を抜いた。

 戦闘の幕が、今まさに上がろうとしていた。


 剣を抜いた二人と群がる魔物が、互いに睨み合う。

 その時だった――。


「えぇん……」


 突如、魔物と二人の間を切り裂くように、子供の泣き声が響いた。

 二人は即座に振り向く。


 そこには、小さな赤ん坊の女の子がいた。

 地面に転がり、擦り傷から血を滲ませながら、必死に泣き叫んでいる。


 その瞬間に、ナイトシザースが動いた。


「しまった!」


 レオンが声を上げ、魔物に寸分遅れて駆け出す。


「ーー間に合わない」


 レオンと赤ん坊の距離はまだ開いている。

 それに対し、ナイトシザースはすでに赤ん坊を攻撃範囲に捉えていた。

 銀色に輝く鎌が高く振り上げられる。


「『ファーストファイア』」


 レオンの後方から、低く確かな声が響いた。


 次の瞬間、炎を纏った火球が彼の横を疾走し、一直線にナイトシザースの頭部へと飛ぶ。直撃した火球は、小さく爆発し、ナイトシザースの動きを一瞬止めた。


「行けるーー間に合う!」


 レオンは歯を食いしばり、駆け込むと赤ん坊を抱き上げ、そのまま全力で走る。

 しかし、その背後には、すでに態勢を立て直したナイトシザースがいた。振り上げられた鎌が、再び鋭く振り下ろされる。


「こいつ……速い……!」


 レオンは赤ん坊を覆うように抱きしめ、刃が迫るのを覚悟した。


 静寂が訪れる。


 レオンの視界が暗闇に包まれる。


「……真っ暗だ。ついに死んだか、俺は……」


 虚空に向かって呟いたその時、遠くからかすかに声が聞こえた。


「ま……ぞ……」

「……ん?  誰だ?」


 ぼんやりとした意識の中で、声が徐々に明瞭になる。


「まだ……死んでねえ」

「……死んでないのか?」

「当たり前だ。目を瞑ってたら、そりゃ真っ暗に決まってるだろ」


 レオンはゆっくりと目を開けた。

 目の前に広がる光景。

 そこには、ナイトシザースの鎌を鈍色の細剣で受け止めているジンの姿があった。


 レオンは呆然とジンの背中を見つめる。


「何している。早く子供を連れて逃げろ」


 ジンの冷静な声が響く。

 レオンはハッとし、赤ん坊をしっかりと抱き直すと、振り返って走り出した。


「すまない、ジン……絶対に生きろよ」

「互いにな」


 ジンは短く答えると、ナイトシザースと対峙する。

 静かに、しかし確実に刃を握り締めた。


 赤子を抱えたまま、レオンは瓦礫の隙間を流れる水のように潜り抜け、その場から撤退した。

 背後に残る剣と鎌が、微かに金属音を響かせながら、小刻みに震えている。


「……もういいか」


 ジンは僅かに剣の力を緩めると、相手の鎌を横に受け流す。

 バランスを崩したナイトシザースの鎌が、勢いよく地面に突き刺さる。


 その一瞬。


 ジンの刃が唸りを上げ、ナイトシザースの首を容赦なく切り裂いた。

 振り抜いた剣をそのまま静止させ、鋭い眼差しで後方の魔物たちを睨みつける。


 グリムガード、そして残るナイトシザースたちが、その光景を合図にしたかのように、一斉に襲いかかってきた。


「まとめて相手してやる」


 迫り来る魔物たちを前に、ジンは一歩も引かない。


 即座に剣を鞘へと納めると、柄を握ったまま片足を後ろに下げ、膝を落とす。

 静寂が降りる。ジンはそっと目を閉じた。


 ナイトシザースが足音を立てながら距離を詰め、鋭い鎌を振り上げる。

 その時、ジンの瞳が刃のように鋭く開かれた。


「……居合い」


 ナイトシザースの鎌が、ジン目掛けて振り下ろされる。


 しかし、――ジンの姿は、そこにはなかった。

 魔物たちがジンの姿を見失ったまま、三秒間の沈黙が続く。


 次の瞬間、少し離れた後方――風の如く駆け抜けたジンの姿が、ゆらりと現れる。


「……終わりだ」


 鞘に納め切った瞬間、ナイトシザースの視界が二つに裂けた。続けて、背後の魔物たちも等しく斬り裂かれる。


 断末魔の叫びが響き渡り、魔物の体が地面に崩れ落ちると、やがて黒い塵となって消えていった。


 静かに息を整えたジンは、視線を上げる。

 目の前に広がるのは、巨大な蜘蛛へと続く道。


 その道の先に、真の脅威が待っている――だが、新たな魔物たちが道を塞ぐようにジンの前に現れていた。


「……しつこいな」


 しかし、ジンは動じることなく刃を振るい、流れるような剣さばきで次々と屠っていった。

 そのまま、巨大な蜘蛛のもとへと歩を進める。


 それを見た蜘蛛は、ゆっくりと足を振り上げる。


「ヴオオーー……」


 重々しい咆哮が響き渡ると同時に、蜘蛛は巨体を支える一本の足を高く掲げた。


 そして――大地を裂く勢いで振り下ろす。


 ジンは横へと飛び、寸前で衝撃を回避する。

 しかし、蜘蛛の一撃が生み出した暴風が彼の身体を巻き上げ、さらに上空へと弾き飛ばした。


「くっ……!」


 無防備なまま空中へ投げ出される。

 制御を失った身体が落下を始めたとき、運よく高層の建物の屋上へと着地することができた。


 崩れかけた屋上で膝をつき、息を整える。


「……風すら攻撃になるとはな」


 だが、蜘蛛は容赦しない。先ほど振り下ろした足を横へと振り抜く。

 その一撃が建物の壁を破砕し、瓦礫が崩落していく。

 ジンは反射的に跳躍し、危機を逃れた。


 しかし、蜘蛛の狙いはそこだった。

 宙に舞ったジンへ、もう一本の足が素早く振り下ろされる。


「……しまった!」


 避ける術がない。


 咄嗟に剣を構え、蜘蛛の一撃を受け止めるが、圧倒的な質量の前に防御は通じなかった。

 ジンの身体はそのまま地面へと叩きつけられる。


 激しい衝撃が走り、粉塵が一気に舞い上がる。


 だが、蜘蛛は止まらない。


 同じ場所へ何度も足を叩きつけ、大地を抉るように攻撃を続ける。無数の衝撃によって地面は崩れ、一メートル先すら見えないほどの濃厚な粉塵が辺りを覆い尽くす。


 やがて、蜘蛛は動きを止めた。

 そして、漆黒の眼窩を晴れ渡る空へと向ける。


「……ヴオオーー!!」


 勝利の雄叫びが街全域に轟く。


 その陰で――瓦礫の隙間から、ひとつの影がゆっくりと這い出てきた。

 額から血を流しながらも、ジンは静かに立ち上がる。


「……舐めやがって」


 砂埃に覆われた瓦礫の中、ジンは静かに息を整える。

 蜘蛛はまだ彼の存在に気づいていない。


 その隙を逃さず、ジンは軽々と跳び上がり、蜘蛛の足先へと着地した。


「剣技――」


 低く呟いた刹那、彼の刃が閃く。


 目にも止まらぬ速さで回転しながら、冷たい剣筋が蜘蛛の脚を斬り裂く。

 斬撃の勢いをそのまま、ジンは足を駆け上がる。


 吹き付ける鎌鼬かまいたちの如く――。


 第二関節に差し掛かると、ジンは高く跳躍し、砂埃の帳を抜けた。


 その瞬間、蜘蛛は回転するジンの姿を視界に捉える。

 先ほどまで響いていた雄叫びがぴたりと止み、街の騒音が静寂へと翻る。


 音の裏側に広がる沈黙の中で、ジンは静かに言葉を紡ぐ。


真空連撃(エアーアサルト)


 彼の言葉と同時に――蜘蛛の足先から第二関節までが、まるで時間が遅れていたかのように切り落とされた。


 静寂を切り裂く鮮烈な一閃。


 足の断面から紫の血が噴き出し、周囲を染め上げる。


「グワアアーー!」


 蜘蛛は怒号のような悲鳴を上げながら、大地を震わせるように後退する。

 その巨体が落下し、轟音と共に地面が揺れた。

 ジンは息を整えながら蜘蛛を見つめる。


「……効いたか?」


 しかし、思ったよりも早く、蜘蛛は再び動き出した。

 怒りに満ちた咆哮が、今度は天を揺るがすほどに轟く。


「グオオーー!!」

「……うるせぇ」


 ジンは不安定な足場に着地し、慎重に蜘蛛の動向を見極める。

 だが、蜘蛛はジンをまっすぐ見据えず、少しずらして体の向きを変えた。


「……向きを変えた?」


 疑問が脳裏をよぎる。

 すると、蜘蛛が大きく口を開き、その奥に漆黒の粒子を集め始めた。

 その光景を目にした瞬間、ジンの思考に稲妻のような直感が走る。

 背後を振り返る。


 瓦礫の向こう――そこには、城があった。


 蜘蛛の口元で膨らんでいく闇。日の光すら吸収するかのように、漆黒の球体が成長していく。

 見る間にそれは、蜘蛛の頭蓋骨と同じ大きさに達していた。


 差し迫る危機。


 額を流れる汗が、頬を伝い地面に落ちる。

 ジンは全身に力を込め、地面を砕く勢いで踏み込んだ。


「……止めなければ」


 稲妻のごとく駆け出す。


 しかし、蜘蛛の球体はすでに光を集め終えていた。

 不穏な気配が、蜘蛛全体を包み込む。


 ジンは高く跳躍し、接近を試みる――だが、あと少し、距離が足りなかった。


「このままでは……」


 判断の余地はない。


「――これに賭ける!」


 ジンは空中で素早く体を捻り、瞬時に剣を引き抜く。

 回転する勢いを刃に乗せ、力の限り投げ放つ。


 鈍色の剣は、風を切り裂きながら一直線に飛んでいった。

 

 

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