表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
4/11

第四話、襲撃(改稿)

 ジンは静寂に包まれた図書室で、数時間にわたり立ち並ぶ本棚の間を歩き回り、目的の本を探し続けていた。


「クソ、見つからない……」


 魔物図鑑、召喚魔法の書物、さらにはゼラチンを使った料理の本まで手を伸ばしたが、ゼラチン状の魔物に関する記録は一切見つからなかった。


「どこにもないのか……」


 積み重なった本の山を前に、ジンは小さく舌打ちした。


「ジン様ですか?」


 ふと聞こえた女性の声に、ジンは顔を上げた。

 そこには、ツヤのある茶髪を三つ編みにしたメガネの女性が、不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「ちょっと急ぎで魔物の記録を調べていてね」

「どんな魔物ですか?」

「ゼラチン状の魔物なんだが……」


 小柄で細身の女性は、顎に手を当てて考え込んだ。

 しばらくの沈黙の後、何かを思い出したかのように目を輝かせた。


「お探しの魔物が載った図鑑、見つかるかもしれません」

「まだ他にあるのか?」

「はい。特別な本なので、一般には公開されていません」

「どこにある?」

「こちらへ」


 女性はジンを先導し始めた。

 ジンは少し訝しみながらも、後をついて行く。


 図書室を抜け、彼女は奥にある執務室へと進んだ。

 室内には書類が無造作に積み重なり、机の上も整理されているとは言い難い。


 彼女はそのまま奥の壁の前で立ち止まる。

 そこだけ装飾がほとんど施されておらず、周囲と比べても妙に目立たない作りになっていた。


「ちょっと待て。ここはただの壁だろ?」

「本当は、私でも開けるのは禁止されていますが……誰も見ていませんし、大丈夫でしょう」

「いいのか……?」

「心配いりません。開けますよ」


 彼女は壁に手を当て、下から上へとゆっくり滑らせるように動かした。

 すると、表面の白い壁紙が手の動きに合わせてめくれ上がる。

 ジンが驚く間もなく、彼女はさらに手を添え、何かを押し込んだ。

 次の瞬間、壁全体が沈み始めた。


 静かに、しかし確実に動いていく壁。

 その奥から、新たな壁が現れた。


 完全に沈み切った時、その壁に描かれたものが露わとなる。

 それは、赤い色で塗り固められた巨大な魔法陣 だった。


「この模様……魔法陣か?」

「そうです。見ていてください」


 彼女が魔法陣の中心に手をかざすと、淡い光が広がった。赤い線に沿って金色の光が走り、外周へと一気に拡散していく。

 やがて魔法陣全体がぼんやりと発光し、中心にあった床の一部が静かに沈み始めた。


 そこには、紫の表紙に金色の装飾が施された重厚な一冊の本が置かれていた。


「ジン様がお探しの本は恐らく、こちらでしょう」

「この本は一体……?」

「これは冥界の魔物が記された図鑑です」

「冥界……そんなものがあるのか?」

「私には分かりません。話によれば、昔、冥界に向かった人が記録を残したものだそうです」

「別世界に行った……?」

「それも信じられませんが、伝承ではそのように伝えられています」


 女性は慎重に本を持ち上げ、両手でジンの前に差し出した。


「どうぞ、お受け取りください」

「ありがとう。しかし、本当に俺でいいのか? 禁止されていたんだろう?」

「大丈夫です。それに、私は本は必要な時に、必要な人が持っておくべきものだと考えています」

「そうか……ありがとう。もし何か処分を受けることがあれば、私の名前を出してくれ。私が責任を負う」

「そんな、滅相もない……」


 女性は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにかしこまり、深く頭を下げた。

 彼女は再び壁に手を添え、魔法陣を光らせると、壁を元の位置へと戻す。

 ジンに軽く会釈をすると、そのまま静かに去っていった。


「……あ、名前を聞きそびれたか」


 ジンは執務室を出て、周囲を見回したが、すでに彼女の姿はどこにもなかった。

 仕方なく、本を抱えて図書室の窓際にある机へと向かう。


 分厚い本を机の上に置き、ジンは慎重にページをめくり始めた。


 一枚、一枚、古びた紙の感触を確かめながら読み進める。


 数十分が経ち、ページの終盤に差しかかったところで、ジンの手が止まった。


「マッドルゴス……」


 そこに記されていたのは、現場に残されていた黒いゼラチン状の物体と酷似した魔物だった。

 さらに読み込んでいくうちに、ジンの口から思わず声が漏れる。


「この魔物……」


 その瞬間、地鳴りが響いた。

 大きな衝撃音とともに爆発の音が城内に反響する。


 ジンは反射的に窓際へ駆け寄り、二階の窓から外を見下ろした。

 視界の先、城下町の上空には、多くの鳥が驚いて飛び立ち、家々から黒煙が立ち上っている。


「何事だ……?」


 ジンは本を抱えたまま、急いで図書室を飛び出した。

 廊下では、兵たちが慌ただしく駆け回っていた。

 ジンはその混乱の中をすり抜け、一直線に大広間へと向かう。


 一、二分後、大広間の入口にたどり着いた。

 そこには、先ほど図書室に向かう途中で出会ったクライ・ドメッサーが、静かに立っていた。


「クライ、急務だ」

「どうしたジン? そんなに慌てて」

「城下町で大きな爆発があった」

「爆発だと? それは緊急事態だな……」


 クライは驚きながらも即座に反応し、大広間の扉を押し開けた。


「どうした、ジン」


 大広間の奥、大きなステンドグラスの前に立ち、外を眺めていたレイオウが静かに口を開いた。

 背を向けていながらも、ジンが来たことを悟っているようだった。


「城下町で大きな爆発が先ほどありました」

「ああ、私にも窓から音が聞こえた」

「前回の騒動から時間が経っていません。レイオウ様は安全な場所に退避を」

「お前たちを見捨てて、私だけ抜け駆けするようでは、王に相応しくない」

「しかし、レイオウ様が失われては、我々だけでなく、多くの国民も悲しみに沈みます」


 しばしの沈黙が流れた。


 レイオウは微かに息を吐くと、背を向けたまま口を開く。


「……分かった。退避しよう」


 その言葉に、クライが一歩前へ出て提案する。


「ジン、あんたは現場に向かった方がいい。レイオウ様は俺が守る」

「クライ、あんたは強いのか?」

「俺も大広間の守護を任される一人だ。腕なら保証する」

「……分かった。レイオウ様を頼む」

「あいよ」


 ジンは二人と相槌を交わすと、そのまま大広間を飛び出していった。

 レイオウとクライもまた、歩を進めながら移動を開始する。

 途中、レイオウはクライの片腕に巻かれた包帯に目を留めた。


「その包帯はどうした?」

「これはここに来る前に、犬に引っかかれまして」

「そうか。それは気の毒だったな」

「お気遣いありがとうございます」


 レイオウは小さく頷くと、少し歩を速めた。


「クライ。今から安全に移動するため、秘密のルートに向かう」

「秘密……ですか?」

「まだ誰も知らない通路だ」

「分かりました。そこまでお守りいたします」


 二人はさらに足を速めた。

 一方、すでに城を抜け出し、馬で街を駆けるジンは、爆発音から逃げ惑う人々を避けながら進んでいた。

 黒煙の上がる方向を目指し、馬の速度を上げる。


 向かい風が肌を打ちつけるが、ジンは迷うことなく突き進んだ。


「何が……一体何が起きようとしているんだ……」


 ジンはざわつく心を落ち着かせるように、腰の剣の柄に手を当てた。

 黒煙の近くまで来たところで、再び大きな地鳴りと爆発が響く。


 次の瞬間、凄まじい風圧がジンと逃げ惑う人々を襲った。

 砂埃と破片を巻き込んだ暴風が通りを吹き荒れ、視界が一瞬で白く染まる。


「ぐっ……!」


 ジンは片腕で顔を覆い、身体を低くして耐える。

 風が静まり、徐々に視界が戻ってくると、街並みの面影は完全に失われていた。

 砕けた窓ガラス、割れた陶器、転がる食材――すべてが無残に散乱している。


 瓦礫の山に目を向けるジン。

 その時、重く低い声が城下町全体に響き渡った。


「ヴオオーー……」

「この声は……なんだ?」


 直後、地面が大きく揺れた。まるで地震のように地面が上下に波打つ。

 ジンは嫌な予感に駆られる。そして、その予想は皮肉にも的中した。

 百メートル先の曲がり角から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。


 まず見えたのは――大木のように太く、くすんだ紫色の巨大な「棒」。

 それはまるで引っ掻き棒のような形状をしており、先端が鋭く尖っていた。

 その足が固い地面を容易く砕く。


「あれは……魔物なのか……?」

「ヴオオーー……」


 低く唸る声とともに、二本目の足が現れる。

 その足が建物を粉砕すると、ついに胴体と頭部が姿を見せた。

 全身の構造は巨大な蜘蛛のようだった。


 だが、その頭部は人間の巨大な頭蓋骨で形成されていた。

 建物の二十階に匹敵するほどの巨大な頭蓋骨。

 その目の窪みは深い闇に包まれ、覗き込めば吸い込まれそうな不気味さを放っている。


「……デカすぎる」


 あまりのスケールの違いに、ジンは思わず動きを止めてしまう。


「おい、ジン! 何止まってる! ーー行くぞ!」


 鋭い男の声が飛んだ。

 振り向くと、前回の調査で馬を貸してくれたレオン・クラウスがいた。


「ボケっとしてたら、街が終わるぞ!」

「……すまない。その通りだ」


 ジンは息を整え、剣の柄を握り直した。

 レオンと共に、手綱を引き、馬を走らせながら巨大な蜘蛛へと接近する。


 その動きに気づいたのか、蜘蛛はゆっくりとこちらへ向きを変えた。

 前方の片足を内側に引き込み、引っ掻き棒の先端に漆黒の光を集めていく。


「……ここで何をする気だ?」


 不吉な予兆に、ジンは鋭く目を細める。


「レオン、来るぞ! 避けろ!」

「ヴオオーー!」


 巨大な蜘蛛は足を大きく振り抜いた。


 瞬間、漆黒の刃が飛び出す。


 空間そのものを裂くような破壊音が響き、建物、地面、あらゆる物体が一刀両断される。

 一直線に進んだ刃は、城下町の一角を切り裂き、無数の瓦礫を宙へと舞い上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ