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相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
3/11

第三話、調査(改稿)

「ジンーー大変だ、大変だ!」


 大広間の扉の前で警備をしていたジンは、突如響いた叫び声に反応し、視線を向けた。

 廊下の奥から、一人の兵士が息を切らせながら猛然と駆けてくる。


 甲冑の継ぎ目から滲む汗、荒い呼吸、焦燥に満ちた表情。

 彼はただならぬ事態を告げるように、「大変だ!」と繰り返しながら走り寄ると、大広間の前で立ち止まり、前屈みになって膝に手をついた。


「どうしました?」


 ジンが冷静に問いかける。兵士は肩で息をしながら、喉を震わせて絞り出すように言った。


「レイオウ様に伝えなければならない……ーー緊急の報告です!」


「分かりました」


 ジンは素早く扉をノックし、中にいる王へと報告の必要があることを伝えた。


「どうぞ、中へ」


 扉の向こうから響いたのは、落ち着いたが威厳のある声だった。


「すまん、ジン」


 ジンが扉を開くと、大広間の荘厳な光景が広がった。


 大理石の床は磨き上げられ、陽光が窓から差し込むたびに艶やかに反射している。

 真紅のカーペットが入口から玉座へと一直線に伸び、縁には繊細な金の装飾が施されていた。

 背後の壁には巨大なステンドガラスが並び、天井には王権の象徴とも言える豪奢なシャンデリアが一つ。


 無駄な装飾はなく、静寂と共にただ威厳が漂っている。

 この広間に足を踏み入れるだけで、誰もが王の力を肌で感じ取れるだろう。


 息を切らしながら入ってきた兵士は、カーペットの上に膝をつくと、深く頭を下げた。

 背後でジンは無言で直立し、彼の言葉を待つ。


 やがて、兵士は大きく息を吸い込み、報告を開始した。


「つい先程、城下町で非常に大きな爆発が発生しました。その近隣にいた住民乃至(ないし)他地域の商人にも大きな被害が出ております。緊急対応として、爆発した周辺を通行止めにした後、近くで警備に当たっていた兵が爆発元の調査を行っているとのことです」


 広間に響いた報告に、レイオウは静かに聞き入っていた。

 最初は玉座に深く腰を沈めていたが、話が進むにつれてゆっくりと前のめりになっていく。


 その動きをジンは見逃さなかった。


「他に、情報はないか?」

「申し訳ありません。現状、申し上げられる情報は以上で――失礼、魔電報(までんぽう)です」


 兵士は突然話を切り上げると、右手を耳に当てて頷き始めた。


 魔電報(までんぽう)――この世界で広く使われている遠距離通信手段だ。魔力を媒体とし、遠方と交信ができる。ただ、兵士の使用する魔電報(までんぽう)は一般のものとは異なり、魔電(までん)妨害を防ぐ特殊な魔装具を装着している。


 しばらく沈黙が続いた。兵士は相手の話に耳を傾け、時折小さく頷いている。

 ジンはその様子を見ながら、話が止まってしまったことに少し苛立ちを覚えた。


 ーー長い。


 報告が進まない。

 ジンは軽くため息をつき、廊下へ出ようと後ろを振り向いた。


 その時だった。


 魔電報のやり取りが唐突に終わり、兵士が急に動きを止める。

 そして、改めて報告を再開した。


「今、現場の兵から魔電報がありました」

「それで、何と?」


 レイオウが低く問う。

 兵士はわずかに息を整え、言葉を続けた。


「はい、現場で一人の兵が救出されました。意識は朦朧としていますが、名をフレックス・アグニスと言います」


 その瞬間、広間の空気が変わった。


「今なんて言った?」


 ジンの声には明らかな動揺が滲んでいた。


 レイオウがジンへと視線を向ける。その威圧的な眼差しに、兵士も僅かに息を呑んだ。

 二人の間にいる兵士は、ジンを覗き見るようにしながら言葉を振る。


「名前はフレックス・アグニスだ。ジン、何か知っているのか?」


「ジン、申せ」


 レイオウの一言に、ジンは拳を握りしめ、深く息を吐いた。


「ーーはい。フレックスは私が小さい時からお世話になっている先輩になります」


 静かに、しかし確かな決意を宿した声だった。


 レイオウは一拍の沈黙を置き、静かに命じた。


「そうか、ジン。直ちにその現場へ急行せよ」

「ーー承知」


 レイオウの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ジンの姿はすでに部屋の入口にはなかった。


 城の玄関を飛び出し、噴水広場に出ると、ジンは一気に駆け足で進む。

 その姿を偶然目にした騎兵が、彼に向かって声をかけた。


「ジン!」


 振り向くと、騎兵が手綱を握る馬の横で立ち止まり、すぐに後ろに連れていた馬を手放して渡してきた。


「これを使え!」


 ジンは颯爽と走りながら、そのまま馬に飛び乗る。


「ありがとう、助かった」

「乗ってけ、ジン。俺も向かう!」

「持ち場を離れていいのか?」

「俺はもう勤務終了だ。自由に動ける」

「都合がいいことだな」


 軽く笑い合いながら、二人は馬を駆り出す。


 城下町へと続く道を疾走する中、ジンは強く手綱を握った。

 向かい風が涼しく頬を撫でるが、額にはじんわりと汗が滲んでいる。


 フレックスが倒れている。

 ジンはその事実だけが頭を支配し、馬を更に走らせた。

 少しして、ジンは後ろを追走する騎兵に話しかけた。


「あなたの名前は?」

「俺か。俺は、レオン・クラウス」

「自分はジン・ハルバード」

「ハルバード……初めて聞いたな」

「みんな『ジン』としか呼びませんからね」

「そりゃ、そっちのほうが呼びやすい」

「お好きにどうぞ、レオンさん」

「……『さん』付けはやめてくれよ。気持ち悪い」


 レオンは眉をしかめて肩をすくめた。


「それに、お前のほうが立場は上だろ。普通にレオンでいい」

「分かりました、レオン」


 二人は短いやり取りを交わしつつ、馬を駆る。

 十分ほど走っただろうか。視界の先に、黒煙がゆっくりと空へと昇っているのが見えた。


 馬を止めると、二人は無言で馬から飛び降り、結界魔法の展開されている区域へと向かう。

 魔力の障壁に軽く触れると、適合者である二人は違和感なくそのまま通過した。


 周囲には被害状況を確認する兵たちが動き回っており、焦げた瓦礫の間で負傷者の治療が行われていた。

 ジンは一人の兵士に軽く会釈をしながら、奥へと進もうとしたが、その足を止めた。


 フレックスの容態が気になったのだ。


「レオン、負傷した兵の様子を見てくる。先に行ってくれ」

「そうか。では後ほど」


 そう言い残し、レオンは先へ進む。

 一方のジンは、負傷者を治療するために待機している長方形の 回魔装車(かいまそうしゃ) を見つけ、足早に向かった。


 車両の後部へ近づくと、僅かに開いた扉の隙間から内部の様子が見えた。

 タンカーの上には、所々焼けた痕跡の残るフレックスが仰向けになっていた。


 その傍らで診察していた担当医が、ジンの気配に気づき、軽く顔を上げた。


「お友達ですか?」

「いえ、後輩です」

「そうでしたか。ですが、もう心配はありませんよ」


 ジンは一瞬目を細めた。


「……そうですか?」

「ええ、今の魔法治療の技術は大きく進歩していますからね。彼も数時間後には元気になりますよ」

「それはありがたい。どうかよろしくお願いします」


 ジンは医師に軽く礼を言うと、回魔装車を離れた。

 レオンと合流するため、ジンは奥の薄暗い裏路地へと足を進める。


 すると、ふと鼻を突く異様な香りに気がついた。


「……この臭い……毒香(どっこう)か」


 ジンは立ち止まり、慎重に周囲の空気を吸い込みながら分析する。


 毒香――それは複数の毒成分を含む香気の総称である。

 毒、痺れ、幻覚、眠り、沈黙、発熱、混乱――その効果は種類によって異なるが、いずれも 体を内側からじわじわと蝕み、破壊する 恐ろしいものだ。


 そして今、この場所には確かに 何らかの毒香が残っている。


 ジンは袖の布で口と鼻を覆い、裏路地へと出た。

 焦げた建物や瓦礫の中を見渡すと、今なお燻る煙と、焼け焦げた壁が目に飛び込んでくる。


「これは……」


 ただの爆発ではない。周囲の焦げ方が異常だった。


「来たか、ジン。こっちだ」

「レオン。何かあったか?」


 (すす)で汚れた壁の前に立つレオンのもとへ、ジンは小走りで向かった。

 レオンは手にした試験管をジンに差し出す。


「これを見ろ」

「液体……?」

「ゼラチンだ。時間は経っているが、まだ若干の腐食性を持っている」

「……溶かすのか? 試験管は大丈夫なのか?」

「ほとんど力を失っているから問題ない。ただ、このゼラチン、この辺り一帯にビッシリこびりついているぞ」


 ジンは周囲を隈なく観察した。

 焦げた壁や柱、荷物に混じり、黒いゼラチンがなおも物体を溶かし続けている。


 ふと足元に目を向けると、自分の靴裏にもわずかにゼラチンが付着していた。

 溶解が進んでいることに気づき、ジンは即座に靴をこすりつけてゼラチンを振り払う。

 レオンが苦笑しながら肩をすくめる。


「ったく、油断すると靴ごと持ってかれるぞ」

「厄介だな……これは何の痕跡だ?」

「さあな。ただの爆発じゃねえことだけは確かだが……」

「レオン、私はこれから城に戻って報告する。現場の処理は任せた」

「あいよ」

「では、失礼する」


 ジンは現場を後にし、馬に再び騎乗すると、来た時間と同じ時間をかけて城へ戻った。


 馬を降りると、ジンは急ぎ足で大広間へ向かう。

 扉を押し開けると、玉座の前まで進み、カーペットの上で片膝をついた。


「レイオウ様、只今戻りました」

「戻ってきたか。状況はどうだった?」

「フレックスの容態は安定しており、すぐ現場へ復帰できる見込みです。それと、爆発の原因ですが、魔物が関与している可能性が高いと考えます」

「魔物か……」


 レイオウは腕を組み、静かに考え込む。


「このサントリアは強力な結界魔法で守られている。魔物の侵入は不可能なはずだ」

「しかし、固い物質すら溶かす強力な液体を広範囲に飛ばすことができるのは、余程の魔術師か、あるいは魔物だけです」

「ふむ……」


 玉座に座ったまま肩肘をついていたレイオウは、神妙な顔をしながら再び沈黙した。


「他に異常はありませんでしたが、用心のため警戒を強めるべきかと」

「そうだな。内部に何者かが既に侵入している可能性も考えられる。その手配は私がやる。もう下がって良い」

「失礼します」


 ジンは静かに立ち上がると、音を立てずに大広間を後にした。

 廊下へ出ると、すぐに声をかけられた。


「お、ジンか。お疲れだな」

「あなたは――」

「ああ、初めてだったな。俺はクライ・ドメッサー」


 涼しげな表情をした黒髪ショートの兵士が、軽く片手を上げる。


「その傷は?」

「これか? 街の犬に噛まれたんだよ。全くツイてないね」


 クライはジンに聞かれると、軽く出血している左腕をもう片方の手で隠した。

 隠す直前、ジンは何か黄色い丸と黒い半月のマークが見えた。


「そのマークは?」

「これか? 俺の住んでる地域では、民間の団体があって、社会貢献してますっていうシンボルマークなんだよ」

「貢献……。そうですか。因みにどのような貢献を?」

「そんな大したことはしてないよ。ハハハ」


 クライは軽く笑って誤魔化すように答えた。


「そうですか。では、私は用事があるので、ここで失礼」

「おう、お疲れ」


 ジンは軽く会釈し、足早に城の二階にある図書室へ向かう。


 図書室に入ると、ジンは一直線に魔法関係の書架へと向かった。

 本の背表紙を順に目で追いながら、目的の情報を探る。


「結界内で魔物が出る方法はただ一つ――召喚魔法しかない」


 ジンは呟き、鋭い眼差しを本へと落とした。


「――急がねば」


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